(17)多方面からのアプローチ

 予定時刻に合流した二人は、何事も無いように食事を済ませてプールバーに移動し、これから使う台で借り受けたキューを手にしながら確認を入れた。


「さて、エイトボールで良いか?」

「そうですね。ハンデを貰えれば。友之さんとは年季が違いますから」

「それなら沙織の方は四個落としたら、8番を落としても良い事にするか?」

「それで進めましょうか」

 それから先攻後攻を決め、ブレイクショットを済ませた沙織は、グループボールとなったローボールの配置を見ながら、まずどれをポケットするべきかを考えた。


「ところで……、本当に普通にご飯を食べて、普通にここまで来ましたね」

 狙った的球に首尾良く手球をヒットさせ、台を回り込みながら沙織が告げると、彼女の様子を笑顔で眺めていた友之が、怪訝な顔になった。


「はぁ? どういう意味だ?」

「返事待ち状態で気まずいとか、どうなっているのかと問い質したいとか、そういう心境にはならないんですか? あまりにも普通すぎて、気を回しているこっちが馬鹿みたいなんですけど」

 半ば拗ねながら、沙織が次の的球を狙ってショットすると、友之は益々不思議そうな顔になった。


「別に、沙織が気を回す必要は無いだろう? 考えるのは、俺の方だと思ったが」

「何も考えていないように見えるから、聞いてみたんですが」

「考えていないわけないだろう? 断られたら、今度はどういう風に話を持っていくかとか、色々考えているぞ?」

「断っても、諦めないつもりですか?」

 次に当てるつもりだった的球は狙いが逸れてしまった為、沙織が無意識に舌打ちすると、友之は如何にも心外そうに言い返してくる。


「それなら聞くが、沙織は普段全く取引のない商品をいきなり持ち込まれて、『買ってください』と言われたら、そのまま無条件で相手の言い値で購入するのか?」

 そこで完全に狙える的球が無くなった沙織が「セーフティ」を告げて交代すると、友之はキューを構えながら大真面目に尋ねてきた。それに沙織が、半ば呆れながら答える。


「しませんよ、そんな事。と言うか、例えに商談を持ち込まないでください」

「ある意味、自分自身を売り込む必要があるわけだから、同じような物だろうが」

「まあ、確かにそうかもしれませんけど……」

 憮然としながら答えた目の前で、手球が友之のグループボールであるハイボールの一つに当たり、それが一直線にコーナーに転がってポケットに成功する。それを確認した友之が、彼女に向き直って事も無げに笑ってみせた。


「だから一度拒否された位で、あっさり諦めてたまるか。寧ろ、一度や二度断られるのは想定内だ。各種条件やアプローチを変えて、何度でも再挑戦するだけだろうが」

 至極当然な口調で言われたそれを聞いた沙織が、思わず顔を引き攣らせる。


「それ、下手をすれば、ストーカー一歩手前じゃないですか?

「職場も同じだし、上司だから逃げ場無しだな。だから本心から納得して了承して貰うように、色々考えているから安心しろ」

「そうですか……」

 あっさり笑い飛ばした友之が、再び的球の一つに狙いを定めるのを眺めながら、沙織は小さく溜め息を吐いた。


(何だか退路を断つと言うよりは、私がプロポーズを受けるのを前提にしている気がするわ。何なのよ、その変な自信は)

 それから友之が二回ショットしてから沙織に交代したが、先程聞いた内容が少々引っかかっていた彼女は、ショットの合間に尋ねてみた。


「因みに他のアプローチって、現時点ではどんな事を考えているんですか?」

「それはオーソドックスに、外堀を埋める事か?」

 それを聞いた沙織が、一気に不安を覚える。


「……え? まさか両親とか兄弟を攻略するつもりだとか、言いませんよね?」

「普通は話を具体的に進める前に、家族と友好関係を築いておくのが有効じゃないのか?」

「普通ならそうでしょうし、豊は反対とかはしない筈で、母も結構放任主義なので大丈夫だと思いますが……。和洋さんと薫に関しては、ちょっと無理ではないかと……」

「やってみないと分からないだろうが。徹底的に調べて、攻略法を考える」

「攻略法って……」

 控え目に意見を述べた沙織だったが、友之が真顔で宣言した為、本気で困惑した。


(本気っぽい……。どう考えても、揉める予感しかしないけど……)

 その動揺が出てしまったのか、沙織は惜しいところでファウルを繰り返し、友之の番になった。一方の友之は全く動揺する事無く、手堅く立て続けにグループボールを沈め、見事に8番ボールのポケットに成功する。


「よし、これで俺の勝ちだな」

「お見事。ですけど、今度はハンデをもう少し増やして欲しいです」

「考えておく。ところで一杯どうだ? ちょっと喉が渇いた」

「そうですね。飲みましょうか」

 そこで二人はキューを預け、壁際のカウンターに移動して並んで座りながら注文した。


「そういえば……、ジョニーの事なんだが……」

「ジョニーがどうかしましたか?」

 目の前に置かれたウイスキーのグラスを持ち上げながら、友之が徐にジョニーの事を口にした。それを聞いた沙織が、軽くそのグラスに自分のソルティドッグのグラスを合わせつつ怪訝な顔で尋ねると、彼は予想外の事を言い出す。


「もしその気があるなら、俺の家で飼っても良いぞ?」

「いきなり何を言い出すんですか」

「あらゆる方向からの、アプローチの一環だ。沙織の事だから、あのマンションから引っ越したら、ジョニーが食べる餌が減るとか心配しそうだからな。両親も、どれほどの“イケメン”ならぬ“イケネコ”なのかと興味津々で、飼う事に賛成している」

 苦笑いで友之が説明したが、沙織は幾分申し訳無さそうに断りを入れた。


「それはありがたい申し出ですけど、その必要はありませんから」

「どうしてだ?」

「実は今日、ジョニーの飼い主と本名が判明しました」

「それは驚いたな。どういう事だ?」

 興味津々で尋ねてきた友之に、沙織は説明を続けた。

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