第十話 『他者に食物を口まで運ばせる魔術“あーん”』
キールの提案で先程の酒場まで戻ってきた。鹿面の店主にはちゃんと謝罪をしてから再度注文をした。料理をトカゲ面の店員が次々と運んでくるのを横目に、アキラたちは談笑していた。
「シッフル国の王族だってこと、隠していてすまなかったな。だが嘘は言っていないからそこは勘弁してくれ」
「いいっていいって。俺も勘違いして余計な事したし。そこはお互い様ってことで」
アキラとメロディとキールの三人が木製のジョッキを打ち合わせ乾杯をする。
一応今回はキールの奢りということなのだが料理の数がとても多い。最初の注文でキールが「店の料理を全部頼む」とか言いやがったせいである。
「キール、さすがのメロディもこの量は食べきれんぞ」
「そうだなアキラ。頼みすぎたのは否めない」
「さらっとあたしの事を大食いキャラにするのやめて本当にやめて」
「そうだそうだ、紹介も兼ねて三人を呼ぶか」
「それはいい考え。でも大食いキャラ設定は本当やめて、呪うわよ」
恨み言を言うメロディを他所にアキラは大精霊の三人を呼ぶ。
「おーい、ココルルたちやーい」
『ご飯と聞いて!!』
『うきゅ!』
『・・・・・・』
ココルルとシンシンが元気よく返事をする。ココルルは小さめの狼の姿、シンシンは肩にいるときと同じミニマスコットの状態、ルフニールはアキラの頭の上で相変わらずのたれどらごんスタイルでそれぞれ顕現する。
ルフニールが尻尾でぺしぺしとアキラの首辺りをはたく。
おおむね「吾輩疲れておるから話しとうない」といった所だろう。
最近この三匹が何を考えているのかがわかる、気がする。
「というわけで紹介するぞ。このちっこい狼はココルル。肩にいる可愛いのがシンシン。頭に乗ってるのがルフニール。一応俺の契約精霊の三匹だから仲良くしてくれ」
「なんとも、精霊術師とは不思議なものだな。精霊は出てきたり引っ込んだりできるのか。素晴らしい。本国の婆様が見たらきっと喜ぶだろう」
精霊の三匹が同時にペコリと頭を下げて挨拶する。
それを見たキールが大きな手を顎に当ててうんうんと頷いた後、ハッとして姿勢を正した。
「おっとすまない、紹介が遅れてしまった。俺はキール・ラグスト。サイハテの地にあるシッフル国の出身だ。一応王族だが王位継承権は兄貴達が優先だからな、俺は好きにさせてもらっている」
キールが三人とそれぞれ握手をして食事が開始された。それと同時にココルルがアキラの膝の上に乗り、『くるしゅうない、よきにはからえ』と言い出した。
「なんだお前、俺にあーんしてもらいたいのか」
『あーん?なんだそれは?』
「知らないのか。ほれ、口を開けて、あーんと言ってみろ」
ココルルが一瞬怪訝そうな顔をするもアキラの言うことに従い、『あ、あーん』と言いながら口を開けた。
アキラはその口に大きな肉の塊を焼いたものを入れてやった。
『…!?むがっ、これはどういうことだアキラ!もぐもぐ……口を開けて、あーんと言えば食べ物が来るのか!??』
「まあちょっと意味は違うけどだいたいその考えで合ってるよ」
その様子をだらーっと見ていた我が家のたれどらごんが頭をポンポンと叩いてきた。そして『あーん』と言いながら口を開けている。
「ほらルフニールも。あーん」
『あーん、んもっ。』
ルフニールには肉を香辛料と塩でじっくり煮込んだ物を食べさせる。するともっちゃもっちゃと肉を食べてまた頭をポンポンと叩いてくる。次の催促という事だろう。
ルフニールとココルルにそれぞれ次の食べ物を与えていると、シンシンがアキラの右頬をきゅっとつねってきた。
「あー、ごめんよシンシン。ほらシンシンも、あーん」
『うきゅきゅ!あーむっ!』
嬉しそうに小さな口を開けるので焼き魚を一口運んでやった。
『あーきーらー、次っ!あーん』
『(頭ポンポンポンポンポン)』
『うきゅうっ!』
「あー、もうわかったよ。っておい、またかよ…。だぁーッ!もう、俺が食えねー!!」
「はっはっは、精霊と仲がいいのは喜ばしいことだな」
少しずつちびちびと料理を口に運びながらキールが笑う。
そしてメロディの方を見ると。
「あ、ああ、あーん」
「口開けっ放しでなにやってるの…」
メロディが口を開けたままの格好でこちらに向いていた。
「アキラがあーんしてくれないからずっと待ってた、あーん」
「はしたないでしょ、口を閉じなさい。それに俺は全然食べてないんだぞ」
するとメロディが何か閃いたようで、手をぽんと叩いた。
そしてフォークに野菜を刺してアキラの口元に持ってきた。
「ごめんねアキラ、気付いてあげられなくて。はい、あーん」
自分がいざされるとなるとこっ恥ずかしいものだが、ここはメロディの好意に甘える事にした。
「あ、あーん…」
「はい、あーん」
こうして食べさせてもらいながらもココルルたちに食べ物を与える。傍から見れば変な光景であることは間違いないだろう。
「どう、おいしい?」
「おう、美少女からあーんしてもらってんだぞ。格別だぜ」
それを見ていたキールが突然に変な事を言い出した。
「他者に食べさせてもらうと、おいしくなるものなのか?検証したい。アキラ、俺にもあーんしてくれ」
「は?」
「ダメ!アキラ、次はあたしがあーんされる番」
「いやいや、状況がだね」
『アキラ!次はまだですか!あーん!』
『(頭ポンポンポンポンポン!)』
『うきゅきゅう!』
「結局俺が食えねーーッ!!」
そんな感じで夕食は続き、頼みすぎた料理が全て消化できた所でお開きとなった。
酒場から出るとココルルたちはマナへと変換、休眠に入っていった。
「精霊とはとても不思議だな。是非故郷の皆にも見せてやりたいな。そうだ、落ち着いたら我が祖国シッフルに来てくれ。きっとみんな喜ぶ」
「おう!もちろん行かせてもらうぜ!」
再度キールと熱い握手を交わすアキラ。もう辺りはすっかり暗くなっており、メロディもさっきからあくびを連発している。ここで切り上げるのが良いだろう。
「おお、そうだアキラ。俺から提案がある」
思い出した様にキールが話し始めた。
「アキラとメロディは、精霊術師と魔術師だろう?そして俺は戦士だ。遠近対応の三人で組めばきっと魔獣ハンターとしてうまくやれると思うんだ。なにより俺はお前たちの力になりたい」
キールは正直だ。思ったことを隠さない、いい意味で裏表のない奴だ。
そんな彼の提案を断れるわけがない。
「いい考えじゃないか。俺は賛成だ。メロディは?」
隣のメロディを見やると少しふくれた顔をして立っていた。
「大丈夫だメロディ。俺は世間知らずではあるが察することができないわけではない。お前たちの邪魔はしないよ」
「ならいい」
アキラには何のことかわからなかったが、メロディとキールはアイコンタクトで分かり合ったようだ。直後には腕を組み合って何かを称え合っていた。なんだこいつら…。
「登録証が発行されたら連絡くれ。この先にある「グリズリーの洞穴」って宿に泊まっているからな」
「わかった。登録証がもらえたらすぐにでも寄らせてもらう」
キールとはそのまま酒場の前で別れて宿へと帰っていった。
宿まで帰るとすぐ部屋に入り、倒れるようにベッドに潜り込む。
今日は移動後にいろいろあったし疲れた。このまま夢の世界に…ん?
背後でごそごそと布団の中に侵入してくる者がいる。
「メロディさん、なんでこっちのベッドに入ってきてるんですかね」
「えっ?アキラ、この寒い中布団なしで寝ろって言うの?さすがにそれは」
ん?待て待て。フェルゼーがちゃんと二人分の宿を手配したと言っていたはずだ。
まさかベッドも布団も一組しかないなんて事が。
「アキラ?この部屋ベッド一つしかないよ?」
「あのジジィィィィィイーーーーー!!!」
変な気の回し方をしたフェルゼーへの恨み言を最後にアキラは眠りへと落ちた。
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