第四話   『魔女とジャパニーズサムライソード』

 朝、小鳥のさえずりで目が覚める。今まで生きてきたうちで、小鳥の声で目が覚めるなど数えるほどしか経験がなかったのでとても新鮮だ。

朝日の指す小窓、小鳥たちの声、それに自分のものではない何かの放つ熱…。


ゆっくりと目を開ける。

いつもと違う天井、昨夜泊まった宿の天井であることはわかっている。

自分の放つそれとは違う者の熱源を見ると、アキラの布団に潜り込むようにメロディがいた。

メロディは両の腕でアキラの右腕をガッチリ抱きしめており、ちょっとやそっとじゃ離れそうにない。



「なんだこの状況…ラッキー…もとい、どうにかしないと」



まずは状況確認だ。床に布を何重か敷いたところに寝転がって毛布をかぶるだけの簡単な寝床なのは変わりない。だが起きたらメロディが横にいた。しかもアキラの右腕を両腕でガッチリ抱きかかえていて、結構な力が入っている。



「ここで起きてきて変な気を起こしたと思われても敵わん…とりあえず抜けねば」



ここでアキラが秘技・イモムシ離脱法を発動する。

これはかつてアキラがまだ幼児の頃に母親である霜月霖(シモツキ リン)の目をかいくぐってベッドから抜け出すときに編み出した、脱出法である。

このイモムシ離脱法はもぞもぞと変な動きをすることで少しずつだが確実に移動をして最終的に寝床から抜け出す、という点に特化した最強の方法である。



「よっし…Let's モゾモゾ!」



メロディを起こさないよう最小の動きで動く。

寝息は乱れていない、まだターゲットは気付いていない様子だ。

いいぞ、右腕が抜けた。次は体全体を横にずりずりと…


と、ここまでうまくいった所でターゲットが動いた。



「んー、おらおらー…」


「はんぶらびっ!!」



状況が悪化してしまった。

当初右腕だけのホールドだったのだが、今回は体全体でアキラをホールドしてきた。

メロディの足が、腕が、指が、アキラの体全体をガッチリと掴んで離さない。



「ね、寝相悪すぎかよ」



丁寧に腕の関節まで極められているので、今度こそ動けなくなった。



「ぐふっ…イモムシ離脱法…敗れたり…」



やがて睡眠とは違う意識が遠のく感覚でアキラの記憶は一時遮断された。




◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ごめんね、あたし寝相だけは昔から悪くて」



舌をペロっと出して謝るメロディ。この仕草を素でやってしまうのだからメロディは只者ではない。

アキラの意識が戻ったのはあれから1時間ほど後の事だった。

気絶に近い状態から復活すると心配そうに覗いてくるメロディの顔が目の前にあった。



「でもあたしびっくりしちゃった。アキラの腕がとんでもない方向に曲がってたから…」


「でも、治癒魔術で直してくれたんでしょ?なら大丈夫だよ」



腕があらぬ方へ曲がってしまっていたらしいが、アキラが起きたときには元通り治っていた。無論、痛みは残っているが。



「まあそれはいいとして、とりあえずだなメロディ」


「うん?」


「朝食を摂るのと、武器を見に行きたい」



メロディは一瞬だけキョトンとしたが、アキラの手を取り宿の外へと歩き出した。



『やれやれ、朝からお熱いね』



宿から出てしばらく歩いていると、アキラのマナを使ってココルルが顕現する。



『まさか手をつなぐ意味もわからない小娘ではないよね?』


「大丈夫。あたし、わかってるから」


「え?ちょっとお二人さん、俺が置いてけぼりなんですけど!」



あまりの謎会話に、思わずアキラが口を挟む。

この世界で男女が手をつなぐ行為に一体どれほどの意味があるのだろうか。



『わかれ。アキラも男なら察するべきだよ』


「えー、全く分からんのだが」



まさか昨日今日で好かれたということはないだろう。

そうでないとするならば、



「まさか、イケニエとかそう言うベクトルの話ですかね…」


「べくとるってのはよくわからないけど、そんな物騒なものじゃないわよ」



ばか!と言葉の最後に付けて、メロディは繋いでいた手を乱暴に離した。



「そうこうしてる間に露店街に着きましたよーだ」


「え、なんでちょっと不機嫌なの」



山の天気と女心は変わりやすいと言うが、アキラにはさっぱりである。



『メロちんも前途多難ですなあ』



そしてそんなココルルの呟きはアキラには届かないのであった。




◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 アキラたちのいるこのプリフィロの町は大きく分けて三つの区画から成る。露天商が立ち並ぶこの区画は商業地区と呼ばれているらしく、それこそ食料や衣服、日用品に至るまでほしいものほとんどを手に入れることができると言う。

プリフィロはそれほど大きな町ではないと聞いたが、そうなるとこれよりも大きな城塞都市や王都などは一体どれほどの規模になるのだろうか。



「ファンタジーだなあ」


「ふぁんたじーって何?あと、朝ご飯買ってきたよ」


「なんかこういう感じの雰囲気の事だ」



広場で待っていると買い物に出たメロディが戻ってきた。買ってきたのはパンと豚の腸詰めと玉子を焼いたもので、この辺りではポピュラーな朝食らしい。

似たような物があるもんだなと感心していると、横でココルルがよだれをだらだら流しながら座っていた。



「どうしたココルル、食べたいのか」


『当たり前でしょ!!もう何十年も人間の食べ物なんて口にしてないもの!!』



尻尾をブンブン振ってココルルが答える。

巨大な狼の姿のままなのでとても人の目を引いているが、とりあえずはこの狼の欲を満たしてやらないといけない。



「俺のを半分やる、それでいいか?」


『構わぬ構わぬ!!はよう…はよう!!』



ちぎれんばかりに尻尾を振るココルルにメロディが買ってきた朝食を半分わけてやった。



『はふはふっ、あづっ!!はふはふ!!』


「バカ!お前、朝食は逃げないからゆっくり食え、火傷するぞ」



熱々の腸詰めを頬張るココルルを見て、メロディと顔を合わせて笑い合う。

こんな日常も悪くないなと、ふとそう思った。




◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 プリフィロの町商業地区の端に鍛冶屋の集まりがある。このあたりの鍛冶屋は皆組合に入っているらしく、店舗ごとに扱っている商品が違う。これは同じ商品が競合して争いが起こるのを避けるためだと言う。

そのうちの一店舗、武器を作っている鍛冶屋へと二人と一匹は足を運んだ。



「こんにちは。ご無沙汰しております」


「おーう、魔女さんじゃねえか。久しぶりだね、今度はなんだ?杖か?ナイフか?」


「いえ、アキ…この人の武器を」


「ほー、魔女さんが男を連れてくるとはな」



武器鍛冶屋のおっさんがニヤニヤしている。もしかしてこの世界ではメロディのような魔法使いの女性、魔女が男を連れている意味はとんでもないものなのだろうか…。



「め、メロディざん…おでやわらかにお願いしましゅ」


「なんで泣いてるのよアキラ」



きっとそのうち実験材料にでもされちゃうんだぁー。もー終わりだぁー。

とネガティブな思考になってしまい、思わず涙声になる。



「そんなことより。店主、魔物ハンターにオススメの武器はある?」



メロディが淡々と武器鍛冶屋のおっさんへと問う。

見るとずらりといろいろな種類の武器がある。刀剣、鈍器、弓、弩弓などなど…



「んー、そうだなあ一番は兄ちゃんが気に入ったのがいいと思うが」



いろいろと見ていた中で一際目を引くものがあった。



「おいおい、これは。ジャパニーズサムライソードじゃないか」


「おっ、兄ちゃんいいものに目を付けたね。それはシノノメの国に伝わる伝統的な刀剣だ。今なら魔法銃とセットで金貨150枚だよ」


「金貨150枚………」


「買うわ。店主それをください」


「ええっ!?」



メロディの即決具合にかなり驚いた。それは黒い鞘に収められた見慣れたフォルムの刀剣だった。ちょっといいなと思った程度だったのだが。

すぐさまメロディの袖を引いて小声タイムに入る。



「メロディ、いくらなんでも金貨150枚は高すぎるだろう。俺返せる気しないぞ」


「いいのよ。アキラはあれがいいんでしょ?お金も返すとか返さないとか考えなくていいし」


「いやダメだ。そこまでしてもらう義理がないし何より…」



アキラの言葉は次の衝撃的な発言で妨げられた。



「アキラの世界はどうか知らないけど、この世界では夫婦になれば結婚前の借金は無かったものになるよ」


「えっ……」



突然の言葉でフリーズしているとメロディはそそくさと店主にどこからか取り出した金貨150枚を渡して、シノノメの国仕様の刀剣と魔法銃を受け取ってしまった。



「冗談抜きで良質な武器が手に入るなら早めに持っておいたほうがいい。勝てる相手だったのに武器が安物だった事が原因で死んでしまう冒険者も多いから」


「そ、そうか…」



何から何まで世話をかけて申し訳ないと思う。

それもメロディには見透かされていたみたいで、



「今申し訳ないとか思ってるでしょ。これはあたしがお金に困った時にアキラに助けてもらう為の投資でもあるんだから。それに、


迷惑をかけないようにするより、迷惑をかけられたときに許せるようにならなくちゃ。もちろん今回の事はあたしは迷惑だなんて思ってないけどね」



つまりはそういうことらしい。昨夜自分が言った言葉をそのまま返されるなんて彼女には敵わないな。しばらくはメロディの世話になるだろうが、それは今後返していこう。



「とりあえず、旅の支度はもう整ったから。王都でハンター登録しないといけないし急ごう」



こうしてアキラとメロディの旅が始まった。



『やれやれ、前途多難だねえ』



二人の後ろの方でお行儀よく座っていた狼が誰にも聞こえないくらいの声で一鳴きした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る