(5)ちょっとした不審行動

 五月に入り、新年度開始後の慌ただしさも収まった頃、沙織のちょっとした変化というか異常に真っ先に気が付いたのは、彼女と一番組んで仕事をしている佐々木だった。

「そういうわけで、北上精工への納品時期になりますが…………、先輩?」

 一緒に書類に目を通しつつ相手の反応を窺っていた彼は、何となく沙織の視線が問題の場所ではなく、書類の別な場所に向けられているように感じ、控え目に声をかけてみた。すると我に返ったらしい沙織が、申し訳なさそうに問い返してくる。


「え? あ、ごめんなさい。何だったかしら?」

「北上精工側から、『急で申し訳ないが機器の常設位置の変更を検討中なので、納品を一週間程遅らせて貰うのは可能か』との連絡がありました。配送と設置の担当者に、俺から連絡を入れて確認しておきます」

「了解。一週間後の日程で差し障りがあるなら、改めて先方と協議しておいてくれる?」

「はい、分かりました」

 その他幾つかの内容について協議をしてから、二人はそれぞれの仕事に取りかかった。佐々木は余計な事は何も言わずに仕事をしていたが、友之に報告する事があったついでに、少し前から感じていた違和感について口にしてみる事にした。


「KSテクニクスに関しての報告は以上です」

「分かった。これは目を通しておく。戻って良いぞ」

「あの、課長。ちょっと良いですか?」

「どうした?」

 報告と共に書類を受け取った友之は、頷いて佐々木を席に戻そうとしたが、彼がチラッと離れた席にいる沙織の様子を窺ってから声を潜めて言い出す。


「関本先輩に内密に新規顧客開拓の話とか、新しい取扱商品の話とかされましたか?」

「特にそんな話はしていないが……。どうしてそんな事を聞くんだ?」

 不思議に思いながら友之が問い返すと、佐々木は彼以上に困惑した表情で理由を説明する。


「最近時々ですが、先輩にしては珍しく考え込んでいる事があるなと思いまして。……あ、決して先輩が普段考えていないと言うわけではありませんが、仕事に関する事で考えていると言うわけでも無さそうで、どこか上の空と言うかなんと言うか。でも、決して仕事に穴を開けているとか、俺が迷惑を被っていると言うわけでも無いのですが、ちょっと気になりまして」

 少々心配そうに話を締めくくった佐々木を、考え過ぎだろうと言って宥めるのは簡単だったが、事は沙織に関する事でもあり、友之は真顔で頷いて彼に言い聞かせた。


「分かった。彼女なら仕事上の事なら変に溜め込まずにすぐに周囲に相談すると思うし、恐らく彼女のプライベートに関わる事だろう。変に詮索するのもどうかと思うので、折を見て俺からさりげなく聞いてみるから、佐々木はいつも通り接していてくれ。ただし仕事上で何か支障が出そうな場合は、すぐにこちらに報告して欲しい」

「分かりました。そうします」

 友之に話して安堵したのか佐々木はすっきりした表情で一礼してから席に戻り、それから友之は時折仕事中の沙織の様子を窺いながら、考えを巡らせていた。


(確かに最近、ちょっと考え込んでいる事があると思ってはいたがな……。俺の両親に関係がある事だったら、さすがに家の中では話し難いだろうな。明日は土曜日で休みだし、二人で外出したタイミングで聞いてみるか)

 その日、比較的早く帰宅できた友之は、一家四人で夕食を食べていた時、日中に考えていた事を実行に移すべく沙織に声をかけた。 


「沙織、明日は暇だろう? どこかに出掛けないか?」

「ええと……、ちょっと午前中から予定ができて、出かけるつもりだったから……」

 この間、特に予定らしい予定を聞いていなかった友之は、微妙に口ごもりながら答えた沙織に怪訝な顔で応じた。


「そうなのか? でも昼までには終わるだろう。どこかで待ち合わせをして、一緒に食事でもどうだ?」

「用事を済ませたら、ついでにその近くで買い物もするつもりだから、ちょっと時間がかかりそうなの」

「買い物だったら、幾らでも付き合うが?」

「それはちょっと……。下着を見ようかと思っていて……」

「…………」

 もの凄く言い難そうに沙織が口にした内容を聞いて、友之はそれ以上何も言えずに口を閉ざした。それに従い食堂内に微妙な空気が漂ったが、ここで年長者が笑いながら会話に割り込む。


「友之、それ位にしておけ」

「そうよ。あまりしつこいと、沙織さんに嫌われるわよ?」

「……分かった、それなら俺も、用事を済ませてくる事にする」

「ごめんなさい、予め言っておかなくて」

「いや、いい。俺も思い付きで口にした事だから」 

 正直に言うと納得しかねていたものの、ここで揉めることは無いと即座に気持ちを切り替えた友之は、申し訳なさそうに謝ってきた沙織を笑顔で宥めた。するとここで義則が、彼に声をかけてくる。


「友之。食べ終わったら、少し話があるから時間を貰って良いか?」

「ああ、それは構わないけど、この場で話しては駄目なのか?」

「仕事上の事だし、ちょっと込み入っていてな」

「分かった。後から書斎に行く」

 沙織に引き続き父親まで意味深に言われて、友之は怪訝に思ったものの即座に頷き、それからは何事も無かったかのように夕食の席は世間話で盛り上がった。


(お義父さんとお義母さんが宥めてくれて助かったわ。どこに行くつもりなのか正直に言ったら友之さんが騒ぎそうだし、騒いだ後に気のせいだったら気まずいし、それ以上に色々と心の準備と言うものが……。とにかく、明日一度行って来よう)

(確かに下着売り場に付いていのは気まずいし、沙織も落ち着かないだろうが、本当にそうなのか? それに結局、買い物に行く前の用事については何も言わないままだし。無理に聞いても口を割りそうにないし、明日はこっそり後を付けてみるか)

 そんな風に二人は考えを巡らせつつ、それぞれ笑顔で夕食を食べ終えた。

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