今もどこかで
激しい衝撃に揺さぶられ、トムは仮眠から目を覚ました。
異常を示す赤ランプがあちこちに灯っている。
操縦席で座り直したトムは、計器を確認し、宇宙船の状態を確かめた。空気漏れが起こっている。
「くそっ、何かにぶつかったのか?」
1人乗りの宇宙船。自動装置のおかげで修理は大半が完了しているが、念のため気密服を着た。
「こんなところに小惑星帯なんて無いはずだが……」
気密服を着たついでだ。
トムはエア・ロックから船外へ出て、被害の状況を確認した。宇宙船には無数の小さいへこみがあった。そのひとつに、何かが引っかかっている。それは――
「栗まんじゅう?」
どうやら、宇宙に無数の栗まんじゅうを捨てたヤツがいるらしい。それが宇宙線の影響によって硬質化し、マシンガンのように船体を傷つけたのだ。
「いったい誰が……」
舌打ちしながら、トムは船内に戻った。
自動装置による修理は完了していた。被害状況が報告されている。
船体損傷、5パーセント。
燃料浪費、10パーセント。
酸素消失、48パーセント。
問題の解決策をオンラインで確認できます。確認しますか?
「NOだ」
トムはwindowを閉じた。
船体の損傷はさほどでもないが、問題は酸素だ。計算すると、目的地に着くまでのギリギリの量しかない。
「参ったな」
この航路の近くには、酸素を売ってくれそうな場所はない。近いところでも時間にして一日はかかる。
「しかし、戻っている時間は無いぞ」
彼はいま、重要な仕事の最中だった。
入植がはじまったばかりの惑星ゴドウィンで、疫病が発生した。1000人近い入植者のうち7割が感染しているらしい。すでに死人も出ている。
すぐにワクチンを届けなければならないが、警察や軍のオンボロ宇宙船では、民間の高性能機に及ぶはずもない。そこで、「光速の運び屋」の二つ名で知られるトムに指名が来たわけだ。
「人命がかかっている。迅速が肝心だ」
迷ったが、トムは予定どおりに進路をとることにした。
「ワープホール、突入。惑星ゴドウィンへ!」
ここから超空間へ入り、約3日間の旅路となる。
※ ※
異常に気づいたのは、その後だった。
トイレのドアにロックがかかっているのを見つけたのである。この船は1人乗り。自分以外は誰も乗っていないはずだ。
密航者だ!
「誰だ!」
トムは、腰のホルスターから光線銃を抜いた。
「出てこなければ、撃つ!」
トイレからは、何の反応もなかった。
「3つ数える。そのあいだに出てこい。ひとつ。ふたつ……」
銃の安全装置を外す。
「みっ……」
「待って! 撃たないで!」
聞こえてきたのは、若々しい女の声だった。
「出てこい」
「……もうちょっと待って」
「待たん。出てこい」
「待ってよ! ……その……うまく、できなくて……」
泣きそうになっている女の声。
はあぁ、と。
トムはため息をつき、銃をしまった。
「……重力下では、体内の物質は自然に下へ引っぱられる。だが、無重力ではそうじゃない。初めてのときは、苦労するんだよな」
「……」
「特に大きいのの場合は」
「最低!」
向こうからドアを蹴る音が聞こえた。
※ ※
そこにいたのは、まだ顔立ちに幼さの残る少女だった。
名前はアイ。髪は赤毛。年齢は15歳。
「体重は51キロ」
「なんでそれを!」
「君の体重は、君が乗るために勝手に下ろした荷物と、ピッタリ同じ重さだったんだ。予備の燃料と食料、それに電子部品。まったくの偶然だが、出発前の重量検査で発見できなかった理由が分かったよ」
「ホントは49キロよ。でも、途中で食料が手に入るかわからなかったから、乗る前にたくさん食べて……」
「トイレに行きたくなったと」
「最低」
彼女は、可憐な顔をこれでもかとしかめて見せた。
「私には、兄がいるの。ゴドウィン星の入植者のひとりなんだけど、とつぜん連絡が取れなくなって……この船が、ゴドウィンに行くって聞いたものだから」
「急いでるからって、荷物の管理を業者に任すんじゃなかったな」
「ねえ、このまま連れて行ってよ。お金だって払うわ」
「そういう問題じゃない。この船には……酸素が無いんだ」
「え!」
「事故で酸素タンクが一部破損してな。もう半分しか残っていない」
「そんな……」
「あらためて、計算し直してみた。1人の人間が宇宙船の中で、1日に消費する酸素量を『1sn』という。ゴドウィンまではあと3日だから、2人分で『6sn』必要だ。だが、船外活動用の酸素やなんかをかき集めても、この船内には『4sn』しかない」
彼女は顔面蒼白になった。
ようやく、自分がした行為の重大さに気づいたらしい。
「ここは、宇宙船だ。酸素も、燃料も、食料も、限られたぶんしか無い」
残酷な宣告になる。
トムは一度言いよどんでから、意を決して告げた。
「だから法律で決まっているんだ。宇宙船に密航者がいて、そのせいで船員の生命健康に害が及ぶとき。船長は、密航者をエアロックから外へ放り出さなければならない、と」
彼女は無言だった。
「この場合、船長も船員も俺のことだがね」
「……どこか、途中の星で降ろしてもらえないの? ゴドウィンから迎えに来てもらうっていうのは?」
「どちらも無理。いまは超空間をワープ中だ。ワープホールの中っていうのは、いわば一方通行のトンネルのようなもの。戻ることもできないし、途中で出ることもできない。逆から入ってくることも不可だ」
できるだけ彼女の顔を見ないようにして続ける。
「3日後にワープホールを抜けるまでは、どうすることもできないんだよ」
彼女は、パニックになって騒ぎ立てたりはしなかった。悪態をつくこともない。ただ、呆然と立ち尽くしているだけだった。
「私、もう兄さんに会えないの……?」
すぅっと溢れ落ちる涙。
まだ年端もいかない少女が、密航してでもかなえたいと思った願い。それが果たされないことが、死よりも何よりも、彼女を苦しめるらしかった。
トムは、そんな彼女に言った。
「方法が無いわけじゃない」
※ ※
10日後、ゴドウィン星。
「兄さん!」
ワクチンによる治療を終え退院した1人の若者の元に、少女が駆け寄った。
「アイ? どうしてここに」
「この人のおかげよ」
「あなたは……トムさん」
トムは、この星を疫病の危機から救ってくれた有名人。彼はアイのあとからゆっくりと歩いてきて、退院祝いの花束を彼に渡した。
「いやあ、あなたの妹さんには苦労をかけられましたよ。実は、私の船に密航していたんです」
「密航? 密航者は、エアロックから放り出されるはずでは」
「ええ。でも私はその前に、アイさんの細胞と遺伝子を採取し、記憶をコンピューターに保存しておいたんです。そして遺伝子からクロ-ンをつくり、記憶チップを脳に埋め込んだ。ここにいるのは、あなたの妹とまったく同じ人間ですよ」
「そうだったのか……」
若者はあらためて、アイを見つめた。
「この星に、クローン即培装置があったのは幸運でした。おかげで1週間で15歳まで成長させられた」
「良かったな、アイ」
「私も兄さんに会えて良かったわ」
ひしと抱き合う兄妹を見て、トムは感慨深げにうなずいた。
「良かった良かった」
それから兄と暮らすことになったアイは、今もゴドウィンで暮らしている。
そしてエアロックから放り出された彼女は、今も宇宙のどこかをただよっている。
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