第1話

「ただいま」

サクヤは家に帰ると、台所に向かって声をかけた。

しんと静まっている。

「あれ、ニナ? 」

「こっちよ。お風呂洗ってるの」

やや低い声が台所の奥から聞こえた。少しして四十代半ばほどの女性が出て来た。右側が少しはねている、ダークブラウンのおかっぱの髪を、さかんに気にしている。緑色の瞳がサクヤを見た。

「早かったのね。図書館へ寄るって言ってなかった? 」

「うん。でも、仕事の後ってやっぱり駄目だね。疲れて眠くなっちゃって。結局ほとんど読めなかった。今月少ないからもう少し読まなきゃいけないんだけど」

「そうね。休みの日に読むしかないわね」

「うん」

「じゃ、ご飯食べなさい。ピーターがまだだけど先に食べちゃいましょ」

食卓につくと同時に、玄関の扉が開いて金髪碧眼の中年男性が入って来た。

「ただいま」

「おかえりピーター」

「ピーター、ちょうど良かったわ。これから晩御飯食べようとしてたのよ」

「あれサクヤ、図書館は」

「あまりはかどらなかったから、さっさと止めて来ちゃったよ」

「残業続きで疲れてるのよね。でも、休日に読むそうよ」

 ニナが二人にシチューを配る。それを受け取りながらピーターが言った。

「まあ、問題ないだろう。今までが早いスピードで読んでいるんだしな。 今回ぐらいゆっくりでも。でも、」

 そこで、鋭い瞳でサクヤを見た。サクヤも臆する事なく見つめ返し、ゆっくりと頷く。

「うん。わかってる」


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