(15)両親の疑念

 日曜日の夜。松原家の三人が夕食後にリビングに落ち着くと、義則がその日誕生日を迎えた妻に、細長いビロード張りの箱を差し出した。


「真由美、誕生日おめでとう」

「ありがとう、義則さん。……まあ、素敵なネックレスね」

「早速付けてみるか?」

「ええ、お願い。……どうかしら?」

「うん、良く似合ってるぞ?」

「本当? 嬉しいわ」

 早速その場で箱を開け、実際に付けてみて微笑み合っている両親を、半ば空気になりながら向かい側のソファーから眺めていた友之は、小さく溜め息を吐いた。


(年を取っても相変わらず夫婦仲が良いのは、結構な事なんだがな……)

 少しの間遠い目をしていた友之は、両親の会話に一区切りついたタイミングで、控え目に声をかけてみる。


「母さん、俺からも誕生日プレゼントがあるんだけど、出して良いかな?」

「ええ、勿論よ。ありがとう、友之」

 そう言いながら立ち上がり、予めリビングの隅に目立たない様に置いておいた紙袋を持って来た友之は、「今年はこれなんだが……」と言いながら母親に向かって差し出した。それを受け取ったものの、紙袋のロゴを目にした真由美が怪訝な顔になる。


「あら……、いつもと趣向が違うのね」

「東急ハンズ?」

「…………」

「取り敢えず、中を見させてね?」

 義則も訝しげな視線を向ける中、せっかく息子が贈ってくれた物だからと、真由美は笑顔で箱を取り出して開けてみた。


「ええと、これは……」

「一つじゃないのか?」

「ああ、幾つか詰め合わせて貰ったから」

 箱を開けて中を覗き込んだ義則は、隙間に緩衝材が詰まった幾つかの品物を見て、不思議そうな顔になった。しかしここで何かを見つけた真由美が、それを取り出しながら歓声を上げる。


「あ、これ! 買ってみようかと思って、今まで買いそびれていたのよ!」

「何だ? そのシリコンのシートみたいな物は?」

「蓋を楽に開けるフタよ!」

「……はぁ?」

 意味が分からずに当惑した声を上げた義則だったが、真由美はそれには構わずに上機嫌に話を続けた。


「最近年を取ったのか、固い瓶の蓋を開ける時に、時々困る事があるのよね。でもあなたや友之が帰って来たら開けて貰えば事が済んでいたから、何としてでも欲しいとまでは思っていなくて」

「そうか……」

 しみじみと語る妻に義則が何とも言えない表情で頷くと、真由美が続けて嬉しそうに言い出した。


「それからこっちは、切断面が波模様になるナイフ! 買おうかと思ったけど、やっぱりわざわざ買うほどでも無いかと思って、それきり忘れていたのよ!」

「それは、何か意味があるのか?」

 にこやかにそれを取り出した真由美に、義則が訝しげに尋ねる。


「あら、嫌だわ。切断面が波模様なら、それだけ表面積が大きくなって、ソースやドレッシングが絡みやすくなるじゃない? 見た目もお洒落だし」

「……そうか」

「自分で買っておきながら何だけど、大した違いはないんじゃ……」

 思わず突っ込みを入れた友之だったが、真由美の興奮は収まらなかった。


「これは、お玉立て……。あ、凄い! この部品をずらせば、鍋の蓋も立てられるのね!? 画期的じゃない!」

「……そんなに凄いのか?」

「さあ……」

 父と息子が怪訝な顔を見合わせていると、一際高い真由美の声が上がる。


「それから……、極小サイズのシリコン製ゴムべラだわ!」

「それは台所に無かったか?」 

「料理に使う、普通のサイズの物ならあるわ。でもこれなら瓶の壁面に残った佃煮とかジャムとか蜂蜜とかを、綺麗に取る事ができるのよね! でも取り難くてもスプーンで取れない事もないし、わざわざ買うほどの物でも無いかと思っていたのよ。早速台所に持って行って、使ってみるわ!」

「ああ、いいよ」

 息子に断りを入れ、箱を抱えてウキウキと台所に向かった妻を見送った義則は、半ば呆れながら感想を述べた。


「ああいう物にあんなに食いつくとは……、驚いたな」

「俺も全く予想外だった」

「それならどうして、ああいう物を選んだんだ?」

 息子の台詞にちょっと驚いたように義則が尋ねてきた為、友之は素直に答えた。


「俺が選んだわけじゃなくて、今回はアドバイスに従っただけだから」

「誰の?」

「『誰の』って……」

 友之が咄嗟に言葉に詰まると、義則が訝しげにそんな息子を凝視する。そこで妙な睨み合いに突入していると、すぐに真由美が上機嫌なまま戻って来た。


「友之、ありがとう。明日から思う存分、使わせて貰うわね!」

「気に入って貰って良かったよ」

「ところで、どうして今年は、ああいう実用的な物を選んだの?」

「それは」

 夫と同じ質問をしてきた真由美に友之が再度答えようとしたが、それより早く義則が教えた。


「それが、友之が選んだわけではなくて、誰かの助言に従った結果だそうだ」

「あら、そうなの? そうなると新しい彼女さんは、お料理が趣味なの?」

 如何にも当然の如くアドバイスして貰ったのが女性、しかも恋人だと思い込んだらしい母親に、友之は微妙に顔を引き攣らせる。


「……どうしていきなり、『新しい彼女』なんて言葉が出てくるんだ?」

「だって普通に考えたら、男の人がこういう物を勧めるとは考えにくいし、付き合っていた人とは、確か半月位前に別れたとか言っていたでしょう? だから新しい彼女さんに、アドバイスして貰ったと思ったんだけど」

「母さん、それは誤解だから……」

 それなりに筋が通っている彼女の主張に、友之は頭を抱えながら弁解した。するとここで、義則が顔を顰めながら苦言を呈してくる。

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