二本目 『青里高校剣道部』
津稲という人が道場に来てから数分が経った後、ほかの剣道部員の人たちもぞくぞくと来た。そしてみな津稲という人のことを聞くなり驚いた様子だった。
「あのひと、そんな有名人なんですか?」
今道場にいる人で驚いていないのは自分と津稲さん(なんとなく怖いのでさん付けしてみた)だけなので、部長の新崎さんに聞いてみた。
「まあね! 彼、中学の時剣道全国一位になってんのさ!」
最初はへぇ~という反応をした。全国一位の人かぁ~すごいな~くらいの気持ちで。
「えっ!?」
「な? 驚くだろ? すっげえよな一位って」
みんなが唖然としていた理由がやっとわかった。自分も唖然とした。
中学生の時にテレビで見ていた中学生の試合。そのとき剣道に憧れを抱くきっかけになった選手、それが今自分の目の前にいる。そう思うと、なんだか空に舞ってるかのようなそんな不思議な気分になった。
「あれ? 強豪校から推薦受けてたはずじゃ」
ネットのニュースでも津稲さん(尊敬の意味でさん付けしてみた)が推薦を受けたとの記事は見た。あれが嘘だったとでもいうのだろうか?
「なんでも、家の事情とかが合って推薦で行けなかったらしいよ。ここらで剣道やってる高校うちだけだから仕方なく青高に来たんだってさ」
新崎先輩はそう話す。数人に囲まれて色々質問攻めにあっている津稲さんを見て少し可哀そうだと思った。
「あの」
津稲さんは数人の壁を押しのけて新崎先輩に話しかけた。
「ん?」
「この部の目標はもちろんインターハイですよね」
津稲さんは道場の壁に大きく貼られている『全国』と書かれた紙に指をさして言った。
それを聞くと新崎先輩も含め、剣道部員のみんなから微妙な反応が返ってきた。
「いやぁ…それは何十年も前から貼られてるらしくて」
二年生の一人が言った。それに続いて他の先輩たちも色々と話していく。
「昔は強かったみたいだけど今はちょっとね」「だからあの全国ってのはあくまで貼ってあるだけみたいなものなんだよね」「一応、目指してはいるけど」
「インターハイ、目指してないんですか?」
津稲さんは驚いた顔をしていた。
「ま、まあね……」
先輩の声は弱々しいものになっていた。
「じゃあなんで貼ってるんですか? 目指すこともできないのに貼ってるって変じゃないですか 」
津稲さんはうつむく先輩方に対して質問を繰り返す。。
道場は一瞬静かになった。
「お前の言いたいこともわかる」
新崎先輩が声を上げた。皆、新崎先輩を見た。
「だけどな、現実ってのは甘くない。行こうと思って行けてるなら苦労しない」
先ほどまで愉快な口調でしゃべっていた新崎先輩も真面目に話していた。
「じゃあ努力すればいいじゃないですか」
津稲さんもそれに反論する。
「努力でいけてるんならみんな全国行ってるだろうな」
新崎先輩がため息混じりに言った
「津稲、お前からしたら全国ってのは身近な存在かもしれないな。毎年行ってんだし。でもな、今まで地区大会で負けてた俺らが突然全国目指しますなんて言ったって、そうできる話じゃないんだよ」
新崎先輩の言い分はごもっともだった。ここでいえば津稲さんは何も知らないひよっこ。突然無理を言ったって新崎先輩たちが、はい、わかりました、と二つ返事できるわけがない。
「あんなの漫画の中の話だけだ。突然強くなったりして、全国行ったりして、あんな夢物語。俺らには無理だ」
新崎先輩は少し笑いながら言った。
「無理だとは、思いませんよ」
すると津稲さんが返した。
「誰だって最初は弱いですから。努力して勝てないなら負けてしまった他の要因を探しますし、どうしても勝てなくてもそこで無理と決めつけるのは、諦めが早いとも思います」
「お前……」
新崎先輩は津稲さんを見て
「良い奴だなぁ!」
と抱き着こうとした。
「ちょっ…やめっ! きもいです!」
なんとか津稲さんが新崎先輩を引き離して(他の先輩たちも手伝った)から、新崎先輩はある提案をした。
「津稲、お前のその気持ちになんというか感動したし、同感もした。俺ら三年は今年が最後だからな。まあやれるだけのことはやりたい。そこではな」
「津稲と俺らのだれかとで試合して、勝った奴が部の方針を決めれる、ってのをしないか?」
その言葉に津稲さんは驚きを隠せない様子で、他の先輩は絶句していた。
「英! それは無理だ!」
三年生の先輩が新崎先輩に言う。
「津稲は中学最強のやつだぞ! たとえ俺らが高校生だからと言っても全国選手と地区止まりの俺らとじゃ試合にすらなりゃしない!」
「お、お前、ギャグがうまいな。『試合にすらなりゃ竹刀』ってか!? ははははは!」
新崎先輩はまたふざけた口調に戻って大笑いしていた。
「笑い事じゃないっすよ新崎さん!」
二年生の先輩が結構真面目な口調で言った。
「それって、津稲が勝ったら俺ら全国に行くことになるんですよね……怖いっすよ」
「まあまあ、なにも目指すことくらいは別にいいことだと俺は思うけどな」
新崎先輩は他の先輩方の話をあまり聞かずにこの話を進めている。
「えーと、新崎先輩」
津稲さんが口を開き
「それじゃあなんか……他の先輩方が可哀そうに思えてくるんですが」
と、遠慮がちに言った。
「あー、まあ気にしなくていいよ。目指すってだけだからね」
「はぁ……」
ため息にも似た津稲さんの了承。そして他の先輩方の諦め気味の虚しき反対。
新崎先輩って……独裁者みたいだ。
こうして、入学早々中学時代全国トップレベルの高一とそこらの地区予選で敗退する弱小校との部の方針を決める試合が行われようとしていた。
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