第九話   『獅子の王子キール』

 宿まで案内をしてくれた風の精霊に別れを告げて、アキラとメロディは夕食を求めて町をぶらぶらしていた。さすがに王都の宿場街、人も多くどこの酒場もいっぱいで入れないのだ。



「参った。これじゃ飯にありつけないぞ」


「本当に困ったわね」



二人が頭を抱えているとアキラの右肩で水がぴちょんと跳ねる。



『うきゅきゅ!』


「ん?あそこに空いてる酒場があるって?」



シンシンが指差す方向には少し古い建物の酒場があった。だが看板には「亜人専門店」と書かれている。



「シンシン、ありゃ亜人専門だ。僕らは入れない」


『うきゅ、うきゅきゅ!』


「ええ?大丈夫だから行ってみろって?」



本当に大丈夫なのだろうか。恐る恐る扉をくぐって声をかける。



「すいませーん、二人なんですけど……」



すると奥から鹿の顔の獣人族で更にゴリゴリマッチョな男が出てきた。



「なんだおめえら?ここはなぁ亜人しか来ちゃいけねぇ……ん?」



急に黙ったかと思うと鹿男が怪訝な顔をし始める。



「いや、大丈夫だ。お前さんたち混血か。入んな」



鹿男が急に態度を変えて酒場へと迎え入れてくれた。

それよりも混血ってどういうことだろうか。


机についてトカゲ顔の店員に料理を注文している間にメロディがぽつりぽつりと話し始めた。



「あたしね、おばあちゃんが魔人族なのよ」


「ほー、そうなんだ。ご両親は?」


「お母さんが人族と魔人族のハーフ。お父さんは人族。だからあたしは4分の1魔人族ってことになるね」


「なるほど。でもあれ?なんで俺も入れてもらえたんだ?いやそもそも俺の種族って…」



その時、ガタンッと少し離れたテーブルでフードをかぶった獣人の男が立ち上がった。

その脇には二人のフードをかぶった獣人が武器に手を添えて立っていた。


なんだなんだと見ていると、脇に立っている二人が獣人の男に話し始める。



「全く、あまり我々の手を煩わせないで欲しいですニャー」


「少々手荒い真似にニャりますが、大人しく来ていただきますニャー」



ただ事ではない。まずあの男たちの語尾がただ事ではない。そして状況から察するに獣人の男はあの二人に命を狙われているのかもしれない。

そう思うと行動せずにはいられなかった。幼き日よりヒーローモノのアニメを見てきたアキラの心に根付いた英雄気質がここで発揮された。



「メロディ、動くぞ」


「うん、わかった」



アキラの一言でメロディもどうするべきかはわかったようで、懐から杖を取り出して短く魔術を唱えた。



「サーペント・スペル・バインド!!」



武器に手をかけた男たちの足元からマナで作られた蛇が伸び、彼らを縛り付けた。



「ぬぐっ!ニャんだこれは!?」


「今だ、逃げるぞ!」


「―――!」



アキラの言葉に獣人の男は無言で頷いた。フード付きのローブを羽織っているので表情は見えない。だが悪人ではなさそうだ。


三人は酒場を抜けて大通りを走る。

しばらくして追手の二人がメロディの捕縛魔術から抜けて追ってきた。



「待つニャー!!」


「アキラ、速度をあげよう」



メロディはそう言うと風を足に纏って走る速度を上げた。フード付きローブの獣人も走る速度をぐんと上げていく。アキラはみるみる二人に置いていかれる形となった。

だがアキラには秘策があった。



「何の、俺だってなあ!母さんに教わった、徒競走の必勝走法があるぜ!」



アキラの両足が特殊な走法によってゆっくりとした動きになる。

これが、小学生の頃に母親である霜月霖に教わった「霜月家かけっこ必勝走法」である

結果的にこのアキラの特殊な走り方でも規格外の二人に付いていく事ができた。

そしてそのまま町外れの方まで三人は逃げていった。


後に残されたのは追手の二人の獣人。二人共息が上がっており、これ以上の追跡は体力的に無理だ。



「ま、まったく、とんでもニャいのに出会ってしまったニャー」


「もう、無理ニャー。しばらく休みたいのニャー」



遠くなる三人を遠目に、二人はその場にへたり込んだのだった。




◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




町外れの林の中、三人は息を整えていた。

長い時間マナを消費し続けたメロディも随分と疲弊していたし、生身で走っていた二人はもちろんの事だった。



「はあ…とりあえず、逃げ切れたな…ふう…」


「もうあたしお風呂に入って寝たい」



メロディの言葉に心のなかで同意する。先程の騒動で夕食を食べ損ねているが、もうそれもいらない程に疲れた。二人は休みたいの一心であった。

二人のそんな様子を見て、ここまで言葉を発していなかった獣人が喋った。



「すまなかったな。助けてくれてありがとう。最近魔獣ハンターとして登録したばかりでまだFランクなんだが、あいつらに捕まるとせっかくなれた魔獣ハンターを辞めさせられる事になっちまう」



自己紹介をしながらフードをとったその顔は、トラのようにも獅子のようにも見えた。

一番近いのはヒョウとかチーター系の顔であろうか。



「それにお前さんアキラと言ったか。先の走り方、俺が昔世話になった人の走り方とよく似ていて懐かしい気持ちになれたよ、ありがとう」


「ん?そ、そうか。いや特に何かしたわけでもないけど、どういたしまして…?」



キールは金色の毛並みを麦穂のように揺らしてアキラに向き直った。



「改めて挨拶をさせてもらおう。俺はキール・ラグストってんだ。駆け出しの魔獣ハンターだ、よろしく頼むぜ」



差し出された手はふかふかで肉球がある。体はアキラより少し大きいくらいだが、差し出された手はとても大きい。



「アキラ・シモツキだ。魔獣ハンターを目指してるがまだ登録証がない。一応魔術師ではなく精霊術師でやっている。よろしくな!」



二人が熱く握手を交わす。

続いてメロディが握手を交わす。



「メロディ・リンデット。そのうちメロディ・シモツキになります。魔術師です。イエイ!」


「お、おお!精霊術師と魔術師のカップルか。なかなかお似合いじゃないか。よろしくな!」



メロディの冗談に正直に反応してしまうあたりキールもまた素直な性格なのだろう。

アキラとしては真面目や素直と言った類の人間は好意を抱く対象である。



「今日から友達ってことで、いっちょよろしく頼むぞキール!」


「と、友達、かあ…」



アキラの友達宣言に対して何か思いに耽るキール。



「ああ、俺たちは友達だ。仲良くやろうぜアキラ!」



今一度固く握手を交わしたその時だった。




「探しましたニャー」


「こんニャ所まで来てるとは思わなかったですニャー」



先程の追手の二人がついにここまで追いついてしまった。



「ぐっ、お前ら…!」


「そんニャ顔されてもこっちも必死なんですニャー!」



人の命を取ろうとしている奴が何を言うかと言葉が喉まででかけた。横にいるメロディも杖に手をかけて土を強く踏みしめている。

しかしその後の獣人二人の言葉でそれは飲み込む事になった。



「キール王子!いい加減わがままはやめて帰るですニャー!」


「キール王子!あまり国王を心配させてはダメですニャー!」



……………へ?…キール王子?

アキラの困惑を他所に獣人の二人がフードをとった。二人の顔は、よく知るネコ科の可愛い生き物で一般的にもペットとして愛されているあの、ってか猫だった。



「俺は帰らないぞ。父上には既に申し上げている」


「そんニャ事言わず、帰って国王様に元気ニャ顔を見せるんですニャー」


「みんニャ心配していますニャー。帰るですニャー」



先程まで極悪人に見えていた二人も、こうなると可哀想な猫にしか見えない。おろおろと手を振りながらキールの説得を試みる。しかしキールは依然として主張を変えない。



「俺は帰らん。王になるのは、兄さんがいるだろう。それに……。生まれて初めて友ができたのだ。俺はまだ帰りたくない」



その言葉に二人の猫獣人は黙ってしまった。

キールの言葉にどれほどの意味があったのかはわからない。だがこの場において国へ連れ戻そうとしている二人を黙らせるにはとても大きな効果があったようだ。



「わかりましたニャー。このニャモ、今のキール王子のお言葉を一言一句違う事無く国王様にお伝えしますニャー」


「このニャフタス、右に同じくキール王子のお考えを尊重することにいたしますニャー」



猫獣人の二人は少しさみしそうな顔をする。きっと二人共キールの事を本当に大切に思っているのだろう。



「すまないな、今は夢を追いたい。だがいつかは帰る。それも父上に伝えてくれ」


「御意、ですニャー」


「Just do it!ですニャー」



え、何、そのジャストドゥーイット流行ってんの??



「くれぐれも病気や怪我には気をつけるんですニャー」


「心苦しいですが我々も本国で仕事があります故、帰ることにしますニャー」



そう言うとニャモとニャフタスは踵を返してその場から去っていった。

嵐のように過ぎ去った出来事に安心していると、キールが罰が悪そうに言った。



「と、とりあえず飯でも食い直さねえか?」



そんなどこかで聞いたことのある言い回しにアキラとメロディは笑い合ったのだった。

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