満月の囁き I


最も、美しく残酷な女

強かで艶やかで妖艷で

この女の抗えない満月みたいに見るものを理屈抜きで魅了し惑わす魔力に、誰もが心を奪われた。


そして、同時に奪われるものが

心だけで済んだ者は誰一人として居なかっ

た。


僕もその一人だったのかもしれない。


幼く無垢な僕は、この神秘的で独特のカリスマ性のある美しいこの女に、絶対的な信頼と忠誠心を持っていた。


こうして、今でもこの女を回想する時は服従心や幼さを反映するかの様に

何時もの一人称であった筈の「俺」から、「僕」になる。


これは、今でも確かにあの女の記憶や存在が俺の中で所在し刻まれている証拠だ。


して、未だにこの女から解放されず、記憶の中のこの女にさえ恐れを持っているのだ。


女は、幼い僕にその蝋より白い血管が分かるほどの色素の薄い肌を持つ長い指を滑らせて、鏡の目の前へ立たせた。


鏡の向こうで僕とあっち側の女が目を合わせる。


そして、何時もの呪文を囁いた。


「貴方には私の血が通っている。


こんなにも鬼気迫る程残酷に美しい。

何を搾取するため?


心?違う

体?違う

益?違う


魂そのもの。


奪われるのではなく、奪うのだ。

言葉で訴えるのではなく

目で、訴えなさい。


沈黙の重さを与えよ。

貴方に深みが宿るから


多くではなく

真実の力を語りなさい


言葉では無く

魂が宿る眼で語りなさい


我が子よ

貴方なら、自ずと自覚するでしょう


抗えない血と抗えない運命に

それに、翻弄されるではなく


魔法のように使いなさい。」



そして、僕の瞼に手を当てておでこにキス

をした。



「これは、呪文よ。

貴方の潜在意識を目覚めさせ

貴方のDNAに滞在する眠った力を強め開花する為のね。」


「どういう事?」


「分からなくていいのよ。今はね。


何れ、嫌でも対峙する日が来るから。

でも、しっかりとこうしてる今でも貴方の中でそれは、力を高めながらも息をしているのよ。


この呪文っていわば


だから、お腹の赤ん坊に囁くのと同じことね。」



「対峙?」


「ええそうよ。

直面しなくてはならなくなる日が来るって

こと。」


「そうすると、どうなるの?」


「貴方は本来あるべき生き方を知ることに

なる。


分かりやすく言葉を変えて言えば

私と同じになるって事。」


「早くそうなると良いなぁ。」


「ええ、そうね。

私も待ち遠しいわ。」


あれから、僕は、その言葉がいかに残酷なものだったかと気付く事になる。


でも、結局僕はあの女の血を受け継いだのだ。


抗えない運命と共に。






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