第3話 宿にて語り合い候・海陽伝
第3話 Ⅰ
レッコウの新しい甲冑を手に入れた次の日のことである。
シュネルドルファー一行はまずレッコウの墓から持ち出した金塊や宝石などの金銭的価値しかない財宝を換金し、レッコウの甲冑ほか考古学的価値のあるお宝をシュネルドルファーとオイゲンの実家に届けるべくできるだけ魔術師連盟かリヒトホーフェン家に繋がりのある業者を探して手配を済ませ、せっかく割引になっているのだからとサマバン商会に向かい、「シュネルドルファー関係者お断り」の張り紙を無視して赤字品薄地獄に喘ぐ店主にとどめを刺し、そこらのバーで夕食を済ませ、借りている宿に戻ってきたところであった。
真っ先にレッコウが着替え出したのは食事中の以下のような事情のためである。
「イヤ~ァ、やはり酒はよい! 大陸の強い酒は骨身に沁みるな!」
「そりゃあ、そうだろうよ……」
シュネルドルファーとオイゲンは口から入って真っ逆さまに椅子まで流れ落ちては水溜まりを作る様を見て、呆れることしかできなかった。果たして本当に味を感じているのかどうか、まったくもって謎である。
ともかくそういうわけで、おニューの甲冑とジブラローブを酒浸しにしながらひたすら酒だけを飲み続けた古代の大王は、子供のおねしょ布団を干す母親のように自らの召し物を干さなければならなくなったという次第である。
それはともかくとして、シュネルドルファーは昨日と今日の収穫に大きな満足を得てご機嫌であった。
「これで充分な資金ができた。しばらくは楽ができそうだな」
「荷駄用の馬を一頭買ってもいいかもしれませんね」
「ふむ」
オイゲンもまた術式媒体として使用している儀式短剣を一部新調することができ満足している。儀式短剣は媒介式を好む魔術師には人気の媒体で、それゆえに刀身・鞘・柄に加え、柄の先につける魔石などの装飾がパーツごとに販売されていてかなり自由にカスタマイズできるようになっている。オイゲンの短剣は先日の王墓での一件で魔石が割れてしまい、その部分だけを新調したのだが、昨日は結局レッコウの世話やら店の手伝いやらで買う暇がなかった。しかしそれが幸いして今日は普段なら高くて手が出せない品を三割引きで購入できたのである。
ちなみにこの場合の魔石とは錬魔や発動のさい魔力をその部分に集中しやすくなるよう魔術的に加工のなされた石のことで、石自体はどこにでも転がっているただの石であることが多いが、オイゲンが購入した物はジブタスタでは有名な魔法道具工房が制作した高品質な物であり、綺麗なオレンジ色の塗装が彼のお気に召したのだった。
「馬であるか……久方ぶりに乗り回したいものであるな」
海陽の浅葱色の帷子に着替え終えたレッコウは安物のベッドに寝そべりながら呟いた。例に漏れず宿も石造りで岩肌剥き出しの部屋にベッドが四つと小さな机がひとつ置いてあるだけというなんとも殺風景な(ジブラスタ人にいわせれば経済的な)部屋のため部屋に入れば寝転がるくらいしかやることがない。
「いっておくが、おれたちは傭兵ではないから馬を乗り回しながらの白兵戦など期待するなよ」
「フム、それは残念至極。大陸の馬は海陽のものより大きく美しく頑丈であるゆえ、是非とも再び騎馬戦をやりたかったのだが」
「レッコウさんは騎馬戦が得意なんですか?」
「得意というほどではないな。そもそも海陽では騎兵は主流ではない。なにぶん狭い島国であるしそのくせ山が多いゆえな……」
「馬といえばやはりジブラスタだろうな」
「ウム! まさに風蛮の騎兵は見事であった。初めてあれと戦ったときはあまりの速さ、神出鬼没さにどう対処すべきか頭を抱えたものぞ」
「しかしそれを破ってフーバーンの一部を切り取り、海陽に初めての大陸領土をもたらしたわけだ。用兵については専門外なのでそのあたりのことを是非ご教示いただきたいものだが」
進んで生徒となるシュネルドルファーは興味津々に身を乗り出すが、教師のほうはベッドに片肘をついて寝そべったまま特に気を入れるわけでもなかった。
「なに、わかってしまえば簡単なことよ。風蛮の騎兵の強みは騎兵ゆえの機動力と、風蛮の平坦で広い土地ゆえである。ならば森や山に逃げ込むことで機動力を奪い、仕掛けておいた罠にかけ、あとは煮るなり焼くなり包囲殲滅すればよい。幸い風蛮の地形は少しゆけばすぐに変わるゆえ、やつらもその強さを過信して簡単に食いついてきおったわ」
シュネルドルファーは深く頷いた。
「フーバーンでもおまえが龍王と呼ばれ畏怖されていたわけだ。なにせリュウオウ山脈がわが手に戻ったのちもおまえの墓所の周辺には一切手を出していなかった。よほど恐ろしかったのだろう」
「そこまで痛めつけた覚えはないが……しかし思い出したぞ。おぬしら、なにゆえわが墓所を暴こうと思ったのだ?」
「純然たる好奇心だが?」
「それは承知しておる。そうではなく、わが墓所以外にもおぬしの好奇心をそそるものはいくらでもあろうに」
「確かにそのとおりだが、そういう意味でなら明確な理由がある」
「ホウ?」
「どの国も管理しておらず、誰の手も入っていない完全未解明の遺跡だったからだ」
「ウ~ム、吾輩としては釈然とせぬな。土地を奪い返されたは仕方ないとて、海陽人はせめてわが墓所だけでも護ろうとは思わなんだのか……」
「それをいうならジブラスタが、当時はアシェド王国が土地を奪い返したときに墓を破壊しなかったことのほうが考古学的には興味をそそる。ただ恐れられていただけでは、数百年のブランクを考えると不自然だからな」
「ホウ、他にいかような理由があるのだ?」
「おまえがこの国においても伝説的な王だということだ」
骨であるためはた目にはわかりにくかろうが、レッコウはポカンと口を開けた。
もう一ヶ月以上も前のことになるが、シュネルドルファーは当然墓所を訪れる前にそれなりの下調べは済ませており、墓所近くの町などで聞き込みも行っていた。それらから得た情報によると、列海の龍王なる古代の大王はとても強く偉大で、さんざんにフーバーン軍を打ち負かしはしたものの苛烈な支配などはせず、むしろ現地人にはとても寛容だったという。そのため海陽領土となった地域やその周辺地域では今でも海陽式の建築物や風習が残っており、もはやお伽話の中の人物となったレッコウを慕う姿勢が見て取れた。それにリュウオウ山脈という呼称もレッコウの異名からであり、海陽でもジブラスタでもそれが正式名称なのだ。
「ホホ~ゥ!」
しかしながら呪術を伝統とするフーバーン人でさえ及びもつかないほどのおぞましい呪術師を連れていたため、墓所に手を出せば必ず呪いが降りかかると信じられているそうな。
「お・の・れ、キルケめ……!」
「やはりあれのことか」
「連れた覚えなどないが、確かにあやつとはこの地でも戦った。いくつか町が吹き飛ぶほどの激しい戦いであったな……」
「それは恐れられますね……」
「まあ、そういうわけだ。迷信深いジブラスタ人にとっておまえの墓は復讐の対象ではなく、むしろ絶対に手を出したくない魔境だったのだろう」
ちなみに海陽が管理していない理由は、墓所が樹海の奥にそびえる険しい山の上という秘境にあり、しかも海側からは入れないということと、アシェドに奪い返され大陸に渡りにくくなってしまったこと、そしてなにより時が経つにつれ次第に忘れられていったことが主な理由であるが、訊かれなかったのでシュネルドルファーは黙っていた。
「そういえば」
とオイゲンが荷物整理の手を止めた。
「彼女はどうやって墓所に入ったんでしょう?」
シュネルドルファーは誰も入ったことのない遺跡だと断定したが、キルケほどの実力者ならばシュネルドルファーが気づかないような方法で侵入した可能性は充分にあるだろう。それに千年ほども時間が経っているのだから侵入の形跡が完全に消えてしまったとしても不思議ではない。
「わからんか、オイゲンよ」
「ええっ? 先生にはわかったんですか?」
「イザークよ、初心な少年にはちと理解しがたいやもしれぬぞ」
「そうかもしれんな」
「レッコウさんも!? 教えてくださいよ!」
大人二人は顔を見合わせ、ため息をついた。
「答えはな、最初からいた、だ」
「……?」
オイゲンが理解するまで数秒が必要だった。
「あ……もしかして、レッコウさんがお墓に葬られたとき、こっそり一緒に入ってそのまま……」
「そういうことだ」
「千年もあやつに寄りかかられておったと思うと
「うわあ……」
小説や演劇などでは恋人のあとを追ってその墓で自害するなどの展開があることはオイゲンも知っていたが、キルケの狂気を目の当たりにした身としてはロマンスの欠片も感じられないどころか、レッコウと同じく背筋に冷たいものが走る思いしかしないのだった。あのまま死んでいればまだまともだったのに、というのも三人の共通認識である。
「ところでレッコウさんはいくつまで生きたんですか?」
もうあれのことは忘れようと、少年は強引に話題を変えた。
「はて……?」
「え、自分の歳覚えてないんですか……?」
「オイゲン、それは仕方のないことだ。なぜなら当時の海陽にはまだ明確な暦が存在しなかった。それゆえ年齢はみなおおよそでしかわからんのだ」
「そのとおりであるが、お陰で再び思い出した。今海陽歴は何年であろうか?」
「確か、一〇三四年だな」
「ということは、吾輩が死んで千と二一年か……」
「おまえが生きている間に海陽歴はできていたのか」
「ウム、それは当然ぞ。なぜなら吾輩が作らせたものゆえな」
「なにっ!?」
「それほど意外か?」
「意外だ……てっきり……」
「ただのイノシシ武者とでも思うたか、無礼な。暦だけでなく法の整備や治水に土木、社の造営に港や船の設計など、これでも戦より遥かに政に心血を注いだのだぞ」
そういわれると、やはり大王と呼ばれたのは伊達ではないという気が、若い師弟にもしてくる。王として為政者としてやらなければならないことはきっちりこなしていたのだ。
ただ……
「おぬしらは海陽を統一せし偉大なる大王の前にいることをもっと自覚すべきなのだ。さあ、平伏すがよいぞ」
安物のベッドに肘をついて寝そべる骨を見てかしこまれる人間がいったいどれほどいるものか、甚だ疑問な師弟であった。
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