三本目 『俺にとって』
中学生活で毎年全国決勝まで行って二年連続で負けて、やっと最後の年で勝ったあの夏。
今思うと、あの日までの俺にとって剣道というのは誰かに言われてやっていた、まるで呪縛のようなそんなものだった。
剣道を始めたきっかけも、厳しかった祖父に逆らえなかっただけで別に自分の意志で始めたわけじゃない。毎日厳しい稽古を続けて、失敗したりするたびにめちゃくちゃ怒られて…。ほんとのことを言えば、剣道なんて嫌いだった。
こんなに疲れるし、痛いし、臭いし……正直嫌になる。高校に入ったら絶対に剣道なんてやらないって、そんなふうにも思っていた。
だけど。
だけど、去年の夏、全国の決勝。二年連続で負けた相手に、三年目でやっと勝った日。
日本一になったあの日。
相手の選手に言われた言葉が、それまでの俺にとっての剣道を一変させた。
高校に入っても剣道を続けようって、そんな気持ちに変わっていた。
だから、だろう。
今こうして新しい環境の中で、再び格技場にいる。
二回も負けたから、あと一回はあいつをぶっ倒さなきゃ気が済まない。
いけるか、いけないかの問題じゃない。いくんだ、もう一度、全国に。
どんな場所からでもいいから、もう一度あいつと戦えるなら別にいい。
目指そうと思わなきゃ目指せないし、行こうと思わなきゃ、たどり着けないけど。
あの場所には自分の居場所があるような気がする。
こんなところからだって行けるなら、行くべきだ。
「えーと、試合のやり方だけど……。ここはフェアに一対一でやるか?」
そんなことを考えていると新崎先輩が話し始めた。先ほど自分で言い出した、『試合で勝ったほうが今後の部の方針を決める』というやり方。正直心配だ……。この人強そうな感じはするし。
「いえ、一対五でやりたいです。そうでもしないとほかの先輩方は納得しないと思いますので」
我ながら無茶な案だとは思う。なんせ相手は高校生だ。でも、できればここで高校生の実力を確かめておきたい。弱小校とはいえ、何人かは高校生として平均以上の人はいるはずだ。
「津稲はそれでいいのか?」
新崎先輩は相変わらずさっきから調子がいいがほかの先輩方はかなりいやそうな顔をしている。
無理もない、か。突然新参者と全国目指そうなんて言われたって、そう易々と賛同してはくれないだろうし。
「五人がかり……それでも倒せる気がしないっすよ」
「英、こんなことを言うとなんだが、一対一でやるよりは五倍マシだが津稲は俺らの十倍くらい強い気がする」
「まあ、大丈夫だってお前ら! なんせ俺がいるんだからな! 」
新崎先輩がどや顔で言っている。
……大丈夫か? この剣道部。
「試合、いつにしますか」
これ以上あっちで話し合わされると、この試合の話もなかったことにされるかもしれなかったので、こっちで早々と試合をやる方向で話を切り出す。
「そうだなー。さすがに今すぐじゃ俺らも準備が整わない。一週間後にするか」
と、新崎先輩は言うが、やはりほかの先輩方は嫌そうだ。
「もう高体連まで一カ月しかない。インターハイまで少しだけ時間はあるとはいえ、団体で今年全国に行くのは無理かも……って、無理じゃないんだっけか」
そうか、高校は中学と違って”最後”が一カ月早いんだっけか。
部長も含め、三年生にとっては最後の高体連。それを俺一人の目標にこれから巻き込もうとしている。
一瞬悪いなと思ったが、最後なら思い切って上を目指せるんじゃないかと思った。
「お前らもう諦めろ。こんな奴がいるんだから、自然とそこは試合に乗るのが先輩ってもんだろ」
新崎先輩がそう他の先輩方に言うと、苦笑しつつも「仕方ない」とか「やってやりますよ」などの声が聞こえ始めた。
かくして、一週間後の試合が決まった。新崎先輩の案で、自分と剣道部は違う場所で稽古をすることになった。改めて考えてみるとほんとに試合っぽくてテンションが上がってくる。
ただ、五人相手というのが最大の不安だ。自分から言い出しておいてあれだが高校生五人を相手にするのは厳しい気がする。
しかし、この試合で高校生の実力がどんなものなのかしっかり見極めておく必要がある。
新崎英という部長。名前は聞いたことがない。高校でインターハイに出るともなれば同じく全国に行った自分の元にも名前くらいは話が来るのだが…。それがないということは、つまりはそういうことだと思う。
この剣道部がどれほどの実力なのかは、一週間後にわかる。それまでは集中して稽古しよう。
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