第5話『デートしよう?-前編-』

 今日の授業が全て終わり、月曜日提出の宿題も特にないので、週末をゆっくりと過ごすことができる。金曜日の終礼が終わって教室を後にするこの瞬間が、1週間の中で最も気持ちがいい。


「さてと、どうするかな……」


 真っ直ぐ家に帰るか。それとも、駅前のショッピングモールにでも行って適当にブラブラしてみるか。

 ――プルルッ。

 うん? スマートフォンが鳴っているぞ。

 確認してみると、栞奈から1件メッセージが届いていた。


『授業終わった? 一緒に帰りたいから、昇降口で待っててくれる?』


 栞奈、俺と一緒に帰りたいのか。高校が徒歩圏内ということもあって、ほぼ毎日一緒に登校し、週に1,2日くらい一緒に下校する。そして、下校時には今みたいに栞奈の方から一緒に帰りたいとメッセージが送られてくる。

 一緒に登下校をするところや今日みたいに一緒に昼食を食べるところを生徒に見られているので、栞奈と仲がいいんだねと意外と言われる。そして、あいつはかなり人気のある生徒だから、あいつのことで訊かれることもある。

 栞奈の好きな食べ物や芸能人などのことについて訊かれるのはいいけれど、たまに栞奈が体調を崩しがちのとき、心配そうに栞奈の様子を訊いてくる生徒が結構多いのでそのときはさすがにイラッとする。昇降口近くに掲示板があるから、そこに体調を書いて張りつけてやろうかと思ったこともあった。

 そんな掲示板の近くにある昇降口まで辿り着くと、栞奈が靴を履いた状態で既に待っていた。


「もう、遅いよ。お兄ちゃん」


 栞奈は不機嫌そうな表情になり、ちょっと頬を膨らませる。


「俺のクラスの方が遠いんだ。ちょっとくらい大目に見てくれ」

「……じゃあ、今日は許すよ」


 今日は、って。随分と態度がでかいな。俺は兄でもあるけれど、学校の先輩でもあるんだぞ。まあ、相手が俺の妹だから特に気にしないけれどさ。

 上履きからローファーに履き替えて、俺は栞奈と一緒に校舎を出る。


「それで、どうする? 真っ直ぐ家に帰るか? それとも、どっか行く?」

「お兄ちゃんと行きたいお店があるんだ。ショッピングモールの中にあるんだけど」

「へえ……どんなお店? スイーツ系? それとも喫茶店?」


 甘いものも好きだし、コーヒーや紅茶が好きなのですぐにそういった店を想像してしまう。


「ふふっ、それは行ってみてのお楽しみだよ、お兄ちゃん」


 そう言うと、栞奈は可愛らしい笑みを浮かべながらウインクした。何でだろう、とっても嫌な予感がするんだけど。


「大丈夫だって、変なお店じゃないから。私と一緒にいれば」

「……本当だろうな? 店次第では逃げるからな」

「大丈夫だって、逃げる必要ないから」


 ニヤニヤするような厭らしい笑みでもなければ、何かまずいことを隠しているときの苦笑いでもない。本当に可愛らしい笑みだ。これは……信用していいのかな、たぶん。

 そんなことを話していると、俺達は学校の正門を後にする。


「今日はずっと曇りだったから、結構寒いな。陽が沈むとより寒くなるから、暗くなる前に家に帰るようにしようか」

「それが一番いいけれど、別に小学生じゃないんだし、夕ご飯までに帰ればいいと思うな、私は。それにお兄ちゃんと一緒だから」

「……はいはい、そうですか。まあ、なるべく遅くならないように気を付けような」


 まあ、ショッピングモールも自宅から徒歩圏内だし、遅くなりそうなら俺から親に連絡すればいいか。


「お兄ちゃん、手を繋ごう?」

「……はあ? 嫌に決まってるだろ」


 昔は手を繋いで一緒に出かけていたけれど、それは幼いから良かった話であって、高校生の兄妹が手を繋いだらまずいでしょ。

 俺が嫌がっても、栞奈は不機嫌な表情を見せず、むしろ笑っている。


「もう、お兄ちゃんったら。昨日、久しぶりにお風呂に入ったじゃない。だから、手を繋ぐぐらいどうってことないでしょ?」

「昨日は2人きりだから許したんだぞ。今は周りに人がいるじゃないか」


 それに、一緒にお風呂に入ったことを外ではあまり言わないでほしいな。


「……お兄ちゃん、私のこと……嫌いなの?」


 栞奈は怒ることはせず、俺に嫌われたと思って悲しそうな顔を浮かべている。きつく言い過ぎちゃった……かな。

 よく考えてみれば、周りの生徒から俺と栞奈は仲のいい兄妹だと思われているし、今日のお昼には食堂で食べさせ合ったっけ。それを考えたら、手を繋ぐくらいはどうってことないのかもしれない。


「……ごめん、栞奈。久しぶりに手を繋ごうか」

「うん、お兄ちゃん!」


 さっきまでがっかりしていたのが嘘のように、栞奈は嬉しい表情をして、栞奈の方からぎゅっと掴んできた。まさかとは思うけれど……こいつ、演技していたんじゃないだろうな。まあ、どっちでもいいか。

 こっちを見てくる生徒がちらほらいるなぁ。ちょっと恥ずかしいな。


「どうしたの、お兄ちゃん」

「……ひさしぶりだからちょっと恥ずかしくて。それに、こっちを見てくる生徒もいるし」

「そう? 私は大丈夫だけどね」

「……強くなったなぁ」


 昔は俺の方が手を引いていたのに、今は栞奈に手を引いてもらっているよ。それだけ、俺の妹は成長したってことかな。そう考えるとちょっとこみ上げてくるものがある。


「俺にとっては可愛い妹と一緒だからいいけれど、栞奈にとってはどうなんだ?」

「優しそうなお兄ちゃんだねって言われるよ。それなりにイケメンだって言う女の子もいるよ。よく見ればかっこいいって言う子も」

「……お世辞でも嬉しいなぁ」


 イケメンなんて今まで一度も言われたことないから。きっと、栞奈が可愛いから、兄貴はまともかもしれないという思い込みでイケメンに見えているのかも……しれない。


「何だかこうして歩いていると、デートしているみたいだね」


 にこっ、と栞奈は俺に笑いかけてくれる。まったく、周りに人がいる中で兄相手にデートしているみたいだと言ってくるなんて。兄として本当に大好きなんだな。


「まあ、実際は学校帰りの寄り道だけど」

「そういうこと言わないの。学校帰りでも親しい人と一緒に行きたいところに行けば、それはデートだよ」


 俺は本当のことを言っただけなんだけど。


「世の中にはお家デートって言うのもあるらしいぞ」

「じゃあ、家に帰ってもデートしよっか。な~んちゃって」


 えへへっ、と栞奈は楽しそうに笑っている。まあ、俺達は兄妹だから家の中で会おうと思えばいつでも会えるからな。一緒にいたってお家デートなんていう気分には多分なれないだろう。

 そんなことを話していると、駅前のショッピングモールが見えてきた。金曜日の夕方ということだけあって、高校生や大学生らしき人の姿がちらほらいるな。


「お兄ちゃん、後でアイスでも食べようよ」

「まあ、歩いて体が温かくなってきたからね。いいよ」


 やったっ、と栞奈は喜んでいる。

 ショッピングモールの中は温かいだろうし。それに、寒い時期に食べるアイスって意外と美味しく感じられるんだよな。

 そして、ショッピングモールの中に入ると……やっぱり温かい。週末とか、楽しみにしていた本やCDの発売日にはよくここに来る。栞奈の行きたい店での用事が早めに終わったら、本屋とかCDショップに行ってみようかな。


「そういえば、栞奈の行きたい店ってどこなんだ?」


 確か、俺と一緒に行ってみたいお店だったよな。本屋とかCDショップだったら嬉しいけれど……最近の栞奈を考えると、アパレルショップの可能性もありそうだ。


「ふふっ、ここだよ、お兄ちゃん」

「えっ? ……こ、ここなの?」


 栞奈と一緒に立ち止まったところにあったお店は……ラ、ランジェリーショップなのであった。

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