2ページ
控えめな看板にシックでアンティークな扉、飴色のノブは年代物を感じさせるが、この店がオープンしたのはほんの二年前だ。
「こんばんは」
ノブを引くと同時に紫煙が鼻をくすぐる。それからウッドベースの効いたジャズ。内装も全部新しいのに、懐かしいと思った。
「やぁ、想太じゃないか」
「ご無沙汰してます」
といっても前に会ったのは半年くらい前なんだけど。
「これ、よかったら。受け取ってください」
「え? もしかしてケーキ?」
「はい。マスター甘いのがお好きでしょう?」
「はは、ありがとう」
くしゃりと笑う顔は昔と少しも変わらない。どこか安心できるような笑顔だ。
「元気にしてたかい」
「えぇ、おかげさまで」
「店も繁盛しているんだってね、よく聞くよ」
「そんな、マスター程では」
「いやいや」
店内はカウンターだけで、十人も入れないこじんまりとした店だ。俺は一番出口に近い席に腰を下ろす。
「想太、何飲む?」
「えーっと、それじゃぁジンフィズをお願いします」
「やっぱりそれか」
かかか、と笑う所も変わらないが、店に出て素で笑うようになったのは、趣味でバーを開いているからかもしれない。いい意味でバーテンっぽくないというか、親しみやすいというか。
肩の力を抜いて楽しんでいると言った感じだ。
「マスターのジンフィズをいつか超えたいんで」
「昔から変わらないなぁ、想太は」
「変わりましたよ、いろいろ」
この店のマスターは、俺の師匠だ。高校を卒業した年にマスターに弟子入りした。もちろん最初は取り合ってもらえなかったし、ただのバイトとして雑用をこなしていただけだった。それにその頃のマスターはとても厳しくて、教えてもらえるようになるまで結構な時間が掛かったもんだ。
『本気でバーテンになるつもりがあるなら』
そう言ってもらえた日の事を今でも鮮明に覚えている。結局そのままマスターが奥さんの看病のために店を畳むまでの十年、俺はマスターのもとで修業を積んだ。その二年後、奥さんを看取ったマスターが趣味でこのバーを開いたのだ。
今日ここへ来たのは昨日蘭子さんとその話をしたから、ってのもなくはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます