第四夜 記憶と追憶 2

 あの日の授業後に彼女と僕は食事へ行くことになったのだが、初対面からの二人で食事なんて事例は僕人生上一度たりとも経験していない。そもそもあの教授の言いうことをそのまま真に受けて食事へ行こうとすることがおかしいはずだ。裏口を合わせてレポートを書けば解決することじゃないのか。それとも本当にあの教授は僕たちを信頼してこの宿題を出したのだろうか。初対面の人間たちを信頼するとはなかなか警戒心の薄い人間だな、と僕は考える。穿った考え方だと思われていも仕方がない。そう、何せ僕は穿っているからだ。開き直りもここまでくると一種の生きざまだ。

 何はともあれ基本的に約束をしてしまった以上(半強制だが)行かない、というのは僕の人間性に反するため、先日約束した待ち合わせ場所へ時間通りに到着すべく家を出る。遅刻をするというのも僕の人間性に反する。我ながら何とも窮屈なものを持っていると感じざるを得ない。

 と、変な事を考えているうちに目的地へ到着してしまった。待ち合わせの12時までまだ10分ほどある。時間前行動は嫌いじゃない、というか時間後行動が僕はできない。人を待たせるなんて言うのは自分の生活管理ができていないという何よりの証拠であると思う。逆に待たされるのも嫌いだ。自分ではない人間のために僕の時間を使うなどというのは実に勿体ないと感じる。まだポテトチップス袋買いだめするほうが有益だ。そろそろ約束の時間かな、と思って眼前の方向へ眼をやると、ちょうど彼女が歩いてきていた。

「おっまたせー!」

「そんなに待っていたわけじゃないけど意外と早かったね」

「まぁねん。流石に誘っておいて遅刻はまずいでしょ!さ、どこに行こうか」

「君の常識と僕の常識がこんな形で一致するなんて思いもよらなかったよ。ご飯が食べれればどこでもいいんじゃないかな。そういう課題だし」

「私の常識はいろんな人に共通だからね。うわ、真面目なのかよ!」

 驚くほどひどい顔して僕を指さしながら笑ってくる彼女をとりあえず無視して、駅改札から西口方面に向かい、そこらへんにどんな食べ物屋があるかを探すが、どこも格式が恐ろしく高そうな所謂レストラン、と呼ばれる現代の富豪たちがこぞって入るようなお店しか見当たらない。なんということだ。いくら扶養の壁をぶっこわしているからと言って、ランチ一食、大学の課題一つのために3000円も使いたくない。「お昼の空腹時にちょっと寄って。軽く食べましょ。」などという明らかにいいとこの社会人をターゲットにしたものだ。シャトーブリアン150gが9000円だと?どう考えても大学入りたて1年生が来るようなお気軽ランチじゃない。流石大都会の駅周辺は僕みたいな庶民が住んでる駅周辺とレベルが大違いだ。

 その「極星」というお店の前を通り過ぎて繁華街に出る。どうやらこっちの方面には比較的庶民向けのお店が乱立しているようだ。良かった。ここまで大人的レストランが反映していたら今日ここの場所まで来たということに大後悔をしていたことだろう。

「別に僕は何でもいいんだけども、君は何か食べたいものがあったりするの?」

もうお察しのことだとは思うが、そもそも今日この近辺で食べようと提案してきたのは彼女のほうだったりする。

「えー、何でもいいって一番困るんだよねぇ」

けらけらと笑いながら全く困ったように見えない顔で困ったという彼女は恐らく天性の嘘つきなのではなかろうか。ババ抜きとかのブラフが試されるゲームでは無敵なのだろうとさえ思えてくる……冗談だ。

「そもそもこの近辺に何があるのか僕知らないんだけど、指定した君なら何かしらの知っている店があるんじゃないかと思ってたよ」

「んや、まったく知らない。というか私、ここに来たの今日が初めてだし!」

「…………………」

この思い付きの行動力と図太い神経には呆れを通り越して感動さえする。人を振り回すという飲み会で言えば幹事的な立ち位置に立ったことなど一度もない僕にはもはや彼女は別の生物に見えそうでならない。怪人ふてぶて女、といったところか。うん、ないな。

「なんだよ、急に静かにならないでよ!」

冷めた目で見た僕の視線に流石の彼女も耐え切れなかったのか、沈黙を破り抗議の構えをとる。

「まさかここまで無計画に富んでいるとは思いもよらなかったよ。僕の君に対する認識の甘さを痛感した」

「まだまだだね!そんなんじゃ先生が出した課題ろくなものができないよ!あ、この店にしよう」と、腹が立ちそうになるぐらいな満面の笑みを浮かべて絶妙なレベルの非難をしつつもすぐさま話題の転換をはかり、店をパパっと決めてくる彼女。恐らく処世術は学年トップクラスなんじゃないのか、と少し思ったが、思っただけで口には出さないでおこうと決める。少なくとも彼女にそんなことを直接言ったあかつきには、さらに調子に乗ってくるに違いない。この短時間で彼女のことを多少なりともわかってきたことに少し驚く。といっても、川に魚が見えた程度の驚きだ。


 「クローバー」という店に入ってメニューを見てみるがなんてことはない一般的な大学生でも来れるようなカフェだった。カルボナーラとピザを注文し二人で分けるという結果に落ち着いた。

「美味しそうな感じだね。早く食べたいな」

「美味しそうという期待はいいかもしれないけど、あまり期待しすぎると下回ったときにショックだよ」

「全く!君は夢がないな!」

「それはどうも、おほめにあずかり光栄です」

 ここまで来て僕はなぜこんなにも彼女とはじめから友人だったかのようにふるまえることができるのか、という炭酸水の泡のようにどこからともなく現れた疑問に脳を制御された。僕は初対面の人間に興味を示さない人間だと自分で思っている。こちらがあらかじめ知っている状態、例えば僕の好きな有名人だったりとかであるならば、それはもう興味津々なわけであるが、少なくとも彼女は有名人ではない。ましてや外見的特徴も他と比べ、抜きんでているほどに目立つ、というわけではない。

「お待たせいたしました。こちらがカルボナーラでございます」

「お、ありがとうございます。あと取り皿を四枚もらえますか?」

「かしこまりました」

ウエイターが運んできた料理だが、どちらがどちらの品なのか、というわけではないのでとりあえずテーブルの真ん中においてもらった。料理が運ばれた時点で僕の食欲は先ほどの疑問を頭の片隅に追いやり、空腹中枢が早く胃にぶち込めとわめくので本能に従おうとした。

「じゃこっちは君の分ね。私はベーコンが大好きだから多めにもらうことにします」とさも当然、というような形でさらに乗っかっていたベーコンを除草機の如く刈り取っていった彼女に抗議する間もなくベーコンは彼女の口内へと姿をくらました。僕だってベーコンは好きなんだがな。まぁ我慢してやるか。

 あっという間にパスタはなくなったが、二人で分けたのにも拘らず、なかなかのボリュームで値段は1000円という破格。コストパフォーマンスは抜群に良かった。と考えている間に今度はマルゲリータのピザが運ばれてきたようだ。これまた大きすぎる。この店はボリュームを売りにしているのかと思えるほどだった。


 会計を済ませて店を出ると時刻は午後2時半を回っていた。

「美味しかったね!予想をはるかに上回る味だったよ。特にベーコンが」

「確かに美味しかったけれど、僕が食べてすらいないベーコンの味を強調されても僕にはわからないよ」

「あれ?そうだっけ?」

「とぼけるんだね。まぁでも終わったことだから掘り返してもしょうがない」

「お、やっさしー!ところでこれからどうする?」

「え?食事は終わったから帰ろうかと思ってたんだけど」

「何言ってんのさ、私たちまだ何もお互いの親睦深めてないでしょ」

「食事をして、会話もした。さらに言えばあの課題は裏口を合わせるともう完成するから大丈夫だよ」

「課題じゃなくて私は君と親睦を深めたいって言っているのさ。さぁ、これから何する?」

 ものすごく楽しそうに次の計画を練っている彼女とは真逆に、僕は久しぶりの外食と遠出によって既に体力が半分近く削られていた。が、しかし、ここでどんな反駁をしたところでこの、我こそは惑星全てを振り回す太陽なり、とでも形容しよう彼女の押しに負けるのは目に見えているのであきらめることにした。

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