(16)問うに落ちず語るに落ちる

「友之……。俺は息子の交友関係に、一々口を挟むような真似はしたくないんだが、少々節操が無いんじゃないか? 別れて半月もしない間に、新しい女を作るとは」

「だから、誤解だと言ってるだろ! 彼女は単なる部、友人だし」

「友人?」

 うっかり部下と言いかけて、正直にそう告げた場合に色々面倒な事になりそうだと思い止まった友之は友人と言い直した。しかし両親は、揃って怪訝な顔になる。


「友之の口から、女友達なんて言葉が出てきたのは初めてじゃないのか?」

「……そうかな?」

「そうよ。それじゃあ、そのお友達はどんな人? 友達なんだから写真位あるし、見せてくれるわよね? 恋人とかじゃないんだし」

「ちょっと待っててくれ」

 その要求を拒否できず、渋々自室で充電中だったスマホを持って来た友之は、沙織の画像を出して真由美に手渡した。


「こんな感じ。猫に餌をやっている所を撮ったから、正面からじゃ無いけど」

「あら、残念。でも結構可愛い感じじゃない?」

「まあ、見た目はそうだけど、性格がちょっと動じないと言うか、男らしいと言うか……」

 これで納得して貰えたかと、友之は安堵した。しかしそこで、真由美がさらりと突っ込みを入れる。


「でも友之、あなたこの人の家に行った事があるのよね? ここ、彼女の部屋でしょう?」

「ほう? そうなのか?」

 横から覗き込んだ義則が、スマホと自分の顔を交互に見ながら面白そうな顔になった。それに友之は、僅かに顔を引き攣らせながら弁解する。


「ああ、まあ……、この時はちょっと事情があって、彼女の部屋に行ったから」

「事情って?」

「その……、一緒に飲んだ時に彼女が悪酔いしたから、送って行っただけで」

「二人で飲みに行く間柄なのか?」

「いや、二人じゃなくて他の部下も」

「部下? 彼女は松原工業の社員なのか?」

「…………」

「友之?」

 矢継ぎ早の問いかけに律儀に答えているうちに、うっかり事実を漏らしてしまった友之は、思わず口を噤んだ。そんな息子に、真由美が訝しげな表情で声をかける。友之はこれ以上余計な話をすると拙いと判断し、できるだけ自然にソファーから立ち上がった。


「どうだって良いだろう? とにかく、喜んで貰って良かったよ。それじゃあ、俺は部屋に行くから」

「ええ、ありがとう。そのお友達に、宜しく言っておいてね?」

「ああ、分かった」

 さり気なく退散した息子を見送った真由美は、期待に満ち溢れた表情で夫を振り返った。


「あなた?」

「社員数が多いし、さすがに全部署の名簿は手元に無いが……。確かあいつの部下に女性が一人いた気がするな。明日出勤したら社のホストコンピューターにアクセスして、該当社員のデータを出して持って帰る」

「お願いね」

 真顔で考え込んだ義則に真由美は笑顔で頼んだが、それに頷いてから彼は再度不思議そうに考え込む。


「それにしても……。後々面倒だから、社内の人間とは付き合わないとか言っていたし、これまで実際に付き合っていたのは、社外の人間ばかりだったのにな……」

「分かっているわ。だから本当にお友達かもしれないけど、一応情報は集めておいても構わないでしょう?」

「そうだな。取り敢えず調べておくのに、越した事は無いだろう」

 笑顔でそんな会話を交わした二人は、満足そうに笑顔で頷き合った。






 自室に戻った友之は、両親からの鋭い追及から逃れてほっとしたのも束の間、すぐに電話をかけ始めた。すると殆ど待たされずに、沙織が応答する。


「課長、どうかしましたか?」

「一応、プライベートでの報告だ。プレゼントが母にとても喜んで貰えたから、職場に怒鳴り込まれる可能性は無いからな?」

「それは何よりでした。さすがに社長夫人を敵に回すのは、勘弁したいので」

「全然恐れ入っていないように聞こえるのは、俺だけか?」

「気のせいです。気に入って貰えて、本当に良かったです」

 淡々とした口調から一転、沙織は笑いを堪える口調になった。それに笑いを誘われながら、友之はちょっとした提案を口にする。


「それで、予想以上の反響を得られたから、改めて礼をしたいんだが。どこか行きたい所があるか? 居酒屋でもプールバーでもフレンチでも、好きな所で奢るぞ?」

「そうですね……。それなら是非、ちゃんこ鍋の店でお願いします」

 沙織の返答に、自分の耳を疑った友之は静かに問い返した。


「……すまん、もう一度言ってくれるか?」

「ちゃんこ鍋ですが」

 変わらず冷静に告げてきた沙織に、友之はがっくりと肩を落とす。


「お前……、どうしてそこでそんな物が出てくる?」

「どうしてって……、とっくに一人飯も一人酒もへっちゃらですが、さすがに鍋物って一人だと頼めない所が多いもので。最近はお一人様用の鍋メニューを揃えている店も増えましたが、二人席のテーブルを一人で占めてるのって、何となく申し訳無くて落ち着かないんですよ」

 沙織が主張を一応認めつつも、友之は口の中で愚痴っぽく呟いてしまった。


「それは確かにそうかもしれんが……、ここはせめてドジョウ鍋とか、河豚ちりとかすき焼きとか……」

「何をぶつぶつ言ってるんですか?」

 その不審そうな呼びかけに、友之は(仕方がないか)と瞬時に気持ちを切り替える。


「いや、何でもない。分かった。それなら今度一緒に、ちゃんこ鍋を食べに行くか」

「楽しみです。松原さんなら店選びで外す事は無いと思いますし」

「こら、さり気なくプレッシャーをかけるな。まあ、期待を裏切らないように調べておく。それじゃあな」

「はい、おやすみなさい」

 そこで通話を終わらせた友之は、思わず疲れたように溜め息を吐いた。


「全く……、予想外にもほどがある」

 そう呟きながら何気なくディスプレイを眺めた彼は、少し考えてから指を滑らせ、沙織の家に行った時の動画のデータを呼び出した。


「くうぅ~っ! やっぱり食べている姿も、上品で素敵ですっ! ジョニー様に食べていただいて、マグロも本望でよねっ!」

 自分に目もくれず、上機嫌に声を上げながらジョニーの食べる姿を食い入るように眺めている沙織の映像を見て、友之はもう何度目になるか分からない笑いを零した。


「全く……、猫が食べている姿を見て、そんなに悶えるなよ」

 そのまま暫く笑って満足した友之はその再生を止め、再びスマホを充電しながら翌日の支度に取りかかった。

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