第11話 【境界】ノート
僕が覚えている最後の友人 圭へ
圭の名前は 今泉圭 です。
忘れるな。
このノートが圭の手に渡って圭の助けになっていると信じて書きます。
このノートは保険です。もし僕が消えてから、圭が目を覚ましたら、きっとどうしていいか分からないと思う。
僕が消える前に会えたらいいけど。
ここは僕が知っている世界が再現されているみたいです。
僕がここに来てから、日が経っているので、実はもう、あまり記憶がありません。たぶん、だんだんと記憶が曖昧になって自分が誰かも分からなくなったら、この世界と一緒に消えてしまうのだと思う。
それが分かったのは最近まで佐々木山門が、ここに居たんだけど、ある日突然に、山門の村と山門が一緒に消えて無くなったから分かった事です。
だから、僕の記憶がある内に覚えている事を書いておきます。ただ、残念な事に誰も僕の名前を呼ばないから、僕は自分の名前をすでに忘れてしまった。
他にもたくさんの事を忘れてしまっていて、もう何を忘れてしまったのかも思い出せない。
それも鳥に名前を聞かれて気が付いたんだ。
話が前後するけれど、圭の事を教えてくれたのは山門が咥えていた鳥です。信じられないかもしれないけれど、怪我をした鳥を介抱してやって、何日かしたら、急に話し出したんだ。この鳥は鳥じゃ無いと思う。でも夜と関係しているのは確かだ。その日から夜が来なくなって、ずっと昼だから。
僕は毎晩山門に追われていたから、暗くなると体の震えが止まらなくて困っていたんだけど、おかげで震えはおさまったよ。
毎晩、朝日が昇るのを身を潜めて待つのは大変だった。
何故だか山門が僕を襲ってくるのは決まって夜の間だけで、昼間は何をしているのか、何処に居るのかも分からない。
それに、どうして山門が狼になってしまったのかも分からない。
覚えてないけど、ここに来た時は人間だった気がするんだ。話をしたような記憶があるんだよ。でも人間だった事を忘れてしまったみたいだ。
狼になってからは唸り声をあげて襲って来るから、もう自分が何なのか、僕が誰なのかも分からなくなっていたのだと思う。何回も噛まれて本当に逃げるのが大変だった。僕の二倍の大きさはある真っ黒な狼だよ。
でも、居なくなったから圭が襲われる心配は無くなった。
現実の圭は眠っていると思う。
僕は死んでしまったけれど。たぶん圭は死んでいないよ。
生きていた時に、お見舞いに行った記憶があるんだ。
凄く断片的なんだけど、虹の橋を渡って海面に向って進むと、小さな窓のある小さな部屋が有って、そこに圭がチューブに繋がれて寝ていたと思う。
なのに、どうしてダム湖の底になんか居るんだろう?
もっと早く記憶をノートに書いておけば良かった。
僕も山門みたいに狼になってしまうのかと思っていたんだけど、ふと気が付くと全身に鳥の羽が生えている事があるんだ。びっくりすると元通りになるんだけど、それが日に何回もあるんだよ。だけど不思議と怖くないんだ。
鳥を助けてずっと眺めていたから、鳥になってしまうのかもしれない。訳が分からないけど、人間だって事を忘れると自分の姿が曖昧になるんだ。だから、圭も気を付けてほしい。
最近ずっと雨だ。圭のいるダム湖もあふれているのではないかと心配だ。雨の合間に川を見に行ったら、橋が流されていた。田んぼも全滅だ。稲が倒れてしまった。
圭。もう僕は駄目かもしれない。
自分が何をしているか、時々分からなくなるんだ。
最後に残るのは、たぶん僕の家だと思うから、このノートを僕の部屋の机の上に置いておきます。
おどろいたな。
ぼくは、すっかりこのノートのことを、わすれていた。
そらを、とぶゆめをみた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます