幕間Ⅰ話 『冒険者シーヤと傭兵ロゼッタ』
静かな森には不釣り合いな程の怒号と金属音が響く。木々を切り倒して拓かれたこの道は通る人も少ない、霧も良く立ち込める為不気味な場所だった。
そこでは止まった馬車を囲んで、今まさに男たちが戦っていた。
「ウラァッ!!畜生!!何なんだこいつらは!!」
左目に傷のある男が四方から迫る影の一つを剣で制する。周りの者達も同様に、斧を、棍を、槍を持って迫る影達を撃退していた。
「ロゼッタは、ロゼッタはどうした!!!」
「まだ、影の原因を探りに行って戻って来ないッ!!ぐうっ!」
大柄な男の問いに簡素な鎧を着込んだ小柄な男が答えた。
そんな男たちは影の猛攻に対し防戦一方で為す術もない状態だ。
今回はそこまで難しい仕事じゃなかったはずだ。この馬車を荷物ごと隣町へ持っていく。ただそれだけの仕事だった。
だがここに来て謎の襲撃を受けたのだ。歴戦の傭兵である男たちも焦りを隠せない。
「頼むロゼッタ、早く戻ってきてくれ!!」
この傭兵団の団長の男が祈りのように叫ぶ。
それをあざ笑うかのような影達の攻撃は止む気配もなく、男たちのロゼッタに対する絶対的信頼だけがこの場を保っていた。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
影を剣で撃破しつつ道なき道を進む。彼女の足は止まることを知らない。森の奥へ、更に奥へ進んでいく。
一足地面を蹴り進めば、達人の踏み込みの十歩を進む。
今は失われた戦闘歩法「一心十歩」。
馬であれば一時間の距離もロゼッタの足であれば十分もかからない。
そうして進んでいくと拓けた場所に出た。
その広場の中心では黒衣の男が不気味な笑いを浮かべたまま岩の上で座っている。
「おや…見つかってしまいましたか」
男が口の端をさらに引き上げて笑った。
いやらしい笑みだ。あの笑い方をする人間をロゼッタは知っていた。
「帝国の暗殺者か」
「ご名答!!いや、優秀な傭兵様のようでワタクシ安心致しました」
男は立ち上がり、嬉しそうに両手を広げる。
黒衣は聖典にある悪魔の翼のように不気味な見た目をしている。
「――――!!」
少しの隙も逃さない。その男の行動を好機としてロゼッタが剣を手に踏み込む。
傭兵団一の戦闘力を誇るロゼッタの神足の突き攻撃である。
「おや、無粋ですねえ。ですが素晴らしい踏み込みも足元をとられては意味を成しません」
ロゼッタの足や腰に影の手がまとわりつく。
この影は暗殺者の放ったであり、傭兵団を苦しめている能力であった。
「念のためご紹介をシておきましょう。ワタクシは帝国十二狂月、1番目影使いのヤヌア…。申し訳ありませんが皇帝直々の命ですので、あなたたち亜人には死んで頂きますよ」
影使いのヤヌアが右手を上げると、それに応じて巨大な影の手がロゼッタを掴み上げる。
全身を強く締め上げる手から抜けることができず、骨を折られ血を吐き出した。
「ぐっ、がぁぁっ!!」
「レディがはしたないですね。しかしもう終わります……ん?誰ですか?」
ヤヌアの意識がロゼッタとは別の場所へ移った。
視線の先にいたのは灰色のフード付きの外套をかぶった男のようだ。
「ルーヴ・ナーゲル・ルシェリオン」
灰色のフードの男が何かを唱える。
するとロゼッタの体を縛り上げていた影の手が光を纏った謎の斬撃に切り裂かれた。
マナの動き、フード男の動き、風の流れ、全てがこの不思議な能力を理解させる。これは剣術でも魔術でもない。ではそれらのどちらでもないとするならば。
「精霊術……」
「おや、魔術では干渉できないはずなんですが。何者ですか?」
ヤヌアの問いに灰色のフードの男は律儀にも答える。
「ふむ、認識阻害の魔術を外套に施してあるからいずれ忘れるとは思うけど、名乗ったほうがよろしいかな?」
飄々としたフード男の問いにヤヌアの感情が爆発する。
「いいえ結構デス!!質問に質問で返すのはワタクシの信条に逆らいマス!!あなたもそこのレディもただのワタクシの影で肉塊にしてあゲますよォ!!?」
ヤヌアの手の動きに合わせて無数の影の手が伸びた。最初のロゼッタへの攻撃など比ではない、とんでもない数の手がフード男に襲いかかる。
「おかしな人には誠実に対応しないようにしているんだよ」
ヤヌアの繰り出した二十にも及ぶ影の手が一気に消滅する。
フード男の光の精霊術が影の手を全て消滅させたのだ。
「つい先日田舎から旅に出たばっかりの冒険者。名前はそうだな、シーヤとでも名乗っておこうか。僕は今この瞬間より君を敵と認識するよ」
先ほどとは打って変わってフード男から凄まじい気が放たれる。ロゼッタはそれを殺気だと感じ取った。だが対峙するヤヌアは怒りに全てを支配されており、冷静な判断ができていないようだ。
「どこまでも癇に障るヒトですねェ!??敵と認識するゥ??その冗談もワタクシの影達で黙らせてあげ…………ああ?」
ヤヌアの感情の高ぶりに合わせて放たれる影が大きくなっていったところを、更に大きな影が覆い尽くした。否、影ではなく闇だった。
「お前さ、影影言ってるけど本物の影を知ってるのか?本当の影ってのはこういうのを言うんだよ。ドラゴーネ・ヴォーチェ・デゴルィオン」
闇の属性であるデゴル系魔術の類だろうか。不気味な生き物の叫ぶ声と共にフード男からの闇が一層暗く深いものになる。ヤヌアの放つ影の手の数十倍大きな闇が足元からヤヌアの顔以外の全てを包み込んだ。
「ま、待てッ、命だけは…」
「それ、今まで何人に言われた?」
「あ?」
ヤヌアの命乞いに光のない目で淡々と答える。
「この闇で拘束されたお前は神竜の贖罪の炎によって裁かれる。罪を悔い改めろ」
直後、闇に包まれたヤヌアの全身が、放つ影が全て燃え始めた。
神竜の贖罪の炎により罪人は犯した罪の数だけ焼かれ命を落とす事となる。何度も続く地獄を本当の死を迎えるまで繰り返す。
「ああああがががあああああああ……、がああああああああああああ!!!!」
ヤヌアが死に、生き返り、死にを繰り返すのを背に男はロゼッタへと駆け寄ったのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「大丈夫か。君、見たところ傭兵団の一員だろう。今すぐ傷を治すから少し辛抱してくれ」
先程の冷たい言葉ではない、優しい問いかけだった。
そしてロゼッタの体に水を振りかけて男が精霊術を行使した。
「シンシン、この人の傷を癒やしてくれ」
『きゅっ!』
小さな人魚が男の肩からぴちょんと跳ねてロゼッタの体へと移った。
影の手に締め上げられて折れた骨やズタズタになった内臓を精霊が癒やしていく。
ほっと安心している様子の男にロゼッタが感謝の意を示す。
「すまない、助かった。此度はあなたの助けがなければ死んでいただろう」
「いいっていいって。ああ、あと、他の団員も全員無事だ。森の鬱陶しい霧は払って先に町へ行かせたからあとで合流するといい。あと体はもう完治してるはずだから、移動は任せるよ。辛かったらこの薬を飲んで、街についたらしばらく飯食って、寝て、しっかり休んで。では僕はこれで失礼するよ」
男があまりにさっぱりと去ろうとするのでロゼッタは思わず呼び止めた。
「すまない…!あなたの名前を聞きたい。私はロゼッタ・クルールォだ。見ての通り傭兵を生業としている」
その言葉に男が足を止めてロゼッタの方へと向いた。
少し不思議そうな顔をして男が今一度ロゼッタへとしっかり向き合った。
「いや、びっくりだ。女性の傭兵ってのは積極的なんだねえ。僕はね、本当はもう少し長い名前なんだけどね、シーヤでいいよ」
「そうか、シーヤだな。いろいろと、ありがとう。あとおこがましいとは思うのだが一つだけ頼みがある」
ロゼッタはしかめっ面のままで小声でシーヤへと頼み事を言う。
「方向音痴なんだ。町まで連れて行ってくれないか」
傭兵であるロゼッタが頼み事と言うものだから少し身構えたシーヤだったが、直後には大声で笑い始めた。
「ぷっ、くくく、あーっはっはっはっはっは!そうか、そういう事ね、てっきり金目のもの全ておいて行けとか言われるかと」
「な、お前、笑い事ではないし私はそんな恩知らずじゃない。それに方向音痴は私にとっては死活問題なんだぞ!!」
なおも笑い転げるシーヤにロゼッタは少しだけ苛立ちを感じたが同時に安心もする。
何故だろう、この男に馬鹿にされるのはあまり嫌じゃない。
シーヤはひとしきり笑い転げた後で改めてロゼッタへ握手を求めた。
「田舎者冒険者のシーヤだ。しばらく頼む」
「傭兵のロゼッタだ。こちらこそ頼んだ」
しばしの旅の同行の約束として、二人は強く握手をしたのだった。
これは誰にも語られることのないシーヤとロゼッタの出会い。
二人の英雄が出会った瞬間であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます