第3話『お風呂に入ろう?-後編-』

 髪と体を洗い終わったので、俺は栞奈と一緒に湯船に入ることに。


「はあっ、やっとお風呂だよ」

「湯船に浸かりながら待っていてくれても良かったんだけどな」

「それじゃのぼせちゃうって」


 体を洗うのにそんなに長い時間かからないと思うけれど。それに、湯船に入っていないままだとちょっと寒いぞ。


「……ね、ねえ……お兄ちゃん」

「うん?」


 栞奈……顔を赤くしてもじもじしているぞ。どうしたんだろう?


「湯船に入るときは……タオルを取った方がいいのかな?」


 なるほど。タオルを取ると裸になるから……今まで湯船には入れなかったのか。俺もいつもはタオルを巻かずに入るし。


「今日はもう俺達が最後だから、タオルを巻いたまま入っても大丈夫だろう。シャンプーやボディーソープの泡は付いてないよな?」

「うん」

「それなら大丈夫だ。俺のタオルも泡は付いていないから、タオルを巻いたまま入るよ」

「……分かった。じゃあ、タオルを巻いたままで入る」


 互いに全裸にならなくて済むのに、どうして栞奈はちょっと不機嫌そうなのか。もしかして、昔みたいに俺と一緒に湯船に浸かりたいのかな。昔は良くても、今はダメだぞ。

 俺は栞奈と一緒に湯船に浸かる。


「あぁ、気持ちいい」

「そうだね」

「今ぐらいの季節からは夜が寒いから湯船が本当に気持ちいいよ」

「うわぁ、何だか年寄り臭いね」

「お年寄りに失礼だぞ」


 それに、お風呂好きの男子高校生だっているはずだと思うぞ。特に寒いときなら。


「そういえば、お兄ちゃんって最近は長風呂だよね」

「段々と寒くなってきたからな。それに、毎日俺が最後に入るから後のことを気にしなくていいから」


 夏だと5分も浸かっていないけれど、今は20分くらい浸かっているんじゃないだろうか。きっと、もっと季節が進んだら30分、40分と長くなっていくと思う。


「つうか、お前……俺の行動をよく観察しているんだな」


 俺が風呂に入る時間帯もそうだし、最近は入浴時間が長くなっていることとか。


「……わ、私はお兄ちゃんみたいにイヤホンをして音楽を聴いてないからね! 静かに暮らしてるから」

「俺だってイヤホンをして音楽は聴いているけれど、他の人から見れば静かに暮らしている方だと思うぞ」


 といっても、パソコンで音楽を聴いたり、DVDやBlu-rayを観たりするからそういった音が隣の栞奈の部屋に聞こえてしまっているのかもしれない。


「そういえば……さ、お兄ちゃん」

「うん?」

「……高校生になって一緒に入ると、さすがにちょっと狭いね」

「まあ、それはしょうがない」


 今はお互いに向かい合い、俺はあぐら、栞奈は体育座りの形で座っているけれど……栞奈の脚が俺の脚に当たってしまっている。

 しかし、こうして改めて栞奈のことを見てみると……本当に成長したんだな。それにこんなに可愛らしいと、栞奈のことが気になっている生徒はたくさんいそうだ。男女関係なく。


「もう、私のことをじっと見ちゃって。お兄ちゃんも年頃だから興奮してるの?」


 ニヤニヤしやがって。俺のこと、本当に馬鹿にしてるな、こいつ。


「……さすがに、昔とはちょっと違う感情を抱いているよ」


 もちろん、成長した妹として見ているけれど、その艶やかさと可愛らしさからたまに同年代の女性に思えることがあるけど。


「ふうん、そうなんだ。別にお兄ちゃんは昔、裸を見られているから、タオルを取っちゃってもいいけれど……」

「やめてくれ。俺がどうなっちまうか分からない」

「もう、だからお兄ちゃんは今も童貞のままなんだよ」

「うるせえ、余計なお世話だ」


 本当に……恋愛経験なしの童貞であることは気にしていないけど、栞奈に言われると凄くムカつくな。

 すると、栞奈は俺に近づいてきて、


「お兄ちゃんの童貞、私で卒業したっていいんだよ?」


 両肩に手を添えられて、耳元でそう囁かれた。

 囁かれること自体にはドキッときたけれど、囁かれた内容には正直ため息しか出なかった。


「……それが本気なのか、からかっただけなのか分からないけれど……好きでもない男にそういうことを言うんじゃないぞ、絶対に。あと、血の繋がった兄に言う言葉としては指折りのまずさだと思うよ」


 栞奈の性格上、そういうことは言わないと思ったんだけどな。分かっているつもりで、俺は栞奈のことをあまり分かっていないのかもしれない。だって、宿題を教えたお礼とはいえ、一緒にお風呂に入ろうだなんて全然考えなかったし。


「……うん。今のは……からかっただけなんだけどね」

「それじゃ余計に言っちゃダメだ。栞奈、兄の俺から見ても凄く可愛いんだからさ、今見たなことを言ったら相手によったら本当にやられるぞ」


 ちょっと強めに栞奈の両肩を掴みながらそう言うと、栞奈は俺の目を見つめながら、


「……言わないって。それに、そんなことを言う相手は……きっと、お兄ちゃんしかいないと思うから」


 可愛らしい笑みを浮かべながらそう言った。まったく、栞奈の笑みを見ていると今の言葉が本音なのか、あざとい言動の一つなのか分からなくなってくる。


「……なあ、栞奈」

「うん?」

「……お前さ、ブラコンなの?」


 喧嘩は時々するけど、栞奈との仲が悪くなった時期はない。むしろ、高校生の兄妹としてはいい方なんじゃないだろうか。

 ただ、最近になって栞奈は俺との距離を縮めてきている気がする。あざとい行動や言動、態度を示すことも多くなっているし。


「あははっ! 何言ってるの? そんなわけないでしょ。もうお兄ちゃんったら、面白いことを言うよね……」


 栞奈、楽しそうに笑っているぞ。

 どうやら、俺の考えすぎだったようだな。自分を使って童貞を卒業してもいいだなんて言われるとさすがにね。しかも、そんなことを言うのは俺しかいないって言われるとさ。どうも俺のことを兄ではなく、男として好きなんだと思ってしまったよ。そうじゃないと言ってくれて安心した。


「もう、お兄ちゃんったらどうして私がお兄ちゃんのことを好きだと想ったの?」

「こうして数年ぶりに一緒に風呂に入って、そのときに俺だけに童貞を卒業させてもいいとか言われたら、嫌でもそういうことを考えちゃうだろ。たとえ、相手が妹でも」

「そうかな?」

「そうだよ」


 まさか、兄を持つ妹の大半がそんなことを言うとは思えないし。本当にあざとい妹だよ、栞奈は。


「ごめんごめん。でも、お兄ちゃんとしては大好きだよ」

「……それは兄として嬉しいよ」


 今の言葉は本当であってほしい。

 まったく、思わせぶりな行動や言動を他人にはしてほしくないな。もし、それが原因で恐い目に逢うことになったらどうするんだよ、まったく。俺が気付けるところにいたら俺がもちろん助けるけどさ。気持ち良さそうに湯船に浸かっている妹を見ながら、俺はそんなことを考えるのであった。

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