第4話『ご飯を食べよう?』

 翌日。

 今日も午前中の授業が終わった。今日は金曜日だから、今週も残り半日で終わるのか。さてと、これから食堂でお昼ご飯を食べるようかな。でも、購買部か近くのコンビニに行って何か買ってくるのもアリか。ただ、今日は曇天だから外は結構寒いんだよなぁ。


「お兄ちゃん、食堂で一緒にお昼ご飯を食べようよ!」


 栞奈のそんな声が聞こえたので、とりあえず廊下の方を見てみると扉の近くで栞奈が俺に向かって手を振っていた。本人は全く気にしていないんだろうけど、俺はちょっと恥ずかしいぞ。


「ああ、分かった」


 今日は食堂で栞奈と一緒に食べるか。

 以前から栞奈と一緒に昼食を取ることはたまにあったけれど、こんな風に大声で呼ばれたのはこれが初めてだ。いつもなら、教室を出たところで待っているか、俺の席まで来るかのどちらかだから。

 栞奈の所に行くとき、周りの様子を見てみると、男女を問わず栞奈のことを注目する生徒は多かった。栞奈は可愛い顔をしているし、スタイルも抜群。喋らなければパーフェクトと言っても過言ではないだろう。


「お待たせ、栞奈」

「うん。じゃあ、一緒に食堂に行こう?」

「ああ」


 さすがに……手を繋ぐことはしないか。今までもなかったけれど……最近の栞奈はあざとさが増してきているので、そのくらいのことはしてくるんじゃないかと疑ってしまうんだ。

 手を繋がぬまま食堂に到着し、食券の列に並ぶ。


「何を食べるの? お兄ちゃん」

「そういえば決めてなかったなぁ。……とりあえず、今日も寒いから温かいもの?」

「……温かくないメニューの方が珍しいと思うよ」


 6月頃から始まった冷やし中華も確か9月末で終わっちゃったと思うし。あと、思いつく冷たいメニューといったらざるうどん、ざるそば、ざるラーメンくらいしかない。


「美月は何にするのか決めたの?」

「うん。豚の生姜焼き定食にしようかなって思ってる」

「生姜焼きかぁ。ここのって美味いんだよなぁ」

「へえ。お兄ちゃんがそう言うなら食べて見ようっと。実はまだ一度も食べたことないんだよね」


 兄の勧めで決断してくれるなんて、可愛い妹だなぁ。……いや、これもあざとい行動の一つなのか? いやいや、いちいち疑ってはいけないか。

 何を食べるのかを考えたら、よりお腹が空いてきたぞ。今日はいつもよりもたくさん食べられそうな気がする。


「お兄ちゃん、今日はカツカレーのキャンペーンやってるみたいだよ」


 ほらっ、と栞奈の指さす方を見ると、食券販売機の後ろの壁にカツカレーキャンペーンのポスターが貼ってある。全然気付かなかった。


「カツカレーが300円だなんて安いな。……よし、決めた。俺はカツカレーにしよう。栞奈もカツカレーにするか?」

「私は生姜焼きの気分だから生姜焼きでいいよ」

「そっか」


 まあ、自分が今、食べたい料理を食べるのが一番いいよな。

 その後、俺はカツカレー、栞奈は生姜焼き定食の食券を購入。

 さすがにキャンペーン当日だけあって、カレーの列がとても長くなっているので、栞奈に2人分の席を確保してもらうことになった。

 俺の番になるまであと数人くらいのところで周りを見てみると、窓側のテーブル席に座っている栞奈の姿を見つけた。2人用で向かい合う形のようだ。


「次の人、どうぞ」

「あっ、カツカレーお願いします」


 待望のカツカレーが俺の目の前に。あぁ、いい匂いだ。ここのカレー、女子でも食べられるようにルーが少し甘めになっているので、スパイスをかけておこう。

 カツカレーが乗ったお盆を持って、俺は栞奈の待つテーブル席へと向かう。


「お待たせ、栞奈」

「良かったよ、2人きりでゆっくりと食べられる席を見つけることができて」

「そっか」


 栞奈と向かい合う形で座る。栞奈……とても嬉しそうだ。それは生姜焼きなのか、それとも俺と2人きりで食べることができるからなのか。


「じゃあ、食べようよ、お兄ちゃん。いただきます!」

「うん、いただきます」


 さて、カツカレーの味はどうだろう。


「うん、美味しい!」


 スパイスを掛けたから俺好みの辛さになっている。学食とは思えないくらいの肉厚のとんかつも美味しい。長蛇の列を並んだ甲斐があったな。いや、もしかしたら並んだからこそとても美味しく感じられるのかもしれない。


「生姜焼きも美味しいよ」

「な? 俺の言ったとおりだろう? 定食だったら、俺は生姜焼き定食が一番好きだよ」

「……じゃあ、食べてみる?」

「……えっ?」


 気付けば、栞奈は箸で生姜焼きの豚肉を俺の口元まで持ってきていた。


「家ならともかくここで食べさせてもらうのは、その……恥ずかしいって」

「いいじゃん、別に。それに生姜焼きを推してくれたお礼がしたいし」


 とか言いながら、栞奈だってはにかんでいるじゃないか。

 でも、この様子だと俺が食べるまでこの体勢を崩しそうにないので、しょうがない。食べさせてもらうか。


「あ~ん」


 生姜焼きが口の中に入った瞬間、肉の旨みとタレの味が広がっていく。


「美味しいよ」

「うん、良かった」


 近いうちに改めて生姜焼き定食を食べよう。


「じゃあ、私も!」


 そう言うと、栞奈は大きく口を開いた。カツカレーを食いたいのか。もしかして、栞奈が生姜焼きにした理由は、俺にカツカレーを一口食べる予定があったからか。そうすれば2つの料理を食えてお得……と。


「しょうがないな。でも、ルーにスパイスをかけたから、栞奈には辛いと思うぞ」

「大丈夫だって。お家のカレーも大好きだし」


 家のカレーは辛さもあるけれど、まろやかさも結構あるからなぁ。このカレーはまろやかさがあまりないから栞奈が食えるかどうか。


「でも、食べてみないと分からないよな。ちょっと待ってて」


 ライス、ルー、カツ。

 それらをスプーンに乗せて、栞奈の口元へと運んでいく。


「はい、あ~ん」

「あ~ん」


 ぱくっ、と栞奈はカツカレーを食べる。果たして、栞奈の好みに合うのかな? 俺も味わって食べてみるけど、結構スパイス効いてるなぁ。


「うん。ちょっと辛さが強いけど美味しいよ」

「そっか、良かったよ」


 辛いかもしれないと思って、ルーをちょっと少なめにして食べさせたからそれが良かったのかもしれない。


「それにしても、私達……しちゃったね、間接キス」

「ごほっ!」


 栞奈が間接キスなんて言うからビックリして咳き込んでしまった。スパイスがきいているせいで喉がちょっと痛いぞ。そんな俺の様子が面白いのか、栞奈は頬をちょっと赤くしながらも楽しそうに笑っている。


「お前、人が食ってるときに変なことを言うなよ」

「互いに食べさせたんだから、その流れで間接キスのことを言うのは普通じゃない? それに、お兄ちゃんは間接キスを意識しなかったの? 私はしたけれど」

「……食べさせてもらうのが恥ずかしくて、間接キスまで考える余裕はなかった」

「へえ、お兄ちゃんは子供だなぁ」


 間接キスを意識するかどうかで、差なんてあんまりないと思うけど。

 それにしても、もしかして……お互いの食事を食べさせ合うことの本当の狙いは間接キスだったんじゃないのか? 昨日のお風呂での発言も考えると、今の栞奈ならその可能性は高そうだ。まあ、それについて特に追究するつもりはないけれども。


「もしかしたら、間接キスをしたからカレーが美味しかったのかもね」

「ごほっ!」


 耳元で変なことを囁かないでほしいんだけど。


「……大丈夫? お兄ちゃん」

「……何とか」

「10月に入ってから急に寒くなったから、風邪を引かないように気を付けてね」

「分かってる」


 今月になって変わったのは気候だけじゃなくて、栞奈もだけれど。


「栞奈の方も気を付けろよ。今も大丈夫か? 昨日……脱衣所でタオル一枚巻いた姿で俺のことを待っていたから、その時に体が冷えなかったかなって」

「……大丈夫だよ。その後にしっかりと湯船に浸かったし。心配してくれてありがとね、お兄ちゃん」

「……いえいえ。さあ、昼ご飯の続きだ」

「うん!」


 その後も俺はカツカレーを食べる。

 さっき、栞奈にあんなことを言われたからか……心なしか、食べ始めたときよりも今の方が美味しく感じるのであった。

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