(7)自業自得
醜態を晒した翌朝、沙織はいつも以上に気を引き締めて出社した。そして真っ先に友之の所に出向き、挨拶をする。
「おはようございます、課長」
「ああ、関本。おはよう。体調は大丈夫か?」
「はい、絶好調です。昨晩は、大変ご迷惑をおかけしました」
「大したことはない。思わず自分の目を疑うような、珍しい物も見られたしな」
「…………」
深々と頭を下げた沙織だったが、前方から笑いを堪える気配が漂ってきたことで、引き攣った顔を上げた。するとその様子を窺っていた朝永が、すかさず詳細について尋ねてくる。
「課長? まさか関本の奴、帰り道であれ以上の醜態を晒したわけじゃないですよね?」
「帰り道ではないし、醜態でもないんだが……。心配なので部屋まで送って行ったら、関本曰わく『愛しのジョニー様』が、十何日かぶりにベランダにやって来たんだ」
「課長……、部屋まで入ったんですか?」
反射的に意外そうな顔つきになった朝永だったが、ここで少し離れた所から佐々木の驚愕の声が響いてきた。
「え? アメショーのジョニーって、本当に実在していたんですか!? 実は俺、あの話の最後の方で、先輩が寂しさのあまり妄想を展開していただけなんじゃないかと思って、凄く心配になっていたんですが?」
「佐々木君! 今、先輩に対してもの凄く失礼な事を、口走ったって自覚はあるわよね!?」
「すみません! 口が滑りました!」
物凄い勢いで沙織が振り返って恫喝すると、佐々木は勢いよく頭を下げた。そんな二人を見て、友之が笑いを堪えながら話を続ける。
「茶を出すと言いながら部屋に入れた俺に目もくれず、やって来た“ジョニー様”にご飯だ毛繕いだとかまい倒して、普段とは別人レベルにまで笑み崩れている関本の姿を、お前達にも見せたかったな」
それを聞いた朝永は、心底呆れた表情になった。
「関本……、お前、わざわざ酒量を抑えてまで、自分を家まで送ってくれた課長を放置ってあり得ないだろう? 佐々木じゃなくて、お前の方がよっぽど失礼だ」
「……すみません」
「謝る相手が違う」
「こんなイケメンな課長を放置って……。ジョニーって、どんなイケネコなんですか……」
沙織が朝永に向かって頭を下げる中、佐々木はと言えばひたすら茫然としていた。すると友之が、笑顔でスマホを取り出しながら声をかける。
「ああ、佐々木。ジョニーの写真を撮ってきたが、見るか?」
「本当ですか!? 是非お願いします!」
「あ、俺にも見せてください」
「課長、友永さん。さっきから『ジョニー』って、なんのことですか?」
「ああ、それはな?」
興味津々で佐々木を筆頭に、他の同僚達が課長席の周りに集まって来たのを見て、自業自得だがこれ以上笑い話のネタになるのは御免だと、沙織はその場から離れようとした。
「……それでは失礼します」
しかしそこで朝永にスマホを渡した友之が、彼女に声をかけてきた。
「ああ、ちょっと待て、関本」
「何でしょう?」
「俺が帰った後に、客が来たか?」
唐突にそんな脈絡のない事を言われた沙織は、本気で首を傾げた。
「え? そんな予定も、実際に誰も客なんて来ませんでしたが。それが何か?」
(そう言えばふらっと和洋さんは来たけど、お客じゃないしね。でも課長はどうしてこんな事を聞いてきたのかしら?)
内心で沙織が考え込んでいると、友之は少々気まずそうに話を終わらせる。
「……いや、何でもない。変な事を聞いて悪かった。戻って良いぞ」
「はい」
釈然としなかったものの沙織は素直に引き下がり、自分の席に戻った。
(やっぱり昨日すれ違った男は、どこか他の部屋に入ったんだな。俺の勘違いか)
(くうっ、暫くの間、面白おかしく噂されても、我慢我慢。昨日の事は、身から出た錆そのものじゃない)
二人は自分自身にそう言い聞かせてから、気持ちを切り替えて通常業務をこなしていった。
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