第六話 『コロッケと女の友情』
気がつくと辺りは暗くなっていて、馬車は街道沿いの少し開けた場所に止まっていた。まだ明るいうちにうたた寝を始めたアキラにつられて、メロディも眠ってしまっていたみたいだ。
既に寝床や焚き火、食事の用意までされていて、アキラは少し離れた場所で見覚えのない三人と何かをしている。
「あの三人は誰だろう…」
既に寝ている馬と御者を起こさないようにゆっくりと馬車を降りて、アキラの様子を伺った。
一人は灰色の肩より少し長めの髪を三つ編みで一つにした毛皮の鎧を身にまとう少女。二人目は黒髪に白髪が混ざった総髪でシノノメ仕様の服を着た壮年の男性。最後の一人は流れるような水色の長い髪の若い女性。
なんとなく見覚えがある。と言うより考えの通りならばアキラと一緒にいる理由も頷ける。
「ココルルとルフニールと、シンシン?」
「おーっすメロちん、ようやく起きたかー」
近づいてガバッと肩を抱き寄せてきたのはココルルだ。
だけど、それよりも気になったのは。
「人の姿にもなれるんだ?」
「その通り!精霊ってのはご都合主義でできているんですぞ」
ココルルがくつくつと笑う。ふとアキラの方に視線を戻すとアキラが手を振ってきた。
「やあメロディ、ゆっくり休めた?」
「うん、おかげさまで」
「じゃあみんな、ご飯にするか」
「やっほーい!ごっはっん!ごっはっん!」
途端にココルルがはしゃぎ始める。この子は本当に食べるのが好きみたいだ。
それに対してやれやれと手をひらひらしながらルフニールが、びくびくとしながらシンシンも付いてきた。
「しかしアキラは上達が早いね。これなら纏いの段階に入るのも早いかも?」
「だが精霊術師としてはまだまだ未熟。これからの日々の鍛錬を忘れてはならん」
「わ、私は…アキラ頑張ってた…と、思うよ……?」
かつて大賢者に仕えた大精霊の三人が、アキラに対してそれぞれ評価をする。
メロディが眠っている間にアキラは何をしていたのだろうか。
「何かしてたの?」
「ああ、うん。まあ、ちょっと魔術とかの練習をね」
先程マナ制御を教えたばかりだと言うのに、もう魔術を使えるようになったのだろうか。
「まあまあそれはおいおい披露するとして、とりあえずご飯を食べよう。ココルルもこれ以上は我慢できないだろうし」
ココルルはぱちぱちと小気味よく焼ける魚に対してよだれをだらだらと流している。
だがそれはまだ序の口。アキラにはもう一つ秘密兵器があるのだ。
「ココルルよ、君はこの世界の飯だけで満足か?」
「あーもう我慢でぎな…ん?どういうこと?」
ココルルがよだれを垂らしたままキョトンとしてみせる。
「今日は俺が飯を用意したんだぞ。この世界にないものを作る事も容易いわ!!」
「ナンディストー!!」
ココルルはわざとらしくコテンと転んでみせる。こういう点ではアキラとは最高の相性なのかもしれない。
「あとは揚げるだけで出来上がる状態にしてるからしばし待たれよ」
メロディが出来上がる前のソレを見て思わず唾を飲み込んだ。
「あ、アキラ…それってもしかして…」
ちっちっち、と指を揺らすアキラ。
「出来上がってからのお楽しみですので、秘密って事で」
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あああああああああああああ!!」
それを食べた瞬間に奇声を上げたのはココルルだった。
「馬鈴薯がここまでおいしくなるなんて信じらんない!!」
「おいココルル口からこぼれてるぞ」
人間の姿のままでコロッケを頬張るココルルにアキラが注意する。
隣で黙々と食べているルフニールもコロッケは気に入ったみたいだ。
「うむ、これはうまい。異世界にはこのような料理があるのだな」
「…これ、おいしい、ね。私、こんなに美味しい…の…はじめて…」
シンシンも気に入ったみたいで少しずつ確実にコロッケを食べ進めていた。
「やはりあたしの目に狂いはなかったね。コロッケは魔性の食べ物」
「おおげさだよ。材料が揃えば簡単に作れるものだし」
「じゃあ今度作り方教えてね。あたしも作れるようになりたい」
実際作り方だけ知ってしまえば後は簡単なものである。メロディのコロッケへの情熱は凄まじい。教えたらすぐにでもマスターしてしまいそうな勢いだ。
「あーん、おいしかったーん」
ココルルが膨れたお腹をさすりながらコテンと後ろに倒れる。するとたちまち狼の姿になり、マナへと体を変換し始めた。
『ではでは、今日も私はおねむなのです。おやすみね~』
「では、吾輩も眠るとするかな」
それに伴ってルフニールも休眠に入る。休眠することでマナ補給を行うのが目的のようだが。
「今宵はシンシンがアキラを守る故、吾輩達はお先に失礼。メロディさん、シンシンと一緒にアキラを頼みますぞ」
白髪交じりの総髪の壮年男性がマナへと変わり消えていった。
後に残された三人はとりあえず顔を合わせる。
「じゃあ、俺は体を拭いてくるから。シンシン水お願いしていい?」
「は、はい!おまかせ……ください?」
自信なさげにシンシンがコクコクと頷く。
シンシンによって桶に水が入れられるとそれを持ってアキラは木陰へ行ってしまった。
小さく胸の前で手を振りながら「いってらっしゃい、ませ」とシンシンが言う。
「そう、言えば」
「ん?」
シンシンが急に話しかけてくるものだからメロディも少し驚く。
この子自分から話振ることもあるんだ、と。
「私、アキラの横で…コロッケ作ってる所ずっと見てたから……作り方…覚えた、よ?今度メロディにも…教えてあげるね…?」
考えを改めよう。この子、いや、シンシンはとても良い子なのだ。
素直なシンシンとなら仲良くなれそうな気がした。
「うん!是非教えてちょうだい!そしてアキラよりおいしいコロッケ二人で作っちゃおう!」
「名案……もっと、いろいろ……味を付けても…おいしい、かも…しれないし…?」
当のアキラを他所に女の友情が芽生えた瞬間でもあった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あのさ、シンシン?もう少し離れられない?なんなら毛布は渡すし」
「ルフニールに……言われ…た。アキラ…を頼む、って…」
「だからってくっつきすぎでしょて、それに」
アキラはシンシンがいる方とは逆を見てため息を吐く。
「メロディさん?なんでメロディさんも一緒の毛布なんですかね?」
「ルフニールに、シンシンと一緒にアキラを頼むと言われましたので」
表情は柔らかいが言い方はとても淡々としている。
こういう時のメロディは頑固だ。てこでも動くことはないだろう。
どうやらアキラも半ば諦めた様子で、「心地いい抱きまくらが横に二つあるだけ」と割り切って寝ることにしたようだ。
その後はメロディ、アキラ、シンシンの順で眠りに落ちて、あたりには梟のような鳥の鳴き声だけが響いたのだった。
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