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 控えめな看板にシックでアンティークな扉、飴色のノブは年代物を感じさせるが、この店がオープンしたのはほんの二年前だ。

「こんばんは」

 ノブを引くと同時に紫煙が鼻をくすぐる。それからウッドベースの効いたジャズ。内装も全部新しいのに、懐かしいと思った。

「やぁ、想太じゃないか」

「ご無沙汰してます」

 といっても前に会ったのは半年くらい前なんだけど。

「これ、よかったら。受け取ってください」

「え? もしかしてケーキ?」

「はい。マスター甘いのがお好きでしょう?」

「はは、ありがとう」

 くしゃりと笑う顔は昔と少しも変わらない。どこか安心できるような笑顔だ。

「元気にしてたかい」

「えぇ、おかげさまで」

「店も繁盛しているんだってね、よく聞くよ」

「そんな、マスター程では」

「いやいや」

 店内はカウンターだけで、十人も入れないこじんまりとした店だ。俺は一番出口に近い席に腰を下ろす。

「想太、何飲む?」

「えーっと、それじゃぁジンフィズをお願いします」

「やっぱりそれか」

 かかか、と笑う所も変わらないが、店に出て素で笑うようになったのは、趣味でバーを開いているからかもしれない。いい意味でバーテンっぽくないというか、親しみやすいというか。

 肩の力を抜いて楽しんでいると言った感じだ。

「マスターのジンフィズをいつか超えたいんで」

「昔から変わらないなぁ、想太は」

「変わりましたよ、いろいろ」

 この店のマスターは、俺の師匠だ。高校を卒業した年にマスターに弟子入りした。もちろん最初は取り合ってもらえなかったし、ただのバイトとして雑用をこなしていただけだった。それにその頃のマスターはとても厳しくて、教えてもらえるようになるまで結構な時間が掛かったもんだ。

『本気でバーテンになるつもりがあるなら』

 そう言ってもらえた日の事を今でも鮮明に覚えている。結局そのままマスターが奥さんの看病のために店を畳むまでの十年、俺はマスターのもとで修業を積んだ。その二年後、奥さんを看取ったマスターが趣味でこのバーを開いたのだ。

 今日ここへ来たのは昨日蘭子さんとその話をしたから、ってのもなくはない。

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