ガラス細工の仮面の残骸 Ⅰ


醜い私の容姿を見れば、人はたちまち

恐れおののいて避けて行く。

それはそれで、都合の良い事だった。


私は、深いフードをすっぽりと被り

室内に灯るランプを吹き消した。

玄関扉を開いて施錠してから

公園へと向かう。

深夜0時。


目的地までの身近な道中で、入り込んだ敷地内に聳え立つ赤い煉瓦の屋根の屋敷があった。


そこを通り過ぎる度に、私には少し気掛かりな事がある。


脳裏で聞こえるのだ。

幼い女性の哀しみと怒りの声が。


始めてここを通りすぎた頃は、

「もう、嫌だ。もう、嫌だ。もう、限界・・・。痛い、苦しい、気持ち悪い。」

そういった、深い嘆きと哀しみの連呼だった。


だが、今では

「全てを呪い死んでやる。

何もかも呪い殺してやる。」

そんな、鬼気迫る暗い言葉の反復になっていた。


ただならぬ状況を察知したが、不要に私が動いたら厄介な事にしかならないだろうと理解したので

不可解で気掛かりではあったが、公園へと足を向けた。


深い冷たい風が顔にかかる。

見上げれば、何時ものように、漆黒の闇に散らばる無数の星屑と月輪が私を迎えてくれた。


ベンチに腰を掛けて、闇と同調する。

周囲を見渡してみたが、あの謎の男は今日は姿を現して居なかった。

少し、残念な気持ちになったがすぐに気持ちを切り替えた。


そもそも、面識しか無い男に気を取られていても仕方無い。

確かに不思議な魅力のある男だった。

私が今まで、他者に対して落胆しか覚えず、興味の対象となるような人間に出逢えた事が無かったからかも知れない。


人の隠したい心理まで知ってしまうという事で、知らない事で見えていた側面や魅力も張りぼてのようにボロボロと崩れて醜く見えてしまう。


その言葉も愛も信頼もその裏に眠る真相を知れば、簡単に壊れてしまう。


幼かった私は、いつのまにか能面のように、喜怒哀楽の薄い表情になった。


両親も気味悪がった。

そこら辺を飛び回っては、はしゃいで笑顔して泣きわめく子供とまるで違っていたからだ。


唐突に頭に痛みが走った。

脳裏からまた、


「助けて!もう、嫌!」


私は、この心裏で嘆く当事者と同じ様に、切迫した危機感をそのまま感じ取り鳥肌が立った。


この声は、あの赤煉瓦の民家の前で通った時に感じたものと同じだっ

た。


その声は、どんどん大きく響いてくる。


もしてかして、近くまで・・・。


息を荒らして

闇に浮き出る白い肌を露にして、衣服とは言い難い裂けてボロボロになった生地を

纏った女が裸足で駆けてきた。


私の存在に気が付くと、女は怯えた表情で足を止め、深く溜め息をついてからうつ向いた。


私は、何も言わなかった。


暫くすると、女は顔を上げて私に向かってこう言った。


「お願い。私は、ちょっとばかし厄介な事情を抱えているの。


だから、私をここで見たことは誰かに尋ねられても

絶対に言わないで欲しいの。」


私は、フードを深く下げたまま答えた。


「どうやら・・・、ちょっとばかしの厄介事では無さそうだけど。


いいわ。

誰にだって、抱えてる事情もあるし、尋ねられても、

言われたくない事なんて一つや二つあるものだもの。詮索する気もないわ。」


「えぇ、そうね。

お姉さんみたいなクールで達観してる人で良かった。


ねぇ、お姉さんは私の姿を見ても驚かないのね?」


「・・・・。


それより、あなた何か着替えた方がいいわよ。


はだけて豊満な乳房も丸見え。

いくら、月明かりの下とはいえねぇ。

まるで、露出狂みたい。」


「・・・。


突発的に逃げてきたから、何も無いの。

手荷物ひとつね。」


「まぁ。

素晴らしいわね。


新たな門出の旅人は、何も持たないまっさらな状態で旅立つのが一番よ。」


私は、深く被ったフードを外してローブを脱ぎ、女の肩にかけた。


「有り難う。


お姉さん・・・顔・・・・。


・・・大切なローブを借りてご免なさい。」


「いいのよ。

もう、家に帰るだけだしここから近いの。


じゃあね。」


「ねぇ、待って!


あの、私何処にも行く所が無いの。

お願い、お姉さんの所へ置いてもらえないかな?」



「・・・・」。


私もね、ちょっとばかし事情を抱えていて人の厄介まで見れないんだ。」


「そう・・・。


でも、絶対に邪魔しないし、

迷惑もかけない、


面倒な用事があるならお姉さんの代わりに代行するし、家事もする。

外出も頼み事があれば代わりに行くわ。


だから、お願い!」



「・・・。


そうね。

もしかしたら・・・。


分かったわ。来なさい。」



まだ、十代後半か二十代になりたての、このか弱く心と体に傷を背負った娘と共に私は、家路へと向かった。



彼女の存在は

私の背負っていたガラス細工の仮面に

小さな亀裂を与えていた。


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