(5)柚希の指摘

「あぁ~、なるほど。何となく、分かったかもしれないわ。今現在の私の状況と、重なる部分もあるし」

「え? 柚希さん、今の話だけで本当に? どういう事ですか?」

 一通り話し終えるとすぐに柚希が口にした内容を聞いて、沙織は驚いて問い返した。そんな彼女に、柚希が慎重に確認を入れてくる。


「言って良いのかどうか、微妙だけど……。沙織さん。友之さんと、子供についての話をしている? もっと踏み込んで言うと、いつ頃欲しいとか何人位欲しいとか、出産後は育児分担をどうするかとか」

「……はい?」

 予想外の事を次々言われた沙織は目を丸くして絶句したが、柚希が口を閉ざして自分の反応を窺っている為、何とか気を取り直してその問いに答えた。


「いえ……、そこら辺は全然、話し合ってもいません。何と言っても先月まで、社内には内密の事実婚状態でしたので」

「やっぱりね。そうだろうとは思ったけど」

「確かに今年中には労使間で、同部署所属者同士での結婚でも、本人が希望しない配置転換はさせない取り決めがされる予定ですが、結婚の事実を公表するのは、その後にすると決めていた位です」

「それなのに例の襲撃事件で、なしくずし的に公表する事になったでしょう? それなら取り敢えず、出産を控える理由の一つは無くなったわけよね? 他の理由は、依然として幾つかあるけど」

「他の理由? 何でしょうか?」

「沙織さんの考えとか、沙織さんの仕事とかよ」

 咄嗟に思い浮かばずに首を傾げた沙織だったが、柚希の説明を聞いて深く納得した。


「……ああ、そういう事ですか。色々と腑に落ちました。どうしても妊娠、出産となったら、一定期間現場から離れる事になりますね」

「友之さんもね……。どう切り出せば良いのか悩んで躊躇う気持ちは分かるけど、変に煮え切らない態度を取ることで沙織さんに不審に思われたり、余計に怒らせかねないと思わなかったのかしら」

 電話越しに柚希が溜め息を吐く気配が伝わってきた為、沙織は一応友之を庇ってみた。


「まあ、友之さんが慎重になっていた心情は、何となく分かります。少し前まで、当面は子供の事を考えないと言っていた手前、前言撤回するみたいでばつが悪いんでしょう。それに子供ができたら、仕事に支障が出るのは私だけですし、それに対する負い目もあるんじゃないですか?」

 するとここで、柚希が意外そうに問い返してくる。


「あら? 沙織さんだけ?」

「え? 私だけってどういう意味ですか?」

「沙織さんが出産するとなったら、友之さんも育児休暇を取得するんじゃない?」

「はぁ!? どうしてそうなるんですか!?」

 思わず声を裏返らせた沙織だったが、柚希は冷静に話を続けた。


「そんなに変な事を言ったかしら? 何となく、そんなタイプかなと思ったんだけど」

「想像できない……。友之さんが育児休暇取得? ありえない……」

「でも社長令息で課長職にある人が率先して育児休業を取得したら、社内での意識改革が一気に進まない?」

「この前、色々な意味で散々話題になったのに、別の意味でも話題になりそうです」

「それはそうでしょうね」

 そこで柚希から笑いの気配が伝わってきたが、すぐに真摯な口調で言い聞かせてくる。


「私の推測が的外れだったらそれはそれで良いのだけど、この機会に子供について二人で話し合ってみたらどう?」

 そこで一瞬黙り込んだ沙織だったが、その意見に素直に頷いた。


「……そうですね。少し時間をおいて、自分自身の考えをまとめてから友之さんと話し合ってみます。今の状態だと、色々感情的な物言いになりそうなので」

「確かにその方が良いかもね」

「それじゃあ、そろそろ失礼します。豊によろしく」

「ええ、お休みなさい」

 そこで通話を終わらせた沙織は、思わず溜め息を吐いた。


「子供かぁ……。一年前は結婚も出産も、殆ど意識してなかったんだけどね……」

 その事自体に拒否感があるわけでは無かったが、その時の沙織の表情には、ありありと困惑の色が浮かんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る