キラーT細胞

アタシは皆から怖がられている。

同僚の心無い陰口に日々心を痛めていた。

まぁ無理も無い。

アタシの仕事が無差別殺傷なのだから。

そういう運命なのだから、仕方ない。

でもだからこそ、憧れた。


殺されると解っていながら向かってくる、アイツらウイルスに。


何度も命を奪った。

恐怖や絶望に歪む顔を見てきた。

また心の疼きが広がっていった。

自分がだんだんと麻痺していたのだ。


そしてそんな鬱な感情を抱えて見回り(と言ってもウイルス発見の知らせを受けて出動していたのだが)していた時だった。


たまたま他の免疫にも負けない明るい顔を見たのだ。

運命だと思った。

死地にいるはずのウイルスが、その場の誰より明るく笑っていたのである。

アタシはこっそり、ソイツの跡をつける事にした。


鈍感なのか、奴はアタシの尾行に全く気が付いていなかったので、素の状態を見る事が出来た。

最初こそ『営業スマイル』かと思っていた。

違った。彼はそもそもなのだ。


アタシはもう彼が妙にいとおしくなって、突撃してみる事にした。

『そこの雑菌、止まんな』

『ひぁっ!み、見つかっちまった……』


ああ、コイツもビビるのか。

とんだ期待外れだ、と思った。

だけど、ビビったのはコッチだった。

『うわぁ…………』

急に目がキラキラし始めたのである。

驚きを隠す為に、とりあえず強がる。

『アンタ、良くアタシの前に居れるわね』

『……キラーT細胞さん、命乞いという訳ではありませんが、めちゃ美人ですね』

『言い訳にしか聞こえないんだけど』

『すいません、でも本音なんです』


正直過ぎかよ。

アタシは色々恥ずかしくなって、思わず文句を言う口が止まってしまった。


『一目惚れしてしまったんです。他でもない、アナタに!』


恥ずかしさのあまり、つい言ってしまった。

『ウイルスなのにキモ過ぎなんだけど!』


さすがにショックだったろうな、と心配していると、彼は予想外の言動で返してきた。


『いくらでも罵倒して構いませんから!

少しでも長くアナタの美貌を見つめさせてはくれないでしょうか!?』

最早恥ずかしさは限界の天井を突き破っていた。

『……正直イカれてるわ、アナタ。

来世ウイルスじゃ無かったら考えるわ』

『ありがとうござ』

――――その感謝の言葉は、最後まで聞きたくは無かった。

多分、それを聞いてしまったらアタシは、彼以外の全てを放ってしまうだろうから。

仕事もあるし、なんだかんだ充実はしているのだ。

『……どうしてくれんのよ、ウイルスくん』

胸のドキドキが止まらない。

勢いで息の根を止めてしまったが、彼がこの世に戻って来るまで、待っていられるだろうか――――。




そんな事を思って、月日は過ぎた。

あれから1日とて、彼が記憶や意識から消えた事はない。

最早病的と言っても良いほどには、彼を想い続けていた。


目を閉じると、今でも聞こえてくる様だ。

彼の、底抜けに明るい笑い声が。

『…………キラーさーん!!』

そう、それはちょうどそんな感じの……。

『キラーさんキラーさんキラーさんっっ!!』

しつこいくらいにいとおしい、そんな……。

『…………え?』

『キラーさんキラーさんキラーさんキラーさんキラーさんっっ!!』

遠くから、あの声が呼んでいる。

しかもちゃっかり、細胞の姿で。

『……約束、守っちゃうのかよ……』

でもそのまっすぐさが、嬉しかった。

危なっかしくて、可愛らしい。

でもだからこそ、意地悪したくなる。


『待たせるとか、マジ無いわ~。

罰として、アタシから目、離しちゃダメ』


それはアタシがついた、はじめての嘘。

だって罰なんかじゃないもん。

それはアタシの、単なるワガママだから。

でも彼が一緒にいてくれるなら、どっちでも構わない。

2人なら多分、寂しくはないから。

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細胞レベルで、恋させてみた アーモンド @armond-tree

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