VS 青里高校剣道部 編
一本目 『何もない少年』
春。
とうとう自分もこれから高校生になるのかと思うと、心が躍る。
高校の学校生活や行事、部活動など、楽しみなことはたくさんある。
同時に知らない人たちとの交流や新しい環境での生活に不安も抱えている。
どきどきとワクワクでなんだかニヤニヤしてしまっていたのを、教室にいた周りの人たちから変な目で見られていたことに彼はまだ気づいていなかった。
「じゃ、とりあえずみんな自己紹介して」
という担任の先生の声でクラスの人たちは出席番号順に自分の名前と中学の時所属していた部活など簡単に自己紹介をし始めた。
自分の番に近づいてくるたびに心臓の音が強くなるのが分かった。隣の人に心臓の音が聞こえてしまってるのではないかと思うと、心底嫌になりそうだった。
そして、自分の番。
「えーと、僕は
自分の心の中ではこんな感じで文が出来上がっている。これを口に出して言うだけ、とても簡単なことだ。落ち着けよー俺ぇぇ。
「僕はたっ、たかみねみたかと申します!えっと、ちゅ、中学校は青里北で部活はやってませんでした。えーと、えーと、高校では剣道部に入りたいと思ってます」
自分ではこんなふうに聞こえていた。我ながらひどい話し方だと思った。先生やほかの人に笑われ、赤面になるのを感じながら席に着いた。
同じクラスには中学が同じで親しい友人の
「お前、『ひょひゅはひゃひゃみねみひゃかともうひまひゅ』って言ってたぞ、解読するこっちも身にもなれ」
「マジかよ……」
なんだこのは行の多さは。まるで笑いながら自己紹介してみるみたいじゃないか!てかそれはいくらなんでも言いすぎじゃ…!?
「まあなんだ、たかは昔から人前で話すのが苦手だから仕方ないとはいえ、な。うん」
『たか』とは自分の昔からのあだ名である。一時期は苗字と合わせて『たかたか』なんて呼ばれていたこともある。
「てか、たか剣道部入る気なのか?」
「あれ、前に話さなかったっけ」
「あれ?話したっけか?」
「うん、話した。テレビで見た剣道の試合がすごかったからやってみたいって」
「あー。そういえばそんなこと言ってたな」
去年の七月、テレビでたまたま放送されていた中学生の剣道全国大会の個人戦。見たのは準決勝から決勝までのほんの十数分間だけだったがその試合ぶりに衝撃を受けた。選手は自分と同い年みたいだったがそうは見えず、激しい戦いを繰り広げていた。
そんな試合を見て憧れ、気付けば両親に「剣道をやってみたい」だなんて言い出していた。
「たかも影響受けやすいよなー。中学の時もいつもそうだったじゃん」
「そうだっけ?」
「そうさ、うちのバスケのエースのドリブルとかシュートとか見て『俺バスケやる!』とか言って体験入部しだすもんな」
「あぁ、そんなこともあったか……」
つい最近まで中学生だった自分が今中学校の話をするとなんだか懐かしい気分になった。とはいっても、そのバスケ部の体験入部も一日でやめた。
「根っからの文科系のくせに無理すんなよ」
司は笑いながら肩をぽんぽんと叩いてきた。今度はやめないさと言ってはみたがこの話を思い出すと急に不安になってきた。
「そえばたかが見たっていう剣道の決勝の人、あれ片方西中の人だったらしいよ」
西中とは、青里西中学のことである。自分は青里北中なのだが青里西はスポーツの強豪校として知られていた。
「あー知ってるよ。学校名とか新聞に載ってたし」
全国大会に進出したとなれば地元でもそこそこ話題になったものだ。特に青里西のその人は三年連続で全国大会に出場したともなって新聞のスポーツ欄にも載ったりしていた。
「もしかしたら同じ学校かもな」
「たぶんそれはないと思うけど……」
そういうと、司は少し驚いたような顔をして、どうして? と聞いてきた。
「だってあのひと全国行ってるんだぜ。まあ同じ高校だっていう確率はあることはあるけど全国の強豪校からスポーツ推薦とかもらってるんじゃない?」
事実、これはネットの記事を見て知ったことだが、どうもその彼は全国の数多の強豪校から推薦を受けたらしい。それを受け付けたとか、どこの学校に進学することなった、とかは書いていなかったが恐らくそれは間違いないだろう。
その話を聞いて司も納得したようにふむふむと頷いていた。
「たかはこれから部活見学行くんだろ?」
二人で階段を下りながら司は聞いてきた。
「うん。司も行くんだろ? バレー部」
司は小学生のころから少年団のバレーをしていたらしく中学校の時もバレーをしていた。
「おうよ! んで、たかは剣道部と」
「そうだね」
そんな話をしていると学校の一階に着いた。
「じゃあ、俺体育館いくわ。たかは外にある道場に行くんだろ? 」
「うん、それじゃあ」
司はそのまま体育館へ行き、自分も学校の玄関を出て右前にある剣道場へと向かった。
剣道場は少しだけ盛り上がったところにあり、入り口には階段が四段ついてる構造で、戸は引戸になっている。開けると外靴を入れる靴箱が左わきに備えてあった。
靴を脱ぎ中へ入るとまさに剣道……というか、なんだか変に臭い匂いがする。
(汗の……臭いなのか、これ?)
今まで嗅いだこともない臭いに襲われながら道場に足を踏み入れる。
道場の中は縦長で奥までおそよ三十メートルはある。左右の壁には窓がずらりと奥の方まで開けられた状態で並んでいた。4月とはいえ窓が全開になっていたので道場の中は少し肌寒くも感じられた。
ただ、人の気配はなかった。もう少し道場に入ってみると出入り口側の壁になにやら貼られていたのがわかった。
「名前、と目標かな? これ」
そこにはこの剣道部に今までいたであろう人たちの名前が書かれた札が、木の板一面に釘で打ち付けられていた。板の上部には『主将』とか『参段』とか『初段』の名札もあり、それの左隣には部員と思しき人たちの名前も貼られていた。
板の下部には『OB』と書かれた札もあり、そこの左隣には恐らく五十はくだらないであろう名札がずらりずらりと貼られていた。
「今の部員はOB以外の人たちだよな」
そう思って数えてみるとマネージャー含めて今の部員は七人らしい。中学の時に部活に入っていなかったせいもあるのか、これが多いのか少ないのか正直判断に困った。が、剣道の団体戦では五人が必要というのは知ってるしこの人数は普通くらいなんだろう。
そして大きな板の更に上には『全国』と書かれたパフォーマンスとかで見かけるでっかい紙が貼られていた。
改めて道場を見てみると奥の方には神棚が設けられていた。よくわからないが、道場が神聖な場所だとはなんとなく想像がついた。左脇には棚があり、そこの中には剣道で使われる防具が垂れにつける苗字とかといっしょに置かれていた。綺麗に整頓され並んでいる防具を見てなんだか少し緊張した。
剣道とは、日本の代名詞というべき侍が習っていた武道、剣術のことを指す。そしてこれを現代の競技として用いたものだ。
競技として確立したのは明治から大正にかけてだが、それ以前は江戸時代では流派同士での木刀を用いた試合などがもとになっている。
……というのを、昨日の夜携帯で調べた。うーむ、よくわからない。
この道場はきっと長い間使われているんだろう。床は橙色が光を反射して輝いているようだが注視してみると床一面に擦れた傷跡が無数にあった。
道場を見渡していると、もう一つ戸があることに気付いた。
戸は道場の壁と同じ薄みがかった茶色で一瞬戸だとは思わなかった。
なんだろうと不思議がってに戸を引いて中を覗くと、そこは剣道部の部室らしかった。
部室の両脇にはたくさんの開放型のロッカーがあり中央には少し大きめのテーブルとそれを取り囲むようにパイプ椅子が置いてあって、部室の奥にはソファーがあった。
ロッカーの中には筋トレ用の重りや剣道に関する本、また竹刀などが立て掛けられていたがそれ以外にはラジカセとかポッドとか延長コードとかがあり、なんだか部室じゃなくて誰かの部屋にすら思えた。
てか、これほんとに部室なのか!?
ソファーとか普通部室に無いと思う。ごみ箱も完備されてるみたいだしなによりこんな学校の外にある部室だったら色々し放題じゃないんだろうか。
そんなことを思いつつ部室を見渡していると道場に誰かが入ってくる足音がした。
「お、誰かいるのか?」
驚いて振り向くとそこには一人の青年が立っていた。たぶんこの人が剣道部員の人なんだろう、と声をかけた。
「あの、剣道部の方ですよね?」
恐る恐る聞いてみると、気前よく「うん」と返事が返ってきた。
「えーと、入部希望ではあるんですけど」
「おお、マジで!? やった嬉しい!!」
その人は大喜びしてガッツポーズなんかをしていた。
もしかして人数とか足りてないんじゃないかな…とそんなふうに思った。
「んじゃ、ちょっとした自己紹介!」
「俺はここの剣道部の主将やってる新崎 英にいざき すぐる! これからよろしくな!」
「一年の高峰 三鷹って言います! よろしくお願いします!」
教室での自己紹介の時は散々だったが今回はばっちりだったと思う。
「え、なんて?」
「はい?」
「いや、よく聞こえなかったから。その、発音が、ね」
またここでもうやらかしてしまった。というか自分はそんなに滑舌が悪いのか。ショックだな……。
それから落ち着いて自己紹介をしてやっと名前を覚えてもらえたみたいだった。
主将の新崎先輩と話しているとまた一人道場に入ってくる足音がした。
「あれ?」
新崎先輩は何故か驚いたような反応をした。
「いや、人違いかな……」と、そう呟く声もした。
入ってきた人は道場に入るなり神棚に向かって一礼した。そしてさっきの自分と同じようにでっかい紙と木の板を見ていた。
「一年生だよね? 入部希望の人?」
新崎先輩はその人に近づき聞いた。するとその人は「はい」と答えた。
「津稲って言います。部長の新崎さんですよね」
その人は津稲と名乗った。どうも新崎先輩のことを知っているらしい。
「はは、ほんとにあの津稲かよ……」
新崎先輩は唖然とした表情だった。
このとき、自分は目の前にいるのが誰だか全然わからなかった。事の大きさに気付いたのは、それからしばらくしてからである。
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