(25)旅の締めくくり
疾風怒濤のグアム滞在、三日目の夕刻。
日中に残っていた撮影と、買い物を兼ねたちょっとした観光を済ませた沙織達は、ホテル内のオーシャンビューレストランの窓際の席で、沈む夕陽を眺めながらディナーを食べていた。
「本当に夕陽が綺麗……。思わず見入っちゃうわ」
食事の手を止めて沙織がしみじみと呟くと、正方形のテーブルで斜め前に座り、同様に目の前のガラス張りの壁の向こうに広がる光景を眺めていた友之が、相槌を打つ。
「本当にそうだな。沙織がドレスを合わせている時に坂崎さんから聞いたが、あのチャペルで日没の時間帯に挙式するカップルもいるそうだ。昼間とはまた違った趣で、人気があるらしいな」
「確かに、海に沈む夕陽を眺めながらの挙式も、素敵でしょうね……。なんだかもう一度、式を挙げてみたくなったかも」
「こら、何度結婚する気だ?」
「友之さんと、離婚と結婚を繰り返すとか」
「本当にろくでもないな」
軽口を叩いた沙織に友之が苦笑いしていると、ふと斜め下に視線を向けた彼女が促してきた。
「あ、友之さん。あのチャペルを見て」
「どうした?」
「さっきまで実際に、式を挙げていたカップルがいたみたい。チャペルから出てきたところよ」
それを受けてホテルの敷地の端にあるチャペルを窓越しに見下ろした友之が、その出入り口からホテル内に向かって歩いている、複数の人物を認める。
「本当だ。ここからだと少し距離があるから、どんな人達なのかは分からないが、俺達と同じく参列者が皆無で、新郎新婦とスタッフだけの挙式だったみたいだな」
「海外で挙式となると、参列者の渡航費用も馬鹿になりませんし。当人だけの挙式って、意外に多いみたいですね」
「そうだな。だからビデオや写真の撮影プランが、充実しているんだろうし。帰国したらお互いの家族に披露する日程を、調整しないとな」
「ええ。早めに決めましょうね。矢の催促がくると思うし。特に和洋さんから」
「違いない」
そこで笑い合った二人は、先ほど見かけたカップルの事から、次の話題に移った。
それからゆっくりと小一時間かけてコース料理を食べ終えた二人は、満足しながらレストランを出て、自分達の部屋に向かって歩き出した。
「本当にロケーションは抜群だったし、料理もワインも美味しかったわ」
「満足できたか?」
「勿論。明日は帰国するけど、今日のうちにお土産も見繕ったし。後はチェックアウトまで、のんびりと過ごしましょうね」
「そうだな……」
そこでどこかに視線を向けながら足を止めた友之に、沙織が訝しげに声をかけた。
「友之さん?」
すると、それで我に返ったらしい彼は、取って付けたように弁解してくる。
「あ、ああ、すまない。何だか見たことがあるような人を、見かけたような気がしたから……」
「すっきりしない物言いだけど、日本人観光客も多いし、見たことがあるような人はそれなりに見かけるんじゃない?」
「それはそうだな。行くか」
沙織が首を傾げると、友之は先程自分が眺めていた方に再度視線を向けてから、沙織を促して何事も無かったように歩き出した。
そして二人の姿がホールから完全に見えなくなってから、友之と視線が合ったと思った瞬間、急いで物陰に姿を隠していた義則と真由美が、慎重に周囲を見回しながら出て来る。
「危なかったな。一瞬、見つかったかと思った」
「こっちに来てから、初めてのニアミスね。だけど見つかったら見つかったで、『予定変更を思い立ったら、偶々同じホテルが取れた』と言えば良いわよ」
「そんな弁解にもならん事を、友之が受け入れるわけは無いだろう。絶対怒るし、沙織さんには呆れられると思うぞ?」
完全に開き直った台詞を口にする妻を、義則は半ば呆れながら窘めたが、真由美は平然と言葉を返した。
「そんなに心配しなくて大丈夫よ。これだけ大きいホテルなんだから、そうそう出くわす事は無いと言ったでしょう? どっちも朝食はルームサービスにしているし、スタッフから予定スケジュールを横流しして貰って、今初めて姿を見かけた位だもの」
「同じホテルに既に二泊しているのに、本当に奇跡的だな……」
「さあ、私達も食べましょう。行くわよ?」
「ああ」
無事に挙式を済ませ、普段着に着替えてからこちらに出向いていた二人は、沙織達とは入れ違いに同じレストランに入り、同じコース料理を味わいながら充実した時間を過ごした。
※※※
「父さん達は、まだ戻っていないみたいだな」
「本当にゆっくりしているみたい。今のうちに室内を暖めて、お風呂も沸かしちゃいましょう」
「そうだな。洗濯物も出しておくか」
出発時と同様に結構な距離をタクシーに乗り、自宅の門前で降り立った二人は、既に周囲が暗くなっているにも関わらず、防犯用の照明しか点いていない自宅を見て相談した。そして家の中に入ってから分担して動き回り、三十分後にはリビングのソファーに落ち着いて旅行中の事などを話し合っていると、義則と真由美が帰宅する。
「ただいま。二人とも、もう戻っていたんだな」
「ごめんなさいね。のんびりしていて、戻るのがすっかり遅くなっちゃったわ」
「楽しんで来れたのなら、良かったじゃないか。俺達も一時間位前に帰って来たばかりだし、大差は無いさ」
「お二人とも、取り敢えずお茶をどうぞ」
荷物を玄関に置いたままリビングに顔を出した両親を、友之は笑顔で出迎えた。加えて、門の向こうで車が停まる音を聞いて、義則達が乗っているタクシーだろうと見当をつけた沙織が、淹れておいたお茶を出すと、二人は笑顔で礼を述べながらソファーに収まる。
「ああ、ありがとう」
「いただくわ。家に帰って来たって気がするわね」
「お二人とも、明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
お茶を出してから二人の向かい側に座った沙織が、年が明けてから初めて顔を合わせた二人に新年の挨拶をすると、真由美達も笑顔で応じる。
「こちらこそ宜しく」
「今年も、良い一年を過ごせると良いわね」
「本当にそうだな。後でお土産を渡すよ。土産話もあるし」
「こっちはずっと旅館や温泉街でのんびりしていて、大して目新しい話は無いからな。明日まで休みだし、お前達の話をゆっくり聞かせて貰うとするか」
「そうね。楽しみにしていたのよ?」
にこやかに両親が告げてくる内容を聞いて、友之は(向こうで父さん達を見かけた気がしたが、やはり他人の空似だったか)と自分自身を納得させた。
それから暫くの間、友之は問われるまま旅行中の事を沙織と共に語って聞かせ、義則達は笑顔のままその話に聞き入っていた。
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