第4話 インバラトゥーラは走りたい

第4話 Ⅰ

 ダロアに到着して三日目のこの日、シュネルドルファーら三人は午後からまたもや街中へ繰り出していた。ただし今度は栄えた中心部ではなくそこから外れたかつての中心部で、昔ながらの舗装されていない道路と装飾皆無の石造建築、そして木の骨組みに革の天幕をかぶせただけの薄汚い露店が所狭しと立ち並ぶ、近代化が進む都市の流れに逆らうように古い雰囲気を保ついかがわしい裏路地というべき場所であった。

 いかがわしさの主な原因はなにに使うのかさっぱり想像できないような商品を雑に陳列している汚い露天が主だが、通りは見た目ほど治安が悪いわけではない。この地区は近代商業の波に取り残された、あるいは自ら進んで逆らい続ける伝統的民族性を守ろうとする人間たちによってあえて汚いまま保たれているのであり、扱っている商品も効果のないインチキ商品はあっても禁止された危険物などはまずない。もちろんジブラスタは古くから呪術を伝統とするので探せば本格的な呪術師の一人くらいはいるのかもしれないが、シュネルドルファーらが旧市街地に求めているのは自らの価値観を否定するような類のものではなかった。

「占いとな?」

 宿の食堂で昼食を食べているとき、シュネルドルファーはオイゲンとレッコウへそう提案した。

「占いは古くから呪術の一種といわれてきたが、実際はほぼ魔術だ。ジブラスタの風俗を思えば占いが一般に浸透していることも想像に難くはなかろう」

「確かに、かねてよりこの国の民は占い好きであった」

「でも先生、そういうのってほとんどがなんの根拠もないただの娯楽になってしまったっていってませんでした?」

 師弟がこの国に到着したとき、ジブラスタの歴史や風俗について説明した中でそういう話もあったことを、シュネルドルファーも記憶している。

「オイゲン、おれを誰だと思っている」

 この不遜な問いに、先に答えを得たのはレッコウのほうであった。

「なるほど、破眼であるか」

「あっ」

「ふふん、そういうことだ。おれの目にかかればその占い師が信用に値するだけの力をもっているかどうかくらい、容易に見極められる。というわけで、せっかくジブラスタにいるのだ、解呪の手掛かりを得るために本物の占い師を探してみようではないか」

 そういう次第となり、今三人はこの不衛生そうな汚い通りを練り歩いているのであった。

「占いといえば海陽では神主か巫女の生業とするところであるが、この国の占いとはどういったものなのだ?」

 問うレッコウは餓者髑髏ガシャドクロと名づけた髑髏面の黒い甲冑と烈鋼をまとった戦闘態勢だが、むろん安全を考慮してのことではない。ただ単に甲冑を気に入っただけである。ついでにいえば、餓者髑髏がなければまたズタ袋をかぶらなければならないため、「それは王者のとるべき姿ではない」といって嫌がっているという理由もある。

「一般風俗と化した占いはともかく、本物の占いには国や民族の違いはない。どちらも人智を超えたものの助言を仰ぐというもので、そこに至る手段が異なるだけだ」

「魔術も霊術も精霊との結びつきが強い系統ですからね」

 そんなことを話しながら三人はゆっくり一軒一軒占い屋を見て回る。想定より数が多いことにシュネルドルファーは少々呆れてしまい、いちいち破眼で確かめるのが面倒になってきたころ、向こうからお声がかかった。

「ちょいと、そこのお三方」

 その声が上方から聞こえてきたため、三人は表情を揃えてそちらを向いた。

 そこにいたのは、鳥。喉のあたりだけが白く全体的に鮮やかな赤い体をもった二〇センチほどの鳥が、露店の天幕から三人を見下ろしていた。

「あれは、アシェドカワセミか?」

 アシェド王国時代に国鳥として親しまれていたことに由来する名である。

「お探しのものはそこにはないよ。こっちへおいで」

 ジブラスタ固有の赤い鳥は老婆のようなしゃがれた声でそういうと、くるりと空を旋回して少し離れた路地のほうへと飛んで行った。

「面妖な! 鳥が喋りおったぞ!」

「あれは魔術師の使役する使い魔で、術者がその口を借りているに過ぎない。とはいえ、それらしいものが向こうから出向いてくれたのだ、行ってみようではないか」

 三人は鳥が向かった方向へと歩みを進め、真っ昼間だというのに不気味に薄暗い路地へ入った。人一人とおるのがやっとという狭さで、甲冑姿のレッコウなどは肩当てを石壁にぶつけながらどうにかというほどである。

 窮屈な路地を抜けると少し開けた円形の広場のような場所に出て、三人は思わず息を呑んだ。

「これはまた、なんともいえん光景だ」

 ところどころに窓のついた高く垂直に延びる石壁に囲まれており、空は見えているため昼間の今はほぼ真上から日の光が降り注ぎ、不気味な露天群の陰影をさらに際立たせている。露天はあとからできたものだろうがこの周辺がもともと立派な住宅地であったことを窺わせるには充分であった。

「こっちだよ」

 老婆の声が左側から聞こえ、三人はやはりぼろぼろの露天の軒先に入った。

 年季の入った古い机を挟んで正面に三人を呼んだ張本人である老婆が黒いローブをまとって座っており、その肩には大粒の宝石のように赤いアシェドカワセミがとまっている。机の上にはいかにも占い師らしい大きな水晶玉が鎮座していて、その周囲と店内の棚には動物の骨やら乾燥した植物やらが無造作に並べられていた。

 見たところ他の露天と変わりない観光客をからかうための店に見えるが、この老婆がただ者でないことは確かである。使い魔の使役はともかくまだ会ってもいない人間の目的を承知した上で話しかけてきたのだから、誘いに乗る価値は充分であろう。

「おれたちになんの用があるというのだ?」

「用があるのはそちらだろうて」

「おれたちの探しているものを見つけてくれるというのか?」

「見つかるかどうかはモノ次第さね」

「なぜおれたちを呼んだ?」

「なぁに、あたしゃ見てのとおり占いが趣味でね、ちょくちょく面白いことがないかと自分の運命を占っているのさ。今朝もやってみたら、なにやら珍しい客があるってんでね、よそのぼったくりエセ師どもに騙される前に呼び込んだってわけだ」

 ふむ、とシュネルドルファーは頷き、

「失礼」

 と前置いて、破眼を発動させた。

「ほう……」

 老婆は面白そうにその赤紫の瞳を覗き込む。

「どうですか、先生?」

「間違いない、れっきとした魔術師だ。少々不穏な気配もあるが、ジブラスタ人であることを思えば許容範囲だろう」

「まさか客がシュネルドルファーだったとは驚いたね」

「わが家名を知っているのか」

「血継術もちの連盟魔術師は有名だからねえ。よくも悪くもね」

 イッシッシ、と褐色の顔をしわくちゃにしながらかすれた笑い声を上げた。

「それで、なにをお探しだい?」

 老婆の腕前を認めたシュネルドルファー破眼を収め、アクアブルーに戻った双眸に笑みらしい輝きを浮かべながらレッコウを指した。

「こいつにかけられた呪いを解きたいのだ。なんでもよいからその手がかりがほしい。無理なようならおれたちが次に向かうべき場所を示してもらえるとありがたい」

「呪いときたか。かけるほうならあたしらジブラ人は得意だが、解くほうは他を当たったほうがよさそうだねえ」

 いいながら老婆は笑顔のままじろじろとレッコウを見回す。あまり見られると中身が骨であることがばれてしまうのではないかと三人は心配したが、理解しているのかいないのか、老婆はなにもいわずひとつ頷いてから水晶に手をかざした。

「久方ぶりに……実に占い甲斐のありそうな客がきたもんだ」

 嬉しそうにそう漏らして、目を瞑る。水晶にかざした手をゆっくりかき混ぜるように動かしながら、口の中でぶつぶつと唱え始めた。

「なにやら懐かしき響き……風蛮語であるな」

「フーバーン語がわかるのか?」

 フーバーン語と現在のジブラスタ語にそこまでの違いはないが、母音と子音の数や文法のパターンなどが簡略化されたものが現代語となっており、詠唱であれどわざわざ面倒なフーバーン語を使用するジブラスタ人はかなり稀有といえる。

「日常会話程度ならば可能だ。そうでなくてはこの地を治められぬからな」

 海外進出まで果たした優秀な王であるから語学センスを持ち合わせていてもなんら不思議はないはずなのだが、現在の姿しか知らない師弟にとってはなかなかに想像しづらいことであった。二人が揃ってレッコウの生前の姿を筋骨隆々な脳筋戦士として想像していたというのも、多分に影響しているだろう。

 などと話していると、場の空気を叩き壊すような音が響いた。

 いや、実際に壊れたのだ、水晶が。

「やれやれ、これはまあ……」

 老婆は驚いた風でもなく、むしろ呆れたように手をおろした。

「無理な注文だったか」

「そのようだねえ。そっちの旦那はとんでもなく強力な呪いをかけられているよ」

「わかっている。呪術というよりもはや秘術の域にあるものだからな」

「そんなものを解ける人間がどれだけいるのか、あたしにゃ疑問だが……まあいいさね、これはこれで面白い経験をさせてもらったよ。代わりにあんたたちが次にゆくべき場所だったね」

 老婆は小さな欠片をひとつ残して水晶を片付けると、今度は長方形のカードを円形に並べ始めた。これもまた随分と年季が入っており、パピルス紙を何枚も重ねて樹液で固めた物のようだがもはや形はいびつとなり、描かれた絵や図形も黒ずんでもとがなんだったのか判別は非常に困難である。

 円形に並べた汚いカードの中央に水晶の欠片を置き、その上から原料不明の緑色の粉をたっぷりふりかけ、さらにその上から水を流し始めた。こぼれるかと思いきや水はカードの淵でとまり、粉と混ざって緑色に変化しつつ煙を上げ始める。

「な、なんだか本格的ですね……」

 こういった術式を始めて見るオイゲンは素直に驚いていたが、シュネルドルファーからしてみればもっと簡略化できるのではないかと少々否定的である。

 緑色の煙が収まると、カードの内側は固体と液体の中間のような、なにやらどろどろとした物体に支配されていた。その中に半ば埋もれている水晶片を指差しながら、老婆は再びフーバーン語で詠唱を始める。

 すると水晶片がゆっくり動き始めたではないか。それを確認して、老婆の詠唱は終わり、術式も完成したらいし。

「あとはこの欠片がどこでとまるかだね。中心から遠いほどここから遠いってことだ」

「周囲のカードは方角か」

「そのとおり。実際の方角じゃなくて、これを地図に見立てての方角さね」

 四人は額を突き合わせるようにして見下ろし、欠片の旅路を見守る。のろのろとした動きではあったが、そう待たされることなく結果は出た。

「あの、カードに阻まれちゃってますけど……」

 欠片はほぼ北北西に進み、北を示すカードの左隅に当たってまだ動いている。

「これは国外だね」

「北となるとオルフェスか」

「またもや聞かぬ名だ」

「元オーブラットだ」

「ホウ! オーブラット!」

「随分古い名前を出してくるもんだね。でもその前にアンクレイスがあるよ。この勢いだとそこかもしれないね」

「アンクレイスか……」

 シュネルドルファーは露骨に嫌そうな顔をした。

「なにか問題でもあるんですか?」

「いや……アンクレイスといえば古くから周辺諸国に攻め入られては支配権が移り変わり、その動乱による影響で歴史的遺物がろくに残っていない考古学者にとっては焼け野原のような国でな……」

 ようするに、なんの魅力も感じないのである。

「考古学的な期待ははなからしていないが、あんな地味で貧乏くじにしか縁のないような国に解呪の手掛かりなどあるのか?」

 悲劇の小国を馬鹿にして憚らないシュネルドルファーだったが、逆に老婆は愉快そうに笑った。

「お若い先生や、目的を達成するための道を常に最短で歩もうなどと思わないことだよ。自分が思う最短の道と、もっと広い目で見たときの最良の道は往々にして異なるものさ」

「ふむ……」

「きっとあんたたちにとっていい出会いがあるに違いないさね」

「そんなことまでわかるのか?」

「誰も悪い目に遭うために道を占ってもらおうなどとは思わないだろう?」

「それはそうだ」

 シュネルドルファーはあまり他人の、特に年寄りのいうことを素直に聞くような人間ではなかったが、自らの目でこの老婆の腕前を確かめている手前、あまり否定的な態度を取る気にもなれなかった。それは老婆ではなく自らの目を疑うということであり、それだけは彼のプライドが許さないのだ。

「では行くだけ行ってみるか。なにもなければそのままオルフェスに行けばいいことだしな」

「ンム、オーブラットの雪景色を吾輩も見てみたいぞ」

「それは何ヶ月も先になりますよ」

「世話になったな。いくらだ?」

 シュネルドルファーはレッコウのお陰で重くなった財布を取り出す。

「そうさね、水晶の弁償代込みで二〇〇バトもらおうか」

「その程度でいいのか? それは本物の水晶だろう」

「依頼人の運命に押し負けて砕けることは稀にある。あたしもこれで五回目になるかね。それはそれで占い師として得るものがあるのさ。それにただの趣味だしね」

「なるほど、本業でしっかり稼いでいるわけか」

 シュネルドルファーは納得して一〇〇バトコインを二枚渡した。

「本業は薬屋でね、新市街の商店街で娘夫婦がやってるよ。よかったら見に行っておくれ」

 あいにく消耗品の類は既に補充し終えていたので「そうしよう」と社交辞令として返しただけで、シュネルドルファーたちは店を出たのだった。

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