第八話   『ルフニエル王宮の床磨き』

「ところでルフニール。この神竜門って何なんだ?」



今まさに件の神竜門の前までやってきたアキラたち。

この神竜門はルフニエル王宮の上部、庭園のように草花を整えてあるバルコニーのような中庭のようなそんな場所にある。巨大な木製の扉には竜を始め、様々な生き物の姿が彫られている。これほどに大きな門であればルフニールが巨大な竜の姿であっても王宮へ入ることができるだろう。



『うむ、これはだな、初代の国王が吾輩の出入り口として作った門だ。まあこんなもの作らずとも下から普通に出入りしていたがな』



人の姿のルフニールが何食わぬ顔で城門を出入りする光景が容易に想像できた。

それにルフニールは気配を遮断する魔術を使うことができる。誰にも知られずに王宮を出入りする事くらい簡単なはずである。



『むっ、やっと来たか』



ルフニールの声で、しばらく庭園を見渡していたアキラが神竜門へと意識を向けた。

重厚で頑丈な二枚開きの門がゴゴゴと音を立てて開きはじめる。ゆっくりと時間をかけて門が開き放たれると、中から数人庭園へと歩いてきた。

一人は豪華な服に冠、そして白い口ひげといった「私が国王です」と言わんばかりの格好。

お付きの4人もそれぞれある程度お年を召した風貌をしていた。



「よくぞ戻られました、神竜ルフニールよ」



真ん中の国王らしき人の声だ。続けてすぐ右隣にいる禿頭に顎髭を生やした男が話す。



「奥の広間にて、お茶を淹れております。どうぞごゆるりと」


『いや、良い。それよりも床磨きはいるか?』



ルフニールの返しに国王たち五人も引きつった顔をした。ルフニールの言う床磨きとは何だろうか。



「彼なら今は東棟の厠の前かと思います」



国王の左隣の肥えた男が答える。



『うむ、わかった。茶はまた今度飲みに来るでな。それでは…』



そう言ってルフニールの体が小さく変化し始めた。休眠に入る時にマナ化するのと同じ要領である。

ルフニールの体は普通の人間と同じ大きさとなり、姿を昨夜の白髪交じりの総髪の壮年男性に。



「ふう、これでよいな。さて行こうか」


「え?誰…?」



否、黒髪ロングでシノノメ服を着崩したナイスバディーな女性へと変化したのだった。

それにはアキラもメロディでさえも困惑を隠せない様子であった。



「誰とはなんだ誰とは。吾輩だ、ルフニールだ」


「えっ……ルフニールって女だったの?」



アキラの質問に対してため息を吐いた後、頭をかきながら説明を始める。



「あのな、吾輩くらい長く生きるとな、雌雄の区別なんぞ曖昧になってくるんだ。吾輩にとっては雄も雌も違いがない。故に人の姿になるときも気分で変えとる」


「はえー、そっか、とりあえずは理解した」



ルフニールが両方の性別を持っているのはそういうものだと無理矢理に理解して頭に叩き込んだ。そして話を本筋に戻すことにする。



「ところでルフニール。さっき言ってた床磨きってなんぞ?」


「まあ、会えばわかるとだけ申しておこう」



神竜門から入って右側、東棟の厠へと歩いていく。例の床磨きなる人物を求めて。

東棟に入ってしばらく歩くと不意に後ろから声をかけられた。



「ほっほ、これわしは後ろじゃ」



振り向くと作業服にデッキブラシのような掃除道具を持った小柄なお爺さんがいた。

白髪に白い髭をこれでもかと伸ばしており、あまり小綺麗にしているとは言えない。



「久しいな床磨き。相変わらず姿を隠すのがうまいな」


「なあに、お前さんほどじゃないさ。まあ立ち話もなんだ、わしの部屋に来るといい」



床磨きと呼ばれる老人に連れられ、三人は「用務員室」と書かれた扉の中へと入っていった。




◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 中に入ると老人がお茶を出してくれた。用務員室はいろいろな物で溢れかえっていたが割と整理されている状態であり、普通に過ごす分には問題ないくらいだった。

また生活に必要な布団や椅子など詰め込んである所を見ると、どうやら老人はここで生活をしているらしい。冷蔵庫やテレビこそないが、年寄りの一人暮らしの生活感漂う空間であった。



「どれ、そこのお二人に自己紹介をせねばならんのう」



もちろん二人とはアキラとメロディの事である。老人は座布団のようなクッションに座ったままゆっくりと話し始めた。



「わしは床磨き。ただの王宮の清掃員じゃ。趣味は、まあ仕事でもあるが王宮の庭園の手入れ。見ての通りただのジジイじゃ、よろしくの」



そう言って手を差し出してくる床磨きをルフニールが一喝する。



「正直に言え床磨き。いや、ルフニエル王国初代国王、フェルゼー・シュトラーン・ルフニエル」


「ええええっ!!!」



普段はスーパークールガールのメロディでも驚愕してしまうほどの事実。

300年前にこのルフニエル王国を建国した二人が今この空間に集っているのだ。



「なんじゃルフニール。勝手にバラしおって」


「ず、随分と長生きなんですね…」


「そりゃそうじゃ、ほれ、これを見よ」



アキラの疑問に対してフェルゼーは自身の耳を見せた。それは少しだけメロディの話に出てきたごくわずかしか生き残りのいない長耳族…つまりエルフのものであった。



「わしら長耳族は長命じゃ。平均で500年程かのお。わしもあと50年は生きるじゃろうな」


「なるほどなるほど」



ファンタジーに聞くエルフの登場にアキラのテンションが上がっている所でメロディの質問が入る。



「失礼でなければですが。何故清掃員に扮しておられるのですか?」


「よい質問じゃのお。フェルゼー印一枚あげちゃうぞい」



そう言ってフェルゼーが謎のステッカーをメロディのとんがり帽子に貼り付ける。

フェルゼーの笑顔が描かれた何とも言えないステッカーであった。



「少し長くなるが、老いぼれの戯言だと思って聞き流してくれると良い」



フェルゼーはゆっくりと語り始めた。



「わしは昔、それこそ300年以上前じゃ。長耳族の里を飛び出して旅に出たんじゃ。その時のわしはいろいろと若かった。きっと世界は美しいもので、楽しくて幸せなことがたくさんあると、そう信じて疑わんかった。じゃが当時の世界は今よりも亜人に対して冷たくてのお。わしも幾度となくひどい目にあったものじゃ。

そんな中でわしはルフニールと出会う。ルフニールもまた人族の亜人への態度に心を痛めておってのお。わしらは決めたんじゃ、ここに全てが平等な国を作ろうと。そして紆余曲折はあったがなんとか国を興すまでに至ったんじゃ。国ができたのなら王が必要になる。じゃがわしのような亜人種が王になっては多少なりとも角が立つ。そこで人族の者に王として立ってもらったわけじゃ。

わしは確かに初代国王ではあるが、表に立ったことなどない。一般的には建国だけして死没した事にしておるわけじゃ」



そんな生き方が可哀想だとは思わない。むしろ頭のいいやり方であったと素直に思う。いつの時代でもどんな世界でも、賢い人というのは自分の事を誰よりも知っている人なのだから。



「む?お主今わしの事を頭のなかで高評価したのお?フェルゼー印一枚進呈!!」



アキラの左肩にバチコーン!と笑顔のフェルゼーの顔が描かれたステッカーが貼られた。

なんなんだこの謎アイテムは。



「まあこういう戯れはいいとして、お前さんたちわしに頼み事があって来たんじゃろう?」


「フェルゼーは相変わらず話が早くて助かる」


「風の精霊たちが噂しておったわい。竜が王宮に向かってくるーとな。それでおおむね状況はわかっておったぞい」



ルフニールに対して「当然じゃわい」とウィンクするフェルゼー。

そしてウィンクをしたままルフニールにフェルゼー印のステッカーを貼り付けた。額に思い切りバチコーンと、ラリアットの要領でフェルゼー印を貼られたルフニールがそのままの勢いで木箱の山に突っ込んでいった。


一瞬の出来事にアキラとメロディが反応できないでいるとルフニールが崩れた木箱の山から這い出てくる。



「この耄碌ジジイが、どうやら吾輩と喧嘩がしたいみたいだな」



ルフニールの手には女ルフニールの笑顔ステッカーが握られている。

えっ、何この展開…。アタシ付いていけない……。



「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおら」


「ほれほれほれほれほれほれほれほれほれほれほれ」



想像していただきたい。

灰色の作業服を来た白髪の爺さんとシノノメ着物を着崩した女性が凄まじい速さでステッカーを互いの体に貼りつけ合っている。

二人の手が残像でしか見えないほどに高速で動き、相手の隙の生じた瞬間にステッカーを貼り付ける。何の意味があるのかわからない死闘を二人は続けていた。



「これ終わると思う?」


「少し待つ必要があると思う」



アキラとメロディは顔を見合わせて二人同時にため息をついたのだった。




◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 長く続いた死闘は互いの体にステッカーを貼る余地がなくなってからようやく終わりを迎えた。



「フゥ…フゥ…フェルゼー…貴様衰えていないな」


「お主もな、ルフニールよ」



最後に二人は強く熱く握手を交わしてそれぞれその場に倒れこんでいった。


いや、本当に何なのこれ?



「どうすんのルフニール?頼み事できないじゃん!」


「心配には及ばぬぞ少年よ。頼み事はしかと聞き届けた。既に手配済みじゃ…。わしらは拳で語り合うんじゃよ…」


ルフニールに悪態をついたアキラにフェルゼーが答えた。



「あとは風の精霊にまかせておる。宿屋も手配済みでその子達が案内してくれるから安心するぞい」



そしてフェルゼーもルフニールも仰向けのままゆっくりと目を閉じた。



「楽しかったぞい。また遊びに来るがよい」


「気が向いたら、また寄らせていただこう。気が向いたら、な…」



その後は力を使い果たして動けなくなったフェルゼーをベッドに寝かせてから用務員室を後にした。



ルフニールも力を使い果たしているのでアキラの頭の上でたれどらごんと化している。

やれやれと思いつつもアキラとメロディは小さな緑色の光を放つ風の精霊に案内されて宿へと向かったのだった。

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