第6話『デートしよう?-後編-』
栞奈が俺と一緒に行きたいお店。
それは女性ものの下着を扱っているランジェリーショップだった。もちろん、ランジェリーショップなので店内には下着ばかり。店員さんもお客さんも女性ばかり。俺のような男子高校生がいてはいけないだろう。
「栞奈、確認のために訊く。栞奈が俺と一緒に行きたいお店っていうのは、このランジェリーショップなの?」
「うん、そうだよ。新しい下着を買いたくて」
栞奈の勘違いじゃなかったのか。思わずため息をついてしまう。
「……1人で買ってこい。そこに自販機とベンチがあるから俺は待ってるよ」
「えぇ、それじゃ一緒に来た意味ないじゃん。それに……」
そう言うと、栞奈は顔を近づけて、
「お兄ちゃん好みの下着を買おうかなって思ったんだけどな」
俺の耳元でそう囁いた。顔を話した栞奈はニコッと笑みを見せる。
下着なんて普通は見せるものじゃないし……俺が栞奈の下着を見せてくれっていうこともないし。
「……普通さ、兄貴好みの下着を着ける妹はいないだろ。それに、こういうところに連れてくるのは仲のいい友達か、家族でも母親じゃないか?」
同伴してもらうのが男性だとしても、それはよっぽど仲のいい夫とか恋人ならまだ分かるけど……1歳年上の兄貴はダメだろう。まあ、栞奈は俺のことを兄として好きだと言っていたけどさ。
「えぇ、お兄ちゃんならいいのに。お兄ちゃんと仲がいいことは学校では有名だから、学校の生徒に見られてもいいけどなぁ」
栞奈、よっぽど俺や学校の生徒を信用しているようだな。栞奈がそう思えるのは兄として安心するけど、
「お前が良くても俺がダメなんだよ。というか、俺がここにいたら恥ずかしいし、気まずいんだよな」
「大丈夫だって、私の側にいれば。お兄ちゃんなんだし」
ほらっ、と栞奈は俺の手を引いてランジェリーショップの中に連れ込む。うううっ、下着ばっかりあるし、店内にいる女性が変な目つきでこっちを見てくるし。目のやり場に困るなぁ。ここは……最終手段。目を瞑るしかない!
「これなんて可愛いと思わない?」
「えっ、あ、そ、そうだね……可愛いんじゃない?」
栞奈が目を瞑らせてくれない。それに、下着の可愛さ云々について男の俺が分かるわけがないだろ。恋愛経験皆無で童貞の俺なんかにさ。
「……何か、適当に言ってない?」
「そ、そんなわけないぞ。栞奈が身につければ、きっとどんな下着でも可愛いと思うから、自分の勘を信じなさい。じゃあ、俺は近くのベンチで待ってるから!」
「だーめっ」
そう言うと、ぎゅっと栞奈に手を掴まれてしまう。うううっ、店外に行ってはダメなのか。
しかし、俺があまりにも怯えているように見えたのか、
「ふふっ、可愛い彼氏さんね」
「でも、彼女……彼のことをお兄さんって言っていたわよ」
「じゃあ、とっても仲のいい兄妹なのね。あの子、よっぽどお兄さんのことが好きなんだ。微笑ましいわねぇ」
「お兄さん、緊張しちゃって可愛いわ」
と、変な視線で見られることはなくなった。緊張して可愛く見えるってことがあるのか?
「……ほら」
栞奈、ニヤリと笑っている。ほら、私の言ったとおり大丈夫だったでしょ? と言いたいのが伝わってくる。
しょうがない、栞奈の側にいることにしよう。店員さんや周りのお客さんも俺が栞奈の兄貴だって分かったみたいだし。
「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんはどっちがいい?」
「えっ?」
同じデザインの下着だけど、赤と水色で迷っているのか。正直、自分の好きな色を選べよって感じだ。金銭的に余裕があるならどっちも買うとか。
「……好きな方を選べよ」
「どっちも好きだから迷っているんじゃない」
「金銭的にはどうなんだ? 少し余裕があるならどっちも買うとか」
「それもありだけれど、その……まだ成長しているから、一度に多くは買いたくないっていうか。まあ、家にある下着がいくつかきつくなったから、それの補完というか。も、もちろんお腹じゃなくて胸だよ……」
「……な、なるほど」
この1、2年くらい背丈はあまり変わっていないと思うけど、胸が成長していたのか。成長期は過ぎたと思ったけど、胸はあまり関係ないのかな。
「ええと……じゃあ、家にある下着の色は? 好きな系統があれば、それに沿った色の方を選べばいいんじゃないか?」
「もう、お兄ちゃんのえっち。そういう風にして私の下着の色を聞いてくるなんて。今着けているのは……黒だよ」
「だったら黒にしろよ! そのデザインの黒い奴、ここにあるだろ!」
というか、俺が訊いたのは家にある下着の色の系統で、今着けている下着の色じゃないんだけど。あぁ、段々と面倒臭くなってきた。
「もうさっきからお兄ちゃんは色々と訊いてきてさ。家にある下着の色とかで選んでいるなら、お兄ちゃんのことをここに連れてきてないよ」
兄好みの下着を買うっていうのは年頃の女の子としてどうかしていると思うぞ。
「お兄ちゃん、一生のお願い!」
「……下着を選んでもらうことに一生のお願いを使わないでくれよ」
プライドとか恥とかはないのか? あと、栞奈の一生のお願いっていうのは過去に数回くらい聞いてあげた気がするよ。
しょうがない。俺が選んで気が済むんだったら、さっさと選んでしまおう。
「……水色」
「えっ?」
「そっちの水色の方がいいと思うぞ。俺は……赤よりも青系の色の方が好きなんだ」
まあ、俺の好きな色だからという理由なら納得してくれるだろう。
俺が選んでくれたからなのか、栞奈はとても嬉しそうな表情を見せる。
「……そっか。選んでくれてありがとね。じゃあ、水色の方を買ってくるから、お兄ちゃんはお店の外で待ってて」
「ああ、そうさせてくれ」
俺はランジェリーショップの外に出る。
周りを確認すると……良かった、うちの高校の制服を着た生徒はいないようだ。こんなところを誰かに見られていたら……きっと、俺のことを変態で重度のシスコンだと勘違いされていただろう。
「お兄ちゃん、買ってきたよ」
「はいはい、お疲れさん」
「店員さんから、とても優しいお兄さんですねって言われちゃったよ」
「……そうか」
まあ、妹の下着を買うことに付き合い、嫌がっているのに最終的には何を買えばいいのか決めたんだから、お世辞でも優しいと言ってくれたことが救いだ。
「じゃあ、お兄ちゃん。アイスを食べに行こうか」
「……そうだな」
本屋やCDショップは明日や明後日にでも行けばいいか。まあ、今のことでちょっと疲れたから、アイスを食べて元気を取り戻そう。
その後、アイスクリーム屋さんに行って、俺はチョコミントアイス、栞奈はラムレーズンを買う。もちろん、割り勘でね。
「お兄ちゃん、チョコミント一口ちょうだい」
「……はいはい。その代わり、栞奈のラムレーズンも一口くれよ」
「もちろんだよ」
お互いのアイスを一口交換し合うことに。うん、ラムレーズンも結構美味しいなぁ。
「チョコミントって不思議だよね。基本、歯磨き粉なのにチョコが入っているから甘さもあって癖になっちゃう」
「……褒めているのか貶しているのか分からないんだけれど。貶しているんだったら、ラムレーズンをもう一口食わせろ」
「もちろん、褒めてるよ。たまに食べるのにはいいよね」
「……人によってはそうだよな」
俺は大好きだから、結構な頻度で食べているけれど。嫌いな人にとっては歯磨き粉食っているみたいで嫌なのかも。実際にチョコミントが嫌いな友達がそうだった。
「ラムレーズンも美味かったよ」
「ふふっ、私が何口か食べたからね」
「……ちゃんと舐めてないところを食べたよ」
「えっ、そうなの? 私はお兄ちゃんのかじったところを食べたけど」
「……て、抵抗ないんだな」
昼の間接キス発言といい、さっきのランジェリーショップといい……今の様子からして、栞奈にとって俺は本当に気心知れた兄貴なんだろう。
まあ、何にせよ……高校生になっても妹と仲良くできるのは兄として嬉しいよ。チョコミントの爽やかさを感じながらそう思うのであった。
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