(6)見合い話の裏事情
「父さん。さっきの話だが、どうかしたのか?」
夕食後、父親と連れ立って書斎に出向いた友之が部屋に入るなり尋ねると、義則は難しい顔になりながら息子に打ち明けた。
「例の見合い話だが、田宮さんがどうしてあんな行動に出たのか、その理由が大体分かった」
「どういう事なんだ?」
友之が僅かに顔色を変えながら壁際にある折り畳み式の椅子を持ち出し、それに座って話を聞く態勢になると、義則も机に備え付けの椅子に腰を下ろしながら溜め息を吐いた。
「それがだな……、例の愛人疑惑騒動の時、一之瀬さんが我が社に乗り込んで騒ぎになっただろう? 我が社の管理部を含めた上層部の殆どは彼と同世代の人間だし、話を伝え聞いて彼に同情した者が多くてね」
「あの時の富野部長の反応でも、それは十分想像できるが……」
「それで一之瀬さんが営業二課で吉村君を恫喝したので彼の名前は表に出たが、黒幕の田宮さんの名前は表向きは出なかっただろう?」
「表向きにはな。だが事情通の間では、周知の事実になっているんじゃないか?」
「その通りだ。それでそれを知った上層部の者達から、社長派反社長派問わず『さすがにあれはやりすぎだろう』と、陰で田宮さんが色々言われているらしい」
その事実を知った友之は、意外な展開に軽く目を見張った。
「自分が従来属している、反社長派の中でも白眼視されているのか?」
「白眼視まではいかないと思うが、立場を無くしかけているらしいな」
「自業自得だ」
これに関しては全く同情できなかった友之は端的に切り捨てたが、義則の話はまだまだ序の口だった。
「それで困った田宮さんは、懇意にしている仲西専務に相談したんだ。そうしたら仲西さんは『一之瀬さんは快く謝罪を受け入れてくれたらしいが、ここは一つ当事者の娘さんに良い縁談を紹介したら彼は喜んでくれるだろうし、社内へのアピールにもなって君への風当たりが少なくなるのではないか』と提案したらしい」
そんなとんでもない話を聞かされた友之は、本気で腹を立てて吐き捨てた。
「はぁ!? 沙織に縁談!? 何を考えてんだ、あの老害ジジイども!」
「落ち着け。そうはなっていないだろう?」
「確かにそうだが……、どういう事なんだ?」
反射的に声を荒げたものの、冷静な指摘に友之はすぐに気を静めて問い返した。すると義則が、思ってもいなかった事を告げる。
「アドバイスを貰った直後、田宮さんは一之瀬さんに連絡を取ったそうだ。『今回のお詫びを兼ねて、是非ご令嬢に良い縁談をご紹介したい』とね。それを一之瀬さんは『誠に光栄でありがたいお話ですが、娘には自社に入って貰えなかった代わりに、せめて自社の社員と縁付いて貰えないものかと候補者を選定中なので、お心遣いだけありがたく頂戴します』とやんわり断ってくれたらしい」
「そういう事だったのか……。さすがお義父さん。咄嗟にそんな口からでまかせの理由をでっち上げて、角が立たないように断ってくれるとは」
心底感心した風情で友之は舅を褒め称えたが、義則はそんな息子を生温かい目で見やりながら話を続けた。
「口から出まかせではなく、一之瀬さんは本当にそう思っていたんじゃないか? それに、話はここからが本番だ。それを聞いて気落ちした田宮さんに、一之瀬さんが言ったそうだ」
「は? 何を?」
微妙に表情を険しくしながら父親が言い出した為、友之は反射的に身構えたが、その予想通り義則の話は容赦なかった。
「『娘が時折職場の事を話す時、偶に上司の話も出ますが、『課長が最近仕事漬けで心配だ。最近お付き合いしている女性もいないみたいだし、プライベートが充実させてこそ仕事も全力で取り組めるものだと思うが』と懸念しているので、娘の心配の種を取り除く為にも、ここは一つそちらから松原課長に良い縁談をお世話して頂けないだろうか?』と要請したらしい」
それを聞いた友之の顔が、盛大に引き攣った。
「……それを、田宮さんが真に受けたと?」
「真に受けたから、この事態になっていると思う。確かにお前の縁談を取り持てば社長派の心証は良くなるだろうし、一之瀬さんから依頼されたとなれば、反社長派の面々も納得するだろう」
大真面目にそんな事を断言された友之は、がっくりと肩を落とした。
「お義父さん……。俺に何か恨みでもあるんですか……」
「沙織さんを盗った恨みはあるだろう。事実婚でお前達の関係は公表されていない。あわよくばお前達を別れさせて、結婚自体を無かった事にするつもりかもな」
「…………」
全く反論できず、文字通り両手で頭を抱えた息子を憐れみの視線で見やってから、義則は真剣に彼に言い聞かせた。
「とにかく、そういう事らしい。これは早急に、きちんと断りをいれないと拙いぞ。曖昧にしていたら、次々と紹介されかねない」
「分かった。何と言って断るか考える。それ相応の理由が無いと、田宮さんに納得して貰えないだろうし」
「そうだろうな」
気落ちしている場合では無いと思い至った友之は瞬時に気持ちを切り替え、縁談を断る為の適当な理由をどうこじつけたものかと、真剣に悩み始めた。
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