(5)愛しのジョニー様
残念な事に見送った二人の懸念通り、沙織は友之に更なる迷惑をかけていた。
「おい、関本。大丈夫か? 着いたぞ? 部屋まで行けるか?」
聞き出した住所に建つマンション前で停めて貰った友之が彼女に声をかけたが、沙織はブツブツと呟いてから再び泣き出す。
「へや……、かえっても、だれもいないぃ……。じょにぃぃ~!」
「やっぱり駄目だな……。すみません、ここで降ります。お会計を」
「分かりました」
当初は彼女をここで降ろして自分はこのまま乗って帰ろうと考えていた彼は、予定を変更して会計を済ませ、彼女を半ば引きずり出すようにしてタクシーから降りた。未だにふらついている彼女の腕を取り、肩を支えながらマンションの入り口に向かって歩き出す。
「ほら、関本。しっかり歩けよ?」
「……あるいてます」
「うん、歩いているがな? もう少し自主的に歩いてくれると、俺はもの凄く嬉しいんだが」
溜め息を吐いてそのまま進み、彼女にエントランスの奥に続くドアを解除して貰い、エレベーターで三階まで移動する。そしてエレベーターホールから至近距離のドアの前で、沙織が立ち止まった。
「……とうちゃく」
彼女がそう呟き、友之は安堵して彼女の身体から手を離した。
「ここか。よし、後は大丈夫だな? それなら俺はこれで失礼するから」
「かちょー、おちゃをどーぞ」
「はぁ?」
「ごめいわくかけて、そのままかえしたら、おんながすたります」
声をかけて踵を返そうとした友之だったが、その袖を沙織がしっかり掴んだ。そして大真面目に言われた内容に、友之は微妙に顔を引き攣らせる。
「……できればこのまま帰して貰った方が、俺的には嬉しいんだが」
控え目に辞退した友之だったが、それを聞いた沙織はたちまち涙ぐんだ。
「だめ……。やっぱりわたしのつくるもの……、おちゃですらダメなんだぁぁ――っ!!」
「分かった、一杯だけご馳走になるから! こんな所で喚くな!」
「それではどうぞ」
いきなり大声を上げられて彼が慌てて宥めながら申し出を受けると、途端に沙織は真顔になって玄関のドアを開けた。それを見た友之が、一気に疲労感を覚えながら額を押さえる。
「関本は中途半端に酔っていると、余計に厄介だな」
「とりあつかい、よーちゅーいですね」
「……自分で言うな」
「じゃああがって、しょうめんのリビングでおまちください」
「ああ」
もう余計な事は何も言わず、さっさと茶を飲んで帰ろうと決心した友之は、素直に玄関から上がり込んで奥に進んだ。しかし先程から感じていた違和感が更に増大し、無意識に首を傾げる。
(エントランスに入った時から思ったが、このマンションは単身者向けの賃貸ではないよな? どう考えても、ファミリータイプの分譲マンションみたいだ。正確な間取りは分からないが、関本は実家を離れて一人暮らしをしていると聞いていたが……。どうしてこんな広い所に、一人で住んでいるんだ?)
そこで何気なくカーテンが開け放ってあった、ベランダに面した掃き出し窓に目を向けた彼は、ガラス越しに見えたものに少々驚いた。
「え? あれはまさか……」
「かちょー、りょくちゃとこうちゃとコーヒーだと、どれがいいですかー?」
オープンカウンター越しに、背後から沙織が間延びした声をかけてきた。しかし友之はそれには答えず、窓の一か所を指さしながら振り返って尋ねる。
「そんなことより、ひょっとしたらあれが例のジョニーとやらか?」
「……はい?」
そこで不思議そうに友之の指し示す方に視線を向けた沙織は、一気に酔いが醒めたらしく、限界まで目を見開いて叫んだ。
「うぇえぇぇっ!! ジョニー! 来てくれたのっ!! うわぁぁ――ん、会いたかったぁぁっ!!」
その剣幕に友之が目を丸くして驚いていると、彼の前をもの凄い勢いで沙織が横切って掃き出し窓に取り付き、慌ただしくロックを外して窓を開け放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます