(6)怒りと妥協
「まさかその人達もぐるになって、登記簿とか通帳の偽造までして、その奥さんに信じ込ませるつもりではないですよね? それだと明らかに、詐欺や公文書偽造とかの罪状が付くかと思いますが?」
信じられないというより、冗談だと言って欲しいと本気で願った沙織だったが、清人は事も無げにその淡い希望を打ち砕いてくれた。
「まあ、そう言う事だな。友之に頼まれて、俺が必要な人材と繋ぎを取って紹介済みだ」
「あ、あなたねぇっ!? 常識とか倫理観は無いんですか!?」
思わず声を荒げた沙織だったが、清人は気にも留めずに話を続ける。
「死亡届が出された段階で、その人物の資産は相続方法が確定するまで凍結される。だからその人物名義の口座からは、一切金を引き出せない。だから妹達に纏まった金を渡すなら、その女自身が借金をして、金を調達する必要がある」
「それだと明らかに、資産が無いと分かっている妹さん達もぐるですよね……。そして課長は対外的には、その女性サイドの人間として、立ち回っていると言うわけですか?」
「やはり頭の回転が早いな。説明が楽で助かる」
そんな事を言って楽しげに笑った清人に向かって、沙織は拳で力一杯テーブルを叩きつつ罵倒した。
「あなた達、そんな明らかな犯罪行為を知っていて、課長を止めないんですか!?」
「恩師の最期の頼みらしくてな。あいつも色々思う所があるだろうし」
「一応、説得してはみたんだけど……」
肩を竦めた清人と、微妙に視線を外しながら居心地悪そうに弁解した真澄を見て、沙織の堪忍袋の緒が切れた。
「男って本当に馬鹿ばっかり! 何ですか、課長もその恩師も! それで? まさか課長は自分が犯罪行為に関わっている間に私と付き合っていたら、事が露見した場合にもしかしたら私も取り調べを受けるかもしれないし、二股をかけているような不誠実な事はしたくないとか考えて、付き合いを保留したいとか意味が分からない事を、私に向かってほざいたわけですか!?」
「まあ……、そういうわけだが。それはあいつなりの、誠意の現し方だと言えなくも無いと」
「アホくさ! 同じ女にコケにされて煮え湯を飲まされた、自分と恩師の情けない絆とやらに勝手に酔ってろ、似非ナルシスト!」
「…………」
怒り心頭に発した沙織の叫びに、誰も余計な口を挟めず、店内が不気味な静けさに包まれた。そして憂さ晴らしとばかりに沙織が手酌で豪快に飲み始めると、何分かその様子を観察していた清人が、徐に声をかけてくる。
「一つ……、お前に確認したい事があるんだがな?」
「あぁ? 何が聞きたいってんですか?」
横柄に尋ね返した沙織に、清人が真顔で問いを発した。
「友之は確かにある意味阿呆だし、やろうとしている事は明らかに違法行為だが……。そうするとお前、その性悪女に『あなたに言い寄ってる男は、実はあなたを嵌めようとしている一味の一員なんです。騙されてはいけませんよ』と、親切に忠告してやるか?」
「…………」
静かにそう問われた沙織は瞬時に手の動きを止め、眼光鋭く清人を睨んだ。しかし相手も睨まれた位で恐れ入る筈もなく、真正面からの睨み合いに突入する。
「胃がっ……」
「あなた、しっかり!」
カウンターの中では緊張感のあまり、店主夫妻が顔を青くしていたが、沙織はふてぶてしい相手の顔を凝視しながら、本格的に友之に対して腹を立てていた。
(結局、私よりも過去の因縁に決着を付ける方が重要ってわけで、加えて私は暫く放置していても、他に目移りするような男はいないだろうと踏んでいるわけで……。そうですか。そんなに昔の恨みを晴らすのが、大事なんですか。課長は若い頃、相当女を見る目と性根が腐ってたと思っていましたが、今でもあまり成長してはいないみたいですね! 世の中には復讐云々より、大事な事が山ほどあるでしょうが。社長と真由美さんが知ったら、あまりの情けなさに泣きますよ!)
無言のまま心の中で友之を罵倒していると、そんな彼女に清人が、平坦な声で問いを重ねた。
「どうした。是非、お前の意見が聞きたいものだが。遠慮せずに言ってみろ」
そこで更に少し葛藤したものの、何とか心の中で諸々について折り合いを付けた沙織は、軽く息を整えてから静かに告げた。
「……何も聞いてはいません」
「良く聞こえなかったな。何と言った?」
わざとらしく尋ね返してきた清人に、しっかり神経を逆撫でされながらも、沙織はしっかりとした口調で繰り返した。
「何も聞いてはいませんと言いました。そもそも今の話は、課長に内緒の話なんですよね? 私は今日ここに来ていませんし、あなた達と会社近くで顔を合わせて少し言葉は交わしましたが、どこぞの振られんぼ師弟の話などはしていません」
「『振られんぼ師弟』って……」
それを聞いた清人は思わず小さく笑ってから、沙織に念を押した。
「確かにそうだな。友之には、お前には内密にと頼まれているから、そのつもりで」
「それでは、そういう事で。話はそれだけですか?」
「いや、もう一つ残っている」
「……まだ何かあるんですか?」
本当に勘弁して欲しいと、心底うんざりした沙織だったが、清人はここで真顔になって話を続けた。
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