(24)結婚式の真相

「こっそり挙式前にあのチャペルを見学させて貰ったけど、実際にお式を挙げているところを見ても、やっぱり素敵ねぇ……。勿論、友之と沙織さんの晴れ姿の方が素敵だけど」

「今回は私達の我が儘で、現地のスタッフの方々にお手数をかけて、申し訳ありませんでした」

 惚れ惚れとしながら感想を述べる真由美の隣で、義則が壁際に控えていた長野に軽く頭を下げると、彼女は笑顔のまま落ち着き払って答えた。


「とんでもございません、お父様。色々なご事情で挙式に参列できないというご親族様は偶にいらっしゃいますし、元々機材を入れてお式を撮影しておりますから。それを中継する事など、大した手間ではございません。以前にも余命いくばくもない入院中のお祖父様に、是非とも式次第をリアルタイムでご覧になって貰いたいとのご要望があり、日本の病室での中継手配を調えた事もございます」

「まあ……、それは大変でしたわね」

「お式をされるカップルの数だけ、様々なご事情がございます。そんな皆様の晴れの日をプロデュースして最高の状態に仕上げるのが、私達プロの仕事ですから」

「本当に立派なお仕事だわ」

「ありがとうございます」

 感心したように告げた真由美に、長野は笑顔で礼を述べた。しかしここで彼女が、真由美達に同情する口調で言い出す。


「それにしても……。ご結婚に反対されている新婦様側のご親族に遠慮されて、せっかくのお式に立ち合え無かったのは残念でございましたね。しかも向こう様を余計に怒らせないように、ご本人様達にも知らせずに、こっそりとご覧になるなんて……」

「先方の気持ちも理解できますので。結婚前に、愚息が先方を大層怒らせてしまいましたから」

 そういう設定で、こっそりリアルタイムで挙式を見守るという口実を作った義則は苦笑いで応じたが、それを聞いた彼女は力強く請け負った。


「確かに残念な事ではありますが、未だにご結婚に反対されておられるという、新婦様側のご親族にも安心してご納得いただけるように、式の一部始終を最高のクオリティで編集致しますわ」

「頼もしいわ。お願いしますね」

「お任せください。既に昨日から、事前にお母様からお伺いしましたリクエストを踏まえたお二人の画像や写真を、色々と撮影しておりますので」

「嬉しい、本当に? 友之はともかく沙織さんは、少し恥ずかしがるかもしれないと思っていたのだけど」

「新郎様が新婦様を言葉巧みに丸め込、いえ、ご説得されまして滞りなく」

「それなら良かったわ」

(本当に、妻と息子が迷惑をかけてすまんな。沙織さん)

 女二人がにこやかに会話している横で、義則は沙織に深く同情し、心の中で謝罪した。すると相変わらず、うっとりとした表情でスクリーンを眺めながら、真由美が独り言のように言い出す。


「それにしても、やっぱり素敵ねぇ……。こういう所で、式を挙げてみたかったわ」

「挙げてみるか?」

「あなた?」

 唐突に口を挟んできた夫に真由美が訝しげに視線を向けると、義則はまるで悪戯が成功した時のような笑みを浮かべながら、真由美にとって予想外の事を言い出した。


「ここの式場の事を調べたら、随分お前好みの所だというのが分かったから、明日の夕方からの時間を押さえて貰ってあるんだ。お前さえ良ければ今日、友之達の式が終わって着替えを済ませたら、入れ替わりにブライダルコーナーに行って、レンタルするドレスを選ばないか?」

「え!? それは本当!?」

 驚愕した真由美が長野を振り返ると、彼女は満面の笑みで頷く。


「はい。実は奥様には内密に、ご主人様からご要望を承っております。あのチャペルは海に沈む夕陽が見られますので、日没前後の時間帯はなかなかロマンチックなシチュエーションですよ?」

 その説明を聞いた真由美は嬉々として夫に向き直り、興奮気味に礼を述べた。


「嬉しい! 勿論するわ! ありがとう、あなた! 昔から、あなたのそういう如才が無いところが大好きよ!」

「私も、君のそういう可愛いところが、昔から大好きだよ?」

 それからは息子夫婦の結婚式そっちのけで盛り上がっている二人を、長野は苦笑しながら眺める羽目になった。


(このお二人、本当に理想的な、仲の良い熟年カップルよね……。私も、こんな年の重ね方をしたいものだわ。お二人にご満足いただけるように、頑張らないとね)

 そんな事を考えながら、彼女は精一杯顧客のリクエストに応えるべく奔走する事を、改めて自分自身に誓った。

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