短編集
狐
脱衣雀
自分の積んだ牌であれば、どこにどれがあるのか、ほとんど分かる。
あと1巡で、当たり牌がつかめるはずだ。しかし。
「ロン! 上がりだ!」
ユカリの捨てた牌に、対面に座っていたアツシが反応した。
牌を倒す。
「うわ~、またアツシかよ」
右のリョウが天井をあおぎ、くさい芝居をする。左のヤスハルもわざとらしく「たまんねえなー」と同調した。まったくもって嫌らしい。
ぐっと唇をかんで。
ユカリは手元の8000点の役を崩した。
「じゃあ、一枚脱いでもらおうか」
にやりと笑って、アツシが言う。
リョウがTシャツを脱いで、上半身裸になった。ヤスハルは靴下を片っぽ放り投げた。
そして。
男3人の目線がユカリに集まる。
容姿端麗な23歳の乙女は少し躊躇したが、えい、と勢いよくキャミソールを脱ぎ捨てた。あらわになる薄いピンクのブラジャー、はじけそうな乳房。
ごくり。
誰かがつばを飲み込む音がすた。
ユカリは気にしないふりで、牌を混ぜ始めた。
「さあ、次やるわよ。誰かの点棒が無くなるまででしょ」
※ ※
大学のゼミで一緒のアツシのことを、ユカリは好意的に見ていなかった。
だが遅れていった飲み会で、隣に座ったのが運の尽き。アツシは他のメンバーを無視して自分にだけ話しかけてきた。どうやらユカリに興味があるようだ。というかユカリのEカップに(すごく)興味があるようだ。
それにしても、つまらない話ばかり!
親が有名な企業の重役をやっている、兄がアメリカに留学している、友達のモデルがテレビに出た、親戚がジュエリーデザイナー、あれやこれや。身内の自慢ほど、どうでもいい話はないというのに。
初めは猫をかぶって「えー、すごーい」「うっそー」とリアクションしていたユカリだったが、いい加減飽きてしまい、ついに口に出した。
「でさ、あなたはどうなの?」
これがよくなかった。
自分に興味を持ってもらったものと勘違いしたアツシはしゃべるしゃべる。俺も昔はワルかった、今までで50人以上に告白された、でもフられたことはない、3人と同時に付き合った……マジでウザい。挙げ句の果てに、
「俺、麻雀強いんだぜ。一晩やれば、誰にでも勝てるね」
そんなことを汚い指で髪をなでながら言われたものだから、さすがにイラッときてしまった。
何を隠そう、ユカリは10代のころから年齢を偽って雀荘に入り浸っていた。アルバイトをしていたこともある。腕前はかなりのもので、普通にやっても強いしイカサマも自由自在。大学の学費も麻雀で稼いだのだ!
そんなあたしに向かって、金持ちの息子に産まれただけのボケガキが……。
ヘコましてやろうと思った。
「じゃあ、ちょっと一局打ってみる?」
※ ※
そうして、麻雀のできるメンバーで飲み会を抜け出した。
アツシと仲のいいリョウ、麻雀好きなヤスハルと4人。場所は近くにあるリョウのアパートに決まった。
部屋について卓を囲む。ユカリは入り口に近い席を取り、コートを脱いだ。
そのときアツシが言いだした。
「ユカリちゃん、麻雀に自信あるんだよね。じゃ、金じゃなくて……他の物でも賭けてみようか」
彼はあくまで「シャレで」と脱衣麻雀を提案した。
気は乗らない。が、ここで帰るのは逃げるみたいで悔しすぎる。いざとなればイカサマで凌ぐつもりで、ユカリは受諾した。
「いいわよ」
そして2時間後。
ユカリはブラジャーとスカート、そして最後の1枚だけになってしまっていた。
(こんな事になるなんて……)
負けている理由は簡単。
アツシたち3人が、イカサマを仕掛けてきたからである。
完全に3人で組んでおり、お互いを助け合いながら、時には露骨なサインや牌の受け渡しでユカリだけを沈めに来たのだ。
(よってたかって……)
ユカリも抵抗はするが、さすがに自分以外の全員がグルでは、まともにやっていては勝てない。イカサマも警戒されているので、派手な技は使えなかった。
結果としてアツシが3万9000点のトップ。ヤスハルが2万8000点、リョウが2万5000点。離されてユカリが8000点で最下位だ。
上がりのとき点棒を払う者が、一緒に服を1枚脱ぐというルール。ニットのブルゾンもストールもストッキングも、ネックレスもイヤリングもはずされて、男たちの思惑通りになってしまっていた。
このままではいけない。
(ちっちゃい男たち!)
女1人に3人ががりで組んでくるような、こんな男たちの前で、裸になるのは絶対に嫌だ。かといって、誰かの点棒がなくなるまでは続けると、事前に決めた約束を反故にするのはプライドが許さない。
勝つしかないのだ。
問題は、どうやって勝つか。
まずは3人の連携を崩さなければ、話にならない。
ユカリは3人をよく観察した。アツシは牌を混ぜながら、指先で牌の種類を確認している。自慢するだけあってそこそこの腕の持ち主だ。後の2人はそこまでの技術はないが、なかなか堅実に打つ。
特にリョウは、気の効いたアツシへのアシストを何度も決めていた。二人の関係はどうやら、友達というよりかは親分子分のような感じらしい。アツシの高圧的な態度に、気弱なリョウが常にしたがっている。
そのリョウが。
牌を混ぜながら、なぜかソワソワしている。
チラリ。
視線がユカリの方へ。
またチラリ。
……どうやら、88センチの、ユカリの胸が気になるらしい。
酒も飲んでいないのに真っ赤なリョウの顔を見て、ユカリは微かに笑った。
「いやぁ、みんな強いよね」
何気ない感じで、誰にともなく口に出す。
「このままじゃあ、裸になっちゃうわ。困るなあ。だって……」
じっとリョウの方を見る。視線が合った。
「なんだかその気になってきてるんだもの」
空気が変わった。
気にしていない風を装ってはいるが、3人とも動揺している。特にリョウが。
「こうしない? もう、逆転なんて無理だし。3人の中でトップとった人は、あたしとホテルに行けるっていう」
そう言って、間髪入れずサイコロを振った。
「あたしの親だよね、じゃ、スタート」
逆襲の一局が始まった。
※ ※
序盤は、何事もなく展開した。
全員が無言になり、だが、確実にお互いを気にしながら、手を進めていく。
場が揺れたのは、7巡目だった。
「ポン!」
アツシの捨てた牌を、リョウが奪った。
ぎろり、とアツシが視線で刺した。リョウはそっぽを向いて、目を合わせない。
2人はマンズ牌をあまり捨てていない。ということは、2人ともマンズ牌で役を作るつもりなのだろう。これは、共闘しているときであれば好都合である。2人で1つの役を作ればいいのだから。
だが、協力していないなら、牌を奪い合ってしまう。
いままでずっとアシスト役だったリョウがアツシの牌を奪ったのは、「協力しない。俺が上がる」との意思表示であった。
睨み続けるアツシ、無視するリョウ。2人を交互に見て、ヤスハルはうつむいた。3人とも、ユカリから注意をそらしていた。その瞬間、彼女の捨て牌が入れ替わったことには、誰も気づかない。
そして、さらに3巡後。
「リーチ!」
こんどはヤスハルが声を上げた。
リーチということは、上がりまであと一手だ。
アツシの顔が歪む。リョウも唇を噛んだ。ヤスハルは得意気。3人の視線が空中でぶつかった、そのチャンス。新しい牌をとるついでに、ユカリはいらない牌を山に戻した。
戻した牌は、次にリョウがひく牌だ。
リョウが叫ぶ。
「カン!」
同じ牌が四枚揃う、カン。その牌はドラ、つまりボーナス牌だった。
ということは、8000点以上は確定だ。現在トップのアツシと、リョウとの点差は1万4000点。仮にそれをアツシの捨てた牌でロンすると、アツシの8000点がリョウに移動し、逆転でリョウがトップになる。
ギリリ……。
アツシの口から歯ぎしりが漏れた。先ほどから全く手が進んでいない。子分に逆らわれたことで、彼は完全に冷静さを失っていた。
アツシは牌を引いた。
駄目だ。
捨てた。
「ロン!」
そう言ったのは、リョウだった。
逆転だ!
「お前っ!」
アツシがキレて立ち上がった。
リョウは必死でにらみ返す。
ヤスハルが慌てて割って入る。
ユカリは、そこで一気に手を奔らせた。両手を駆使して4牌同時にすり替える! そして何事もなかったかのように、殴り合い寸前の男どもに声をかけた。
「悪いんだけどさ」
3人は、はっとして彼女の方を見る。
「頭ハネだわ。親と子が同時にロンしたら、親のロンが優先でしょ」
ユカリが牌を倒した。
逆転どころか、アツシの点棒4万4000点をすべて奪って、さらにマイナス。呆然となったアツシは、ふらふらとへたり込んだ。
「残念ね。これで終わり」
あっけにとられる3人。ユカリはそれに一瞥さえくれず、さっさと服を着て、すぐさま部屋を出た。
「じゃあね」
最後にウインクだけ投げかけて、彼女は軽やかに駆け出した。
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