第7話

がくん、と頭が前に揺れて、ハッと目を覚ました。

 いけない。いつの間にか寝ていたようだ。

 見られていただろうか。

 辺りをそっと確認する。染み一つない真っ白な壁は何も変化はない。

 腕時計を見た。多分五分程度だ。それぐらいなら許してもらえるだろう。

 手元の本、39を見た。

あまりページが進んでいない。

もう少し読もうと思って図書館に来てみたけれど。

 連日の残業で少し疲れているようだ。今日はあと三十分読んだら終わりにしよう。

__それにしても。

久々に思い出した。

ピーターの言葉が頭の中で響く。

__隠されるんだよ。

約束を破って隠された子供。

そう、確かにあの人は隠された。

嫌な事を思い出したな。

僕は軽く頭を振り、本のページをめくった。



 三月五日 快晴

 本日の報告

 午後六時十分 サクヤ 図書館到着

 図書館員 モーリス 応対

 39 第百八十一 を借りる。

 午後六時十五分より午後七時三十分まで特別室にて読書

 途中休憩をはさむも異常なし

 午後七時三十五分特別室より退室、39を返却 午後七時四十分退出

 本日 39 第百八十一を読破

 全て順調

 報告以上

 モーリス・マーチン



 今日も順調に終わりやがった。

 そうだよ。百八十一冊目を読破した。

 全く、ムラ気もなくあいかわらず立派なこった。

 ああ、昔からそうだ。俺はあいつをガキの頃から知っている。

 そうだよ。俺はあんたが来るずっと前からここのスタッフだからな。あいつに39を渡すのは俺の役目なんだ。

 あいつがここに来たのは九歳くらいからだったかな。最初はニナに連れられて来ていた。それからずっとここで39を読んでる。今二十三歳だぜ? 信じられないだろ。ああ、今までの奴らの中じゃ一番だ。

 俺はいつだめになるのかとヒヤヒヤしてた。最初の頃はな。

 でもよ、何故だ?

 何故彼だけがなし得るんだ?

 俺だったら気が狂っちまうわな。

 理由もわからず与えられた本を延々と読むなんて。多分一生な。こんなしょうもない本をよ。

 え? 内容? いや、知らねえよ。本人以外は読んじゃいけない事になってるからな。

 でもよ、あいつが読んだ後、毎回どれだけ読んでるかチェックするだろ。嫌でも目に入っちまうわな。

 でも本を開くと、小さい文字がびっしり並んでて、ありゃあ読む気がなくなるよ。

 家族で旅行した話とか、息子の学校での出来事とか・・・。

 普通の小説だよ、普通の。特別面白いわけでも何でもありゃしない。

 ただ、あいつはよ、人形なんだよ。中身なんかないんだ。

 自分の人生に不満もなけりゃ疑問も持たないのさ。

 それでなきゃ、どうして39を読み続けられる?

 どうして不自然な人生に疑問を持たない?

 普通なら駄目だとわかっていてもこっそり調べるものさ、主張もするさ。自分の人生だろう? それでこそ人間ってもんだ。実際あいつ以外は全員そうだった。いや、俺は全員は知らない。聞いたんだ。

 だから人形なんだよ。俺はあいつがカウンターに来る度、どきっとするのさ。丁寧な物腰でよ、必要な事以外一切しゃべらなくてよ。いつもいつもそうなんだ。何も変わらないんだ、あいつはよ。人間の匂いがしない。

 気にいらねえ、気にいらねえな。

 サクヤってやつはよ。

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