(15)間の悪い人々

「友之さん、一体どこにいるの?」

「二階のメインロビーだが。お父さんは帰ったのか?」

「ええ。私への愛を、最後に最高潮に暑苦しく叫びながらね。もう! どうして私との待ち合わせ場所を吐いて、自分だけ雲隠れしてるのよ!?」

「あ~、その……、すまん。お義父さんに、ちょっと凄まれた」

 いかにも後ろめたさがありありの口調で謝罪され、沙織は疲労感満載の溜め息を吐いた。


「何を言われたのかは、大体想像は付くけどね……。そっちも和洋さんが何を言ったのか、想像できるでしょう?」

「ほぼ確実に。お疲れ。ここのティールームに移動して、少し休憩しないか?」

「賛成。じゃあそこで待ち合わせね」

「ついでにちょっとした事実を付け加えると、三時からここのスイートルームも押さえてあるんだが?」

 そんな予想外の事を言われた沙織は、僅かに目を細めながら問い返した。


「そんな話は聞いていないし、孝夫さんと静江さんが伊豆から出てきているから、今夜は六人で夕食を食べる予定だったわよね?」

「俺もそのつもりだったし、別れ際の話ぶりでも、父さんもそのつもりだったと思うがな……。さっき母さんからのメールで教えられた。俺達の着替えも荷造りして部屋に入れてあるから、一晩水入らずでゆっくりしてくるようにだそうだ。お祖父さん達には、母さんから謝ってくれるらしい」

 大真面目にそんな事を言われて、沙織は眉間に軽く皺を寄せた。


「確かにのんびりしたい気分ではあるけど……。今度お二人と顔を合わせる時、気まずいし恥ずかしいじゃない」

「そう言うな。お祖父さん達はそこまで心が狭くないし、寧ろ笑い飛ばすタイプだ。それにその時は、俺が責任を持って詫びを入れるから」

「その口調だと、ここに泊まる事は確定事項なの?」

「俺的にはそうだな。お疲れ様な奥様を、充分労って差し上げるつもりだが?」

「私達の『労る』という言葉の解釈について、微妙な齟齬があるような気がするのは気のせいかしら?」

「それは大変だ。夫婦間の溝を埋める為、なお一層誠心誠意努めないといけないな」

 笑いを含んだ口調で返された沙織は、盛大な溜め息を吐いた。


「分かったわ。取り敢えずお茶を一杯飲ませて」

「勿論。飲みながら、軽く何か食べよう」

 色々諦めて通話を終わらせた沙織はスマホをバッグに戻すと、そのまま真っ直ぐティールームへと向かった。



「なかなかどうして……。男なんか見向きもしない風情で、陰ではなかなかのものじゃないか。上が上なら下も下だな」

 沙織には全く知る由が無かったが、偶然その日同じホテルの宴会場で執り行われた友人の結婚披露宴に、吉村が出席していた。

 その披露宴終了後に友人達と談笑し、トイレに抜けて戻ろうとしたところで、曲がり角の向こうで見慣れた人物を見かけた彼が、彼女と年配の男と何やら揉めている遭遇し、少し離れた所から姿を隠しつつその姿をスマホに捉えていた。そのまま二人が別れるまで見届けててから満足そうに独り言を呟いていると、背後から肩を叩かれながら声をかけられる。


「吉村、こんな所にいたか。今日はわざわざ来てくれて嬉しかった。すまんな、気まずい思いをさせて」

 新郎である賀川が、いつの間にか前の職場の友人達の輪から抜けていた自分を探していたらしいと悟った吉村は、笑って手を振った。


「いや、俺にやましい所は皆無だからな。寧ろ気まずい思いをしたのは、周りの奴らだろう。気にするな。それに今日披露宴に招待してくれて、本当に助かった」

「は? どうしてだ?」

「願ってもない物が撮れたからな。本当に感謝している。今からご祝儀を上乗せしたい気分だ」

 すこぶる上機嫌に礼を述べた吉村に、賀川は怪訝な顔になりながらも安堵の表情になって頷く。


「良く分からんが……。気分良く過ごして貰ったのなら良かった。元気そうな顔を見られて安心した。二次会には参加するのか?」

「喜んで出席させて貰うさ。ところで、まだ招待客の見送りが済んで無いんじゃないのか? 花嫁を一人にしていないで、さっさと戻れよ?」

「ああ、それじゃあまた後で」

 賀川を披露宴会場入口に戻してから再度顔を向けると、その間に沙織はどこかに歩き去っていた。しかし吉村は全く落胆せず、満足したままスマホをしまい込む。


(これまで職場で周囲に話を聞いた限りでは、あの女は子供の頃に父親と死別してるって話だからな。単なるファザコンで、老け専の可能性があるが……。だがあの相手の男の顔、どこかで見た気がするんだよな。きちんと調べてみるか)

「本当に、面白くなりそうだ」

 そんな事を呟きながら不敵な笑みを浮かべた吉村は、かつての職場の友人達の所に戻って行った。 

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