第七話 『王都ルフニエル』
夜明け前に目が覚めた。おそらく気候的には春に近いのだろうが朝夕はめっきりと冷える。その上今毛布に入っているのはアキラ一人だけではないのだから、肌寒い外に出て活動しようなど思えないのも正直なところであった。
「よし。今日は抜けられそうだ」
今の状況を見てそう確信する。今日は昨日のようにメロディの拘束がなく、その反対側に眠るシンシンもぐっすりすやすやと寝息を立てている。
二人を起こさないようにゆっくりと毛布から這い出て、屋根付きの馬車の外に出ようとした時だった。
「アキラ……起きた…の…?」
シンシンを起こしてしまったみたいだ。その場でむくりと起き上がり、目をこすっている。
「ああ、ごめん。起こしちゃったか」
「精霊…は、契約者と…共に…ある。アキラ…が目覚め…れば私達も起きる」
「そうだったのか」
精霊は契約者と感覚をある程度共有する。これは宿主である契約者に迫る危険を察知する為の精霊の性質らしい。
「日が昇るまでにご飯の準備してくるよ」
「私…は…?一緒に…行く?」
下唇に人差し指を当てて首をかしげるシンシン。
「大丈夫。いざとなったら呼ぶから、ゆっくり寝てて」
「うん…わかった……」
そう言ってするすると毛布に入り込んでメロディへと身を寄せてまた眠りへと就いた。ものすごい寝付きの良さである。
そうしてアキラは二人を背にゆっくりと馬車から降りたのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あれ?今日はココルルはいないのか?」
朝食をつつきながらアキラがシンシンに向けて聞く。
シンシンも前ほどの狼狽え方はしなくなり、静かに答える。
「日替わり…の交代制で…アキラを守る…って…三人で決めた…から」
「なるほど、って事は明日はルフニールか」
週に二日、又は三日の仕事だと思うとすごく楽に思えるが精霊がマナによって生きる生物である以上はマナをある程度蓄える必要もあるらしい。つまりは彼らにとっては死活問題でもあるわけだ。
「私は…小さくなって…肩にいる…し、何かあれば…みんな出てくる…から」
「わかった。頼りにしてるよ」
それを聞いてシンシンは嬉しそうに食べ終えた皿を操った水でキレイにして、体を小さくしてアキラの肩へ飛び乗った。
まだ早い時間だがそろそろ王都へ向けて出発をしなければならない。
と言うのも、一番近い出入り口である王都ルフニエル南大門から王宮までの距離が相当にあると言うのだ。できれば早めに門をくぐって早めに魔物ハンターの手続きを終わらせたい。
『そういうことなら門をくぐった後、吾輩が出よう』
今は小さなたれどらごんと化してアキラの頭に乗っているが、かつてルフニエル王国の建国に携わった神竜ルフニール。
彼が唐突にそんなを提案した。
「ん?ルフニール何かいい策があるの?」
『我輩に任せておけ。言うなればこの国は吾輩の国と言っても差し支えないものぞ。なんとでもなる』
長くこの国を見守ってきたというルフニールが言うのだから大丈夫なのだろう。
着き次第おまかせすることにした。
「兎にも角にも、出発進行―!!」
「おーー!!!」
『うきゅう!』
アキラの掛け声にメロディとシンシンが元気よく返事して、一行は南大門へ向けて出発したのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はえ~、すっごい大きいなー」
思わずそんな抜けた言葉が出てしまうほどに立派な城塞都市だった。
もうここが一つの国だと言われても納得してしまう程の規模であった。
出発してからそこまで時間はかからず、なんとか朝市が開き始めるよりも前の時間に王都ルフニエルの南大門へとたどり着く事ができた。
王都ルフニエルが抱える四つの出入り口のうちの一つであるこの大門も多くの人が行き交っており、衛兵がひっきりなしに王都へ入る者の情報を帳簿に書き写していた。
「まだ少ない方だね」
呆然としていたアキラにメロディが言った。
これでもまだ少ない方だと言うのか。
「ま、まあ幸いにもまだ人はそこまで並んでないからちゃちゃっと抜けちゃおう」
「そうね、早くやること終わらせちゃおう。久しぶりに買い物もしたいし」
アキラたちは外にある馬車組合の出張所で御者と馬に別れを告げると、王都へ入る人たちの列へと並んだ。
「意外と早く進むもんだな」
「身分証があればすぐ通してもらえるよ」
「えっ、なにそれ…」
ここに来てアキラはメロディの言う身分証の類を持ち合わせていない事に気付いた。
当たり前である。プリフィロの町での一騒動の後すぐにここまで来たのだから、そんなもの持っているはずがない。
「えええ…どうしたらいい…?」
「とりあえずあたしが話をしてみるわね」
そしてとうとう順番が来た。
「さあ、身分証を提示していただこうか」
ガチガチに鎧で固めた衛兵が身分証の提示を求めながら詰め寄ってくる。
「とりあえず、あたしのを確認してもらえる?」
「むっ、確かに。メロディさんはお久しぶりですね。ようこそ王都ルフニエルへ!」
衛兵が声高らかにメロディを歓迎した。
「ではでは俺っちも通らせていただき……」
「待て」
このまま流れで抜けれるかと思っていたが、やはり冗談は通じないみたいだ。
「身分証が提示できないのならしばらく牢に入ってもらうぞ。ルフニエル監獄の中で朽ち果てるが良い!」
「またそれどっかで聞いたセリフだなって、いやぁぁぁあああ!!」
プリフィロの町で屈強な村長の私兵たちに取り押さえられたのを思い出した。
またこの展開かよ!!もういい加減にしてくれ!!
と思っていると。
『そこまでにしていただこうか』
地の底から響くような声だった。この声の主を知っていなければ、アキラでさえも尻もちをついていたかもしれない。それほどまでに低く重く恐ろしい声だった。
それはもちろんルフニールの声であり、南の大門を覆うばかりの巨大な体を太陽の下に晒していた。
『よもや吾輩の事を知らぬわけではあるまいな?疑うのなら国王を呼べ。吾輩達はいくらでも待つぞ』
ちょっとした騒ぎが起きるのも仕方のない事だった。こんな人の多い場所にいきなり竜が現れたのだ。王都を守る衛兵たちも思わず武器を構えていた。
『もう良い、貴様らがそこまで恩知らずだったとは思わなんだ。一体誰のお陰で今平和に暮らせているのか理解していないようだな。話にならん。アキラ、メロディさん、吾輩の背に乗るが良い。あと貴様ら』
またしても底冷えするような低い声でルフニールが話す。その相手は竜が出たと武器を構える衛兵たちだった。
『王宮の神竜門を開けるように国王に即刻伝えよ。でなければ王宮の正面の風通しを良くしてやるとな』
アキラとメロディを背に乗せたルフニールは翼を広げて飛び上がり、王都を囲む巨大な壁を乗り越えて王宮へ向けて飛んでいく。
「竜が王宮に向かっていくぞ、全力で止め…」
「よい、下がれ」
この辺の衛兵をまとめる兵長の言葉は立派な髭を生やした騎士団長・マルクスによって阻まれた。
「しかし、マルクス団長…」
「よい、そしてあの竜の言うとおりに国王に申し伝えろ」
それに対し兵長の男は「ハッ!」と短く返事をしてから走っていった。
彼、マルクスの言葉はそれほどまでに影響力を持つ。
「神竜ルフニール。ルフニエルの守り神が戻ったということは、戦が起こるのだろうか」
王宮へ飛んでいくルフニールを見届けるマルクスが小さく呟いたのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うわぁぁぁああああ、こんな強硬手段だなんて聞いてないよ!!」
『当たり前だ、このような手段をとる予定ではなかったからな』
そんな会話をしながら巨大な竜が王都の上を飛んでいるものだからまた大騒ぎになるなと思っていたのだが、案外そうでもない。
『不思議な顔をしているが、当ててやろうかアキラよ。今、吾輩には認識阻害の魔術がかかっている』
「認識阻害?」
『うむ、吾輩と我輩に触れている者はこの魔術により他の者に認識されなくなる。そんな魔術だ』
「変な事に使っちゃダメよ」
そんな素敵魔術があるのかと感心している矢先にメロディに釘を刺される。
「そ、そんなこと考えてないし?」
「アキラやらしー顔してたよ」
『やれやれ、もう王宮に着くからな。舌を噛まないように』
ルフニールの言葉に意識を王宮へ向けて、気を引き締める。
王都の一番高い所に立つ王宮の大きく開かれた門へと、一行は降り立ったのだった。
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