ガラス細工の仮面の残骸 III

「そうかな・・・。」


そう言うと、恥ずかしそうに顔を下げた。


「名前聞いて良いかしら?」


「あっ、そう言えば!


でも、私今までの名前棄てたい。

あの、服と一緒に。」


「これを期に、捨てなさいよ。

私は、貴女の呼び名が知りたいだけ。

じゃないと、呼べないでしょう?」


「そうね。そのと通りだわ!」

そう言って彼女は笑った。


「別にシリアルナンバーでも良いのよ?」


「受刑者やシリアルキラーみたいだから辞めとく。

今までの人生が監獄の中みたいな生活だったから、洒落にならないわ。」


「あー、それ笑えない方のブラックジョークだよね。」


「正しく。」


「じゃあ、こんなのはどうかしら?


パールヴァティーの体の垢から生まれた神様、【ガネーシャ】よ。

貴女の多大な煩悩は積もり積もって垢を作った。

そこで、神様はもう一度生まれ変わるチャンスを与えた。

その煩悩の垢から生まれ落ち、今日から新たな人生を生きるの。」


「素敵な名前ね。象の頭部が必要かしら?」


「目に見えることは、ほんの細部に過ぎない。

その細部に構築された虚像を、人生と嘆いてはならない。」


「どうしたの?

急に、目の色が変わったけど。」


「うん。

自分の人生を振り替えって投げ掛けて答えたのよ。」


「お姉さんも色々苦労したんだね。」


「ガネーシャ、貴女誰から逃げてきたの?」


「・・・家族。」


「貴女をまだ追ってる気配を感じるの。

で、この近辺をずっと散策してるの。

嫌な予感がするのよ。

その、オーラがとても暗くて重くて切迫していて泥々渦巻いた黒い感情を感じるの。」


「・・・。


私を見付けて連れ戻して、気が済むまで拷問して、その末殺すつもりよ。

私の弟も死んだ。

妹も屍になった。」


「その・・・貴女を追っているのは、両親よね?

母親は常に家にいて監理、父親は外で偵察してるみたいね。

凄く、事情を隠したいみたい。自分達という絶対な支配下から逃げた事にも怒りを持っているけど、貴女が自分達のしてきた罪を公にしないか心配もしているようね。

ここは彼等の存在が近いから、危険が高いわ。

ガネーシャとして生まれ変わっても、彼等のハイエナの様な目がある。

貴女は新しい人生を歩む為に、過去の自分を解き放たなくてならない。


卑しい苦しい過去も肉体も捨てるの。

貴女には、火傷しろとは言わない。

ただ、何かしらの手を打たなければならないでしょうね。」


「お姉さん・・・には、見えてるの?」


「私はね、見える訳じゃないの。

ただ、真実を感じることが出来るの。

貴女に何が起きたかまでは分からない。

でも、感じ取ることを繋ぎ合わせて、未来の起きうる可能性を感じ、貴女に起きる危険を

防ぎたいのよ。」


「凄い力ね。


お姉さんは・・・・こういう状況に陥って火傷を背負ったの?」


「私は、貴女とはまた違ったわ。

でも、似たように生まれ変わらなくてはならなかった。

いいえ、生まれ変わって生きるか、死ぬかの末に結果としてこうなったの。

でも、そうね。

結果的に生まれ変わる為に背負ったのかもしれないわ。」


「・・・。


私が出来ることって何かな?」


「まず、その長い髪を切ることね。

赤毛でウェーブのあるとても美しい長い髪をね。


あと、そばかすはファンデーションで消しなさい。

髪の色も変えなさい。

私が魔法が使えたら、貴女を直ぐにシンデレラにしてあげられるのに。

それが、出来なくてご免なさい。

自分の為に、先ずは現実的にしなくちゃならない事をしましょう。

用心して。


明日、貴女を美容院に連れていくわ。

貴女の父親は何時に外出して戻るのか、良く使う歩行ルートや日課も教えなさい。

それに合わせて外出時間やルートを考えるわよ。」


「分かった。


父親は朝六時に出掛けるの。

車で1時間半掛けて、教会へ向かい神父として働いてるわ。

五時頃教会から戻って六時半から7時には自宅に帰ってくるの。」


「神父なのね。厄介だわ。」


「・・・そうね。


父親は神父として地域の人には信頼を得ている。

私が受けた現実を訴えても耳を傾けて貰うのは至難の技よ。」


「決定的で致命的な証拠が無い限り、恐らく難しいでしょうね。


何れは、神父だろうと政府だろうと立ち向かわなければならない時が来るかも知れないけど、今はその為にも自分の身を守る術を見付けて、安全面を確保しなくちゃね。」


「うん。」


「私もけして安全の身では無いのよ。

私は組織に追われてるから。下手に動いたり、派手な動きは出来ないの。

ガネーシャには本当の事を言うけど、これも他言はしないで欲しい。

貴女なら気持ちは分かる筈よ。」


「勿論。言わないわ。

恩返さなきゃならない身分よ。


組織かぁ。・・・それも凄く厄介そう。」


「ちょっと静かにして。」


「どうしたの?」


「貴女の追っ手が息を潜めて近くに居るみたい。


・・・荒れた鼓動が聞こえる。」


人差し指を唇にあてて、喋るな危険の合図をした。


すると、ダイニングの磨りガラスから人影が見えた。

鼻息を荒らして磨りガラスに手を滑らせて覗き見ては、周囲をキョロキョロしながら挙動不審に歩く男のシルエットだった。


ガネーシャは、その人影を見ると怯えて震えだし、音を立てずにゆっくりとその人影から一番遠い場所へ移り、窓の無い壁面の近くにある物陰に隠れた。


私は頭が痛くなった。

男の反復する悪質な心の声に、頭痛を催した。


(許せん!いたぶってやる!お前は私の下部であり、玩具だ。

意思も持つなんて無論!その足は私に引き裂かれる為にあって、逃げる為にあるのではない!何て冒涜!侮辱!許せん!はぁはぁ、真っ赤な血は地に堕ちる・・・、私への聖杯、降り注ぐ、この悪魔を生け贄に臓物総て供え物、恐怖の雄叫びの甘い歌、総てが私の源になる!)






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