第三話   『酒場のランプはメロディ製』

 この世界で飯処となると、酒場に行くのが定石らしい。酒場にも定食や単品注文のように料理を頼めるシステムがあるようで、ただ単に酒をかっ食らったり仲間を集めたりするファンタジー作品のイメージとは違うようだ。

食べているのは小麦のパンにチーズと燻製肉、それに飲み物はぶどうの果汁と一番ベーシックな夕食らしい。



「ありがとう、ごちそうになります」


「うん、どうぞめしあがれ」



メロディは緑の双眸でアキラをじっと見据えて答える。その顔はアキラに対して何か申し訳無さを感じているような顔だった。

メロディは馬鹿がつくほどの真面目なのだろう。これまでの行動でなんとなくわかる。

きっとアキラの異世界召喚の原因を作ってしまった事を気にしているのだろう。



「いや、そこまで気負わないでよ。人間ってなるべく迷惑をかけないようにって考えがちだけどさ、迷惑をかけないと生きていけない生き物なんだから。迷惑をかけないように生きることより、迷惑をかけられたときに許してやるようにしたらいいと思うぞ?」


「――――」



少しばかり迷惑という言葉を使いすぎた感が否めないがとりあえず食べ物を口に放り込む。

小麦のパンに切れ目を入れて、そこへチーズと燻製肉を挟んだものだ。

うん、燻製肉の塩加減がちょうど良くておいしい。


ふとメロディを見ると、パンを食べる手が止まっていた。



「迷惑かけられても、許せるように……」



先程のアキラの言葉を反芻しているようだ。



「アキラってすごいね」


「うん?」



パンを頬張ったままだった為に中途半端な返事しかできなかった。

だがメロディは言葉を続ける。



「あたしにはそんな考え方できない」


「できるふぁ、んがっくっく…」



喉につまりそうになったパンをぶどうの果汁で流し込む。



「少なくともしばらくはメロディにお世話になると思うし、そのへんは気兼ねなく接してくれていいから。気負わずにいてほしいと思うよ。せっかく可愛い顔してるんだから笑ってて欲しいし?」



アキラの言葉を聞いて、メロディは更に考え込んでしまう。

とんがり帽子を深くかぶり直して、顔が見えなくなってしまった。


気に障ることを言ってしまっただろうか。そう思い始めた所で、いいものがあることを思い出した。いろいろな衝撃を受けても意外に無事だったみんな大好きな揚げ物である。



「そうだ、メロディ。コロッケ食べる?」



ゆでたこのように真っ赤になった顔を上げてメロディがなにそれ?とは言わずも首をかしげた。


「コロッケ、食べてみる?」




◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「なにこれおんちぃー」



数秒後にはコロッケの虜になっていた。

少し壊れ気味だが元気を出してもらえたみたいでよかった。



「また機会があれば作るよ。幸いこっちの世界でも材料は揃うと思うし…。もっとおいしいものも作れるかもしれない」


「ホントに!?絶対だよ!絶対ぜったいゼッタイだよ!!コロッケ!コロッケね、覚えたんだからあたし!コロッケコロッケ……」



コロッケ中毒になりかけているメロディをなだめて、とりあえず本題に入ることにする。



「メロディ、とりあえずこれからどうしようか」



しばらくコロッケトリップにあったメロディも真面目な話になるとちゃんと切り替えれるから流石である。



「アキラが元の世界に帰る為の方法を探す…かな」


「召喚の逆、送還の魔術を探すって事か」



召喚魔術はあっても元に帰す魔術はないというのだから困りものである。

あるのかもわからない魔術を求めるとなるとそれ相応の冒険が必須だ。



「つまりメロディと旅に出ることになるんですかね」


「そうなりますね」


「お金も必要になるよね。旅しながらできる仕事とかある?」


「平行してやるとしたら行商人か傭兵、それか魔獣ハンターね」


「魔獣ハンター?それってどういう仕事なの?」


「うん、ルフニエル王宮で冒険者として登録すれば、それ以降の魔獣の討伐に対して報酬が支払われるの。討伐したら登録証に自動で討伐数が記録されていくから、それを各町にある冒険者ギルドで見せればいいよ。倒した後に出る魔獣素材も取っておけばあとで売ったり素材にしたりできるよ。危険も多いけど見返りもそれなりな仕事だね」



どうやらそのあたりは某狩りに行こうぜゲームなどと同じで、狩りの組合に入って活動するようになるみたいだ。



「ああ、あと肝心なことを聞き忘れてた。貨幣の価値をおおまかに教えて欲しい」


「うん、ルフニエル王国は基本的に金貨、銀貨、銅貨の三種類を使ってるよ。まあ銀貨一枚あれば私達二人が四日間は過ごすことができるくらいかな?」



宿代も含めてとのことなので、銀貨一枚=二万円くらいの価値があるのかもしれない。



「なるほど、だいたい理解した。じゃあとりあえずその魔物ハンターとして…ん?ちょっと待てよ。メロディって今何の仕事してんの?」



メロディは少し俯いて顎に手を添えた。きっと異世界人のアキラにもわかる言葉選びをしようとしているのだろう。



「えっとね、魔道具ってのがあるんだけど。それの開発者としての収入が入って来てるから実質働いていないかな?」


「えっ、なにそれ」


「魔道具があれば魔術をうまく使えない人でも魔術を使えるし、ものにもよるけど生活に役立つ魔道具もあるんだよ」



つまり魔道具とは、魔力…マナ制御ができず魔術をうまく使えなくてもマナを流すだけで魔術の恩恵を受けることができる、そんな素晴らしいファンタジーアイテムらしい。



「え、メロディって実はすごい人なの?例えば何を開発した感じですかね?」


「うーん、すごいかどうかはちょっと自分で言うことじゃないと思うけど。例えばこの卓上ランプはあたしが作ったものだよ」



皿のすぐ横にゆらゆらと怪しい光を放つ小さめのランプがある。これはマナの詰まった魔石を電池代わりにして明かりを灯す魔道具のようだ。この小さなランプの魔術の術式の組み込みや回路etcをメロディが開発して作り出したというのだ。



「へー、じゃあそのうちいい感じに戦える魔道具とかも作ってもらえたりする?」


「アキラが欲しいなら、頑張る」



そう言って胸の前でぐっと拳を作ってみせるのだから可愛らしい。

今後の冒険もどうか彼女のこういった可愛い仕草で癒して欲しいと思う。


あれこれいろいろと話し込んでしまって気づかなかったが、もう随分と遅い時間のようだ。

二人は宿をとって明日に備えることにした。



「あ、宿とか考えてなかった」



あちゃーと言いながら拳を頭にコツンとしてみせる。

それに対してメロディがさも当然かのように答えた。



「あたしと一緒に泊まったら?」


「えっ?ベッドは二つあるよね?」


「ううん、一つしかないよ」



なん…だと…。超絶最高のシチュエーションじゃあないっすかあ。

だがあくまでクールな紳士を装って冷静に次の言葉を放つ。



「じゃあ、別の部屋をとろうかな」


「ここそんなに大きな町じゃないし、宿も今日はいっぱいだよ」



ぐぬぬ、いやしかしまだまだ…



「じゃ、じゃあ、俺は外で野宿するよ!」


「追い剥ぎにあって裸にされても知らないよ?」



いやしかし年頃の男女が一つの屋根の下同じ部屋というのは問題がアリアリな気がするが。



「悪いことは言わないから、宿に泊まろう?あたしは床で寝てもいいから」


「いやそれは良くない!!女の子を床で寝させて自分はベッドでぬくぬくなんて良くない!!」



こんな感じの押し問答があったが、結局その日の夜は同じ部屋に泊まる事になった。

もちろん同じ布団に入ることなど無く、アキラは床に少しばかり布を敷いて毛布をかけて寝ることにした。


兎にも角にも明日から冒険の日々が始まる。予測の出来ない明日からの日々に妄想を膨らますうちにいつの間にかアキラは深い眠りへと落ちていった。

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