第25話 善遇法師

大象窰堂七徳冬


新衣仁愛鶴枝膿


霜林鳥雀墳塋草


絶海英猷鼈筏衝



★自分メモ

なぜ自分メモを残すかというと、作ってから時間が経つと、自分で読みも意味も分からなくなってしまうからです。

その時のメモを見返せば思い出すのですが、だったら最初から自分メモも一緒に書いておいた方が分かり易いので。

というわけで、以下、作品の読みと意味、作品制作の手順等を詳細に描き残しておこうと思います。

「そんなの読む必要無いわ」という方はスルーでお願いします。





まず、善遇法師は誰か。

義浄の師にあたる二人のうちの一人。なので唐初期の僧侶ということになる。仏教の中でも三階教に属する。

真冬に道安という人が雪の中、遠くから善遇を尋ねてきたが、ふくらはぎを怪我し膿になった。善遇は新調したばかりの法衣でその傷を被って手当をした。周囲の人は、怪我の治療で汚れるのだから新品の立派な衣装でなく古い布で良かったのに、と言ったが、善遇法師は、古い布を探しているヒマがあったら一刻でも早く怪我人を救う、と言った。

という冬に関するエピがある。

テーマが冬だけど、これといって世界史エピで冬に関係あるようなことが思い浮かばないので、手許にある『南海寄帰内法伝』が、せっかく税別9000円出して買ったのだし、何か役立てたいと思い、冬に関するエピが掲載されていないか探してみたところ、義浄の師匠にあたる善遇法師のエピが載っていたので、それを題材にしたということです。

詩形はオーソドックスに七言絶句で。平仄は新たに組むのも面倒なので、前回『西施』の時に使ったのと同じようにする。

全体構成は、一句目で善遇法師の紹介。

二句目で、新品の法衣で道安の膿の手当をしたエピ。

三句目で、そのエピ自体はそこまで大したことではないけど、そういった仁愛篤実すら難しい中国仏教の現状を義浄が批判しているので、そのことを。

四句目は、善遇法師が師匠である竺僧の朗禅師を讃えて詠んだ詩のフレーズ「英猷暢溟海」から。海に関することなので、弟子の義浄の南海行にも通ずるかなと思い取り入れることにする。

韻は、お題の冬、それと膿の字が上平声二冬なので、それを使うことにする。


・詩の読みと語注と意味。


大象 (たいぞう)の窰堂 (ようどう)、七徳 (七徳)の冬

新衣の仁愛、鶴枝 (かくし)の膿(うみ)

霜林 (そうりん)の鳥雀 (ちょうじゃく)、墳塋 (ふんえい)の草

絶海 (ぜっかい)の英猷 (えいゆう)、鼈筏 (べつばつ)衝 (つ)く



大象は善遇のこと。『南海寄帰法伝』の中で義浄が善遇のことをこう表現している箇所がある。

窰はヤオトンのこと。主に中国黄土地帯で見られる、土を掘った家のこと。

堂は、ここでは寺。善遇は斉州の土窟寺にいた。

七徳は、善遇法師は、博学多聞、多才多能、聡明智慧、度量宏大、仁愛篤実、策励鞭撻、既知天命、の七徳を備えていると義浄が讃えている。

鶴枝は造語。鶴の細い足の形容。ここでは道安の足のこと。

霜林は、義浄が西天 (インド)行きを決意した時に善遇の墓に報告に行った時、墓を半ば取り巻いている林に霜が降りていたため。

鳥雀はスズメなどの身近な鳥。

墳塋は墓。ここでは善遇の墓。

英猷は優れた道。善遇が師である竺僧朗を讃える詠んだ詩の中で、英猷暢溟海というフレーズがあり、暗い海の中に優れた道が行き渡る、という意。

鼈は本来は淡水に棲む亀のスッポン。だけど、ここでは広汎に亀の意。筏はイカダ。衝は突き当たる。『南海寄帰内法伝』の中で義浄は、一つ目の亀が大海でイカダに遭遇するような幸運で、二人の師に出会えたと述べている。盲亀浮木のことのようだ。


・全体の意味。

大きな象のように偉大な善遇法師は、窰洞 (ヤオトン)の寺である斉州の土窟寺の僧侶で、七つの徳を備えている。その僧侶が、ある冬。

その七徳のうちの仁愛篤実にて、新しい法衣を使って鶴の枝のようなふくらはぎの僧侶の足の膿を手当した。

それから時は過ぎ、スズメのような身近な鳥が飛ぶ、霜が降りた林に囲まれている善遇の墓。墓が出来てから四半世紀ほど経っているので草も深くなっている。そこで義浄はインド行きを報告する。

遙かな海に優れた道が行き渡り、義浄は海路インドへ辿り着くことになる。そんな大海で亀とイカダが遭遇するように、善遇と義浄の出会いも幸運な偶然だったのだ。


・その他

今まで作った中ではたぶん一番出来が良くないんじゃないですかね。

そもそも三句目なんか、当初の構想からズレたし。

まあそれでも頑張った点は、見て分かる通り遊び心を発揮して、四句全てに、象、鶴、鳥雀、鼈、と、動物要素を入れてみたこと。かどかわのカクヨムなのでけものフレンズです。

平仄も合わせるのが面倒で、結局あちこちで勝手に造語をこしらえるハメになった。南海以外の古典や本歌取り要素も取り入れられなかった。

今回のから見たら、前回の西施なんて良くできている部類ですよ。

まあ、こんなのでいいと思います。出来が良くなくても、出来の悪さを批判されることもないでしょうし。



平仄は以下の通り。上平声二冬で、韻字は、冬、膿、衝。


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