第十一話 『東の森の緊急事態Ⅰ』
午前中の早い時間にフェルゼーの使いの精霊が訪ねてきた。精霊が持ってきたのは身分証と魔獣ハンター登録証。メロディ曰く「すごく早い対応」らしい。通常なら10日間から30日間かかる手続きをフェルゼーの権限で即対応してくれたというのだ。
「よっし、じゃあキールの所に行くか!」
「待ってアキラ、あたしお風呂に入りたい」
そういえばそうだ。ここ数日は水で濡らした布で体を拭くだけで済ませていたのでさすがにゆっくりお風呂に入りたい。それにはもちろんアキラも同意で。
ここの宿はフェルゼーが手配してくれただけあって部屋ごとに小さな風呂が設置してある。
「そうだなー。風呂には入らないとな!んじゃあ、先に入ってきなよ」
「うん、アキラ。一緒に入ろう」
「は?」
「一緒に入ろう」
「いやいやメロディ?普通に考えてだな」
「入ろう」
「い、いや…あのですね…」
一度、深呼吸をして言葉を選ぶ。この場を切り抜けるにはどうしたいいだろうか。
普通であれば「イヤッホーーイ混浴混浴――!!」と喜ぶ所であるが、ここは別世界。
それにメロディが何を考えているのかがたまにわからないので下手な行動はできない。
それにもしメロディがいろいろ本気だとしてもアキラ的にはもっと誠実にいきたいのが本音である。
「あのなメロディ。男女が一緒に風呂に入るってのはたとえ恋人だったとしてもそれなりに段階を踏んでから行われる神聖な儀式だ。それを飛ばすのは俺の信条に逆らう。だから今回は一人で入ってくれ」
「わかった」
「意外に即答!!??」
意外と物分りのいい娘である。
「わかったアキラ。ゆっくり段階を踏んで行きましょう。まずはお風呂から」
「あ、ダメだコイツ話聞いてないや」
そうやって宿の一室でわちゃわちゃしていると頭に軽い重みが加わる。
上を見るとたれどらごんがだらーんとしていた。そう、休眠状態から覚めたルフニールである。
『どれメロディ、吾輩に耳を貸しなさい』
アキラの頭の上からパタパタと飛んでメロディの桃色の髪へと着地する。
そして首を伸ばしてメロディに耳打ちをした。時折こちらをちらちら見ながら。
しばらくするとメロディの顔が真っ赤になり彼女もアキラの事をちらちらと見始めた。
一体何をこそこそと話しているんだ…。
すると話し終わったのかルフニールが再びパタパタとアキラの頭の上に戻ってきた。
『首尾は上々だ』
「ごめんねアキラ。あたしアキラの気持ち全然知らなかった…」
メロディが顔を紅潮させたままもじもじとしている。そしてじりじりとにじり寄ってくるのだ。ちらと上のルフニールを見るとそっぽを向いて口笛を吹いていた。
そしてアキラの目の前まで来たメロディに腕をガッチリ掴まれてそのままずりずりと風呂場へと引きずられて行く。
その間にルフニールはパタッと一羽ばたきしてアキラの頭から離脱していった。
「おい、ルフニール!首尾は上々って言ったよな!?上々か、コレェ?おい!ルフニール!!」
『わ、吾輩はちゃんと説得したぞ!?ピュッ、ピュ~ヒョロ~』
そう言って、また下手な口笛を吹き始めた。
それよりもアキラを引きずるメロディの鼻息が荒い。ちょっと怖い。
「おい、ルフニール!ルフニーールゥ!!ルフニィィーールゥゥウ!!!」
バタン!と、風呂場と部屋を仕切る木製の扉が閉められた。部屋に響くのはアキラの叫び声だけである。
「ああっ、メロディ、そんないきなり。ちょっ!そこは!そこはまだダメ!」
「アキラ、ここまで来たんだから観念して。ルフニールに許可はもらったのよ」
「やっぱルフニール貴様の仕業かァ!!ああっ、もうやめてぇ!」
ルフニールが小さな手で自身の耳を塞ぎ、アキラの声を聞くまいとしている。
『うう…、許せアキラ。だがここはメロディの気持ちを汲んでやるのが男ぞ…』
「キィィィーーーーヤァァァーーーーーーアアアア!!!」
最後の大絶叫を最後にアキラの声は聞こえなくなったのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここは宿屋「グリズリーの洞穴」の一室。
「なるほど、それでここまで意気消沈しているのか」
魂を抜かれたようなアキラと変に肌がつやつやしているメロディを前に、キールが納得のポーズをする。今朝の事はルフニールが説明をしたのでおおかた把握したわけだ。
『うむ。だもんでせっかくだが行動するのは昼食後にしてくれないか』
「あいわかった。ゆっくり昼食を摂ってからでも遅くはないだろうから、のんびり行こう」
今日はアキラが魔獣ハンターとしての初陣を飾る予定にあったのだが、今朝の一騒動で思っていたよりもアキラがダメージを負ってしまった。
時折、「そこはらめぇ」とか「ぱふぱふが…ぱふぱふが…」とうわ言を言う始末。
そんなアキラの頭を変な笑顔でなでているメロディと二人セットで見るととても怖い光景である。
「と、とりあえずこの部屋で休んで行けばいい。ベッドも余分にあるしな。それに」
キールは防具を準備しながら言葉を続ける。
「今日の依頼は、なかなかに骨が折れそうだ。万全の状態で挑んでもらわんとな」
『念のため内容を聞いておこう。いや待てよその前に』
ルフニールが小さなドラゴンから人の姿になる。今日も昨日と同じ着物を着崩した女性の姿だった。
「で、今回受けているのはどんな依頼だ。吾輩に聞かせるのだ」
「おう、心して聞いてくれルフさんよ。今回の依頼はオーク集落を潰すってヤツだ」
「ほぉ、面白い。だが何故Fランクハンターの依頼にそんなものがある?」
キールは神妙な面持ちで説明を始めた。
「それがだな。言うに憚れる話でもあるんだが、ルフさんはオークの性質は知っているよな?」
「うむ、雄しかおらんオークはしばしば他の生き物の雌を攫って子孫を残そうとするが、それの事か」
「そうだ。で、最近東の森に大きなオークの集落があることが判明した。近くの村や町の人間が襲われているらしい」
「なるほど人にまで手を出してきよったか」
オークが魔獣である以上集落を一つ消した所でまたどこからか湧いてしまうわけではあるが。
危険魔獣指定されているオークは、集落ごと潰すのが魔獣ハンター協会では鉄則となっている。
「普通は人は襲われないんだが、ある程度の規模を持つと奴らは見境なく襲うようになる。東の森の集落は大きくなりすぎたみたいでな。少し前にBランクハンターの一団が討伐に行ったんだが、帰ってこなかったみたいだ」
「異常事態と言うわけか。調べる必要があるな」
「それで高ランクのハンターたちも恐れてしまってな。東の森に寄り付かなくなってしまった」
「それで低いFランクハンターにこの仕事が回ってきたわけか、なるほど」
キールの説明にルフニールが頷く。近隣の村の女は今も眠れない日々を送っている事だろう。それにこの依頼。
「アキラの成長にうってつけだな、宿ヤドシから纏マトイまで進めるやもしれん」
「俺も全力でいくからな。アキラが復活したらまた改めて話そう」
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからしばらくして昼下がり。
東の森へ向かう道中の事。
「へー、えっちぃ魔獣もいるんだな」
「深刻な問題なのだ、アキラ。我々で終わらせよう」
「おう!」
アキラとキールがガッチリ腕を合わせる。
王都の東門を抜けて一つ目の村までを馬車移動。その後は歩きで東の森まで行くという道程だ。
「でも初陣がBランクハンターでダメだった依頼だなんて、大丈夫かなあ…」
「アキラは大丈夫。いざとなったらあたしが守るから」
そんなあなたは死なないわ的なセリフを言ってくるメロディも、当のアキラでさえも普段着にローブを羽織っただけの格好である。
対してキールは他の部位こそ薄い装甲なものの、手足には金属製の手甲や足甲を装備している。
どうやらそれがキールの武器であり、防具であるらしい。
「なるほどかっこいいなキール。獣の戦士って感じが最高だぜ」
「そう言うアキラもシノノメの刀に魔法銃まであるじゃないか。えらく良いものを揃えたんだな」
互いの装備を褒めあっているとメロディが二人に声をかけた。
「シッ!魔獣の気配。たぶんこの感じはオーク」
「なっ、まだ森の入口だぞ!?もういやがるのか」
キールが驚きを隠せない顔で手甲を構える。
三人がゆっくりと気配を殺して森を進むと少し開けた場所が見えた。
「いた…!凄い数…」
「あれがオークか…?本当にすげえ数だな」
目の前に広がるオークの集落とその規模に唖然とするアキラたち。
今一度物陰にてこれからの動きを確認する。
「よし、では作戦Bだ。二人共いいかい?」
アキラの問いに二人が強く頷く。
「ではオーク集落殲滅作戦、開始!!」
アキラの初めての闘いが今まさに始まったのだった。
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