(5)陰謀
「話を戻すが以前の話はともかく、最近友之が例の女に近付いているのは、惚れた腫れたが理由じゃない」
「そうですか。……すみません、お代わりお願いします。あ、瓶ごとでも構いませんよ?」
「は、はい! 少々お待ち下さい」
「…………」
真剣な面持ちで話を切り出した清人だったが、沙織は一応頷いてみせたものの、カウンターの中の女性に向かって呼びかけた。それを見た清人は憮然となり、彼の横で真澄が困惑しながら尋ねてくる。
「あ、あの……、理由は気にならないの?」
「何の理由でしょう?」
「だから、友之がその人に近付いている理由だけど」
「私に何か関係がありますか?」
「…………」
運ばれてきた酒を手酌で注いだ沙織に、真顔でそう問い返された真澄は、何とも言えない顔で押し黙った。すると何とか気を取り直したらしい清人が、再び尋ねてくる。
「一つ聞くがな。お前から見て友之は、そんなに魅力が無いか?」
その問いに、沙織は微塵も迷わずに即答した。
「男性としては、それなりに魅力はあると思いますよ? 東京タワーとジョニーには負けますが」
それを聞いた二人は、揃って怪訝な顔になる。
「東京タワーだと?」
「ジョニーって……、外国人?」
「いえ、アメリカンショートヘアーの、イケメンの雄猫です」
「構造物と猫に負けてるのかよ……」
「情けないわ、友之」
あまりの断言っぷりに清人達は揃って項垂れたが、それを見た沙織は上から目線で言い放った。
「何だか理由を聞いて欲しそうなので、聞いてあげますか? 手早く五分で纏めていただければ、聞いてあげない事もありませんが」
それを聞いた清人が盛大に顔を顰め、真澄が焦りながら夫を宥める。
「……ムカつく女だな」
「怒らないで! 聞いてくれるみたいだし、とにかく説明だけしましょう!」
「うわぁ、清人さんに対してあの物言い……。怖いもの知らずなのか?」
「勇者だわ。さすが、友之さんの恋人なだけはあるわね」
ぼそぼそとカウンターの中から会話が聞こえてくる微妙な空気の中、清人が何とか怒りを抑えて話を続けた。
「簡単に言うと、復讐だな。友之が恩師に頼まれて、それに派手に噛んでるって事だ」
「復讐ですか? 穏やかではありませんね」
いきなり物騒な単語が出てきた事に、沙織が首を傾げると、その戸惑いは予想していた清人は、冷静に説明を続けた。
「その恩師の家は、元々都内に複数の不動産を所有していて、そこから入る賃貸収入でかなり余裕のある生活をしていたんだ。それを見越して、以前その女も後妻に入ったんだろうが」
「『していた』と過去形なのは、今は違うと言う事ですか?」
沙織が鋭く突っ込みを入れると、清人が満足そうに小さく笑う。
「鋭いな。それらの不動産は元々恩師の父親の名義で、施設に入っていた父親が存命中は、恩師が管理して賃貸収入を使っていたに過ぎない。五年前にその父親が亡くなった時、恩師は住んでいる家屋敷だけは残して、他は全部妹二人に譲ったそうだ。恩師は妻子もいないし、これまでの貯えと年金で、贅沢をしなければ十分暮らせるからな」
それを聞いた沙織は、少し考え込んでから慎重に口を開いた。
「その元妻が駆け落ちして離婚したのは、十年は前の話だった筈ですから……。その人は、そこら辺の事情は知らないわけですか?」
「ああ。男に捨てられたか食い詰めたかで、余命少ない恩師の所に、最近臆面も無く舞い戻ってきたらしい。首尾良く再婚できれば、遺産の大半を自分の物にできて遊んで暮らせると踏んでな」
そこで沙織は渋面になりながら、再び考え込んだ。
「確か……、亡くなった方に子供や親が存在しない場合の、法律に基づいた遺産分配比率は、配偶者が3/4、兄弟姉妹全員で1/4でしたか?」
「ああ。全財産を妻に譲ると遺言する事もできるが、その場合どう考えても、妹達が黙っていないだろう。裁判沙汰になるのは必至だ」
「要するにその恩師は、わざと元妻と再婚して多額の財産を相続できると思わせて、ぬか喜びをさせたいんですか?」
「もっと辛辣だな。ろくな財産を残さない上に、以前の慰謝料の代わりに借金を背負わせてやるつもりらしい」
「どうやったらそんな事ができるんですか?」
遺産相続の話からどうして借金の話になるのかと、沙織は本気で当惑したが、清人は淡々と話を続けた。
「相続する場合は資産だけではなく、負債も引き継ぐ。それは知っているか?」
「ええ、勿論。ですから資産よりも負債の方が大きい場合は、期限内に相続放棄の手続きをする事ができますよね?」
「ああ。そうすれば資産は相続できないが、負債を背負う事もない」
それに頷いた沙織は、そこから導き出された推論を口にした。
「そうなると恩師の方には、現時点で残った家屋敷の、資産価値以上の借金でもあるんですか?」
「その不動産を担保に、リバースモーゲージを設定して、ほぼ限度額を借り出している。借りた金は寄付金やそれまでの生活費と治療費に殆ど費やしているし、亡くなった後に家屋敷を売却しても、残った治療費や葬式代を、支払う金が残っているかな?」
そこまで聞いた沙織は、うんざりした表情になった。
「……仮にも大学の教授までなった方が、結構えげつない事を考えますね」
「加えて、ごねる妹達に相続放棄の手続きをさせる事を名目に、裁判で勝ち取れる以上の額の現金を渡して黙らせるように、そそのかす予定らしい」
そこで沙織の表情が、訝しいものに変化した。
「でも大した財産が残っていない上に、法定分配率の1/4なら、お金を渡すと言ってもそれほど負担になりませんよね? それこそ負債の方が多くなりそうでもあるわけですし」
「だが今現在の保有資産だけではなく、十年前の資産が丸々残っていると思い込んでいれば、かなりの額になるだろう?」
「はあ? そんな勘違いをする筈がありませんよ。さっきのリバースモーゲージの話を聞いた時にも思いましたが、相続するに当たっては、普通は弁護士や司法書士とかのプロに手続きを依頼しますよね? 素人には色々と煩雑で面倒ですから。その人達が資産状況を動産不動産負債も含めて、全て洗い出して依頼人に説明して……」
そこである可能性に思い至った沙織は、顔を強張らせて清人を問い質した。
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