第三夜 記憶と追憶
箕輪あやめと出会ったのは大学1年生の前期授業だ。大学の専攻科目で一応一緒のクラスになった。と言っても、当初は僕自身全く彼女のことを知らず、そんじょそこらにいる人間と全く同じ、今後ともかかわることがないであろう人たちという括りで見ていた。そう、認識はしていても興味はなかったということだ。何故認識しているかというと、ただ単に席順で隣の人物が彼女であった、というだけに過ぎない。もし隣が仏像だったのであれば、僕は彼女の存在を知ろうともしなかっただろう。
この授業の教授は少し特殊だった。隣同士、二人一組での受講が基本であり、初回の授業から最後までペアが交換されることはなく、さらにはそのペアは必ず男女でなくてはならないという条件付きでだ。この教授が担当の授業を専攻した時点で、僕のペアが仏像である可能性は0%になったということだ。
彼女との初めの会話は今でも鮮明に覚えている。というより、忘れられないような内容をいきなり呪いのようにぶっ放してくるあたり、印象は激烈で良くも悪くも興味を持てるような人間だった。
「やぁやぁ、お初にお目にかかります。箕輪あやめともうします!ちなみにそろそろ両親が離婚しそうなんだよね!やばくない?」
やばいのは君のそのコミュニケーション能力と開示性だよ、と猛烈にツッコミを入れたくなったが、僕の強烈な意思の力で抑え込む。
「初めまして。ところでそんな発言をして僕が反応に困ると思わなかったの?」
「何となく大丈夫だろうなって思ったんだよねぇ。実際に大丈夫だったし、私の直感ってかなり高い確率で当たるんだよ」と、控えめに笑っているのに騒がしく感じるような笑い方でワハハと笑う彼女を僕は冷めた目つきで見ていた。
「うわっ!ちょっとまって、その目はやめよう?傷ついちゃう!」
「僕が出会ってきた中で恐らくトップクラスに図太い人間だと判断したから大丈夫だよ」
「それはいったい何の根拠なのさ!もし私がか弱い乙女だったらどうしてくれるの」
「直感かな。実際に大丈夫だっただろう?」
こんな風な無駄な問答をしている間にその日の授業は終わってしまった。90分の授業を自己紹介に充てて平然としている教授なんていうのは職務を全うしていると言えるのだろうか。
「はい、終了。今日はここまでね。次回から講義と演習を同時進行で行っていくけど、最初に言った通り、これから最終週の授業までは今日決めたペアでやるから、各自そのペアとの親睦を深めていくように。最初の宿題は500字レポートだな。次回までにそのペアで食事にでも行ってお互いのことをもう少し理解してみろ。以上。解散」
事務的な口調ではないがそれでも僕にとっては無責任甚だしい発言に正直驚いているのと、隣の彼女の笑い声によって、とりあえず信じてもいない神様に対して激おこになった。恐らく僕史上最大の試練ではないか、というぐらいには狼狽していたし、そもそも他者との親睦を深めるなど、人間が基本的に嫌いな僕にとっては地獄の所業だ。
「そんなあからさまに嫌な顔しないでよ。早速ご飯食べに行こ!」と、これからの行動をいかにして回避していくかという戦略を必死に頭で練っていた僕の気持ちを完全スルーし、悪魔の笑みを称えて僕に向ける彼女は本当に悪魔そのもののように思えた。
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