第二話 『三匹の精霊』
メロディがムラオサや衛兵らを連れてきたのは何時間も後の事だった。。
随分と時間が空いたなと思ったが、それだけムラオサへの説得が長引いたのだろう。
「こんな汚らしい男がかね?メロディ君?」
見るからに仕立てのいい金の装飾のある服に玉石のついた指輪や腕輪を付けた恰幅のいい男が開口一番そんな事を言った。先程アキラが飛び込んでしまった式典で一番偉そうにしていた男だ。
アキラとしてはお前のように金と食に汚い欲を見せそうな人間には言われたくないのだが、この肥満男が領主なのだろう。とりあえずは何も言い返さない事にした。
「はい、ムラオサ。彼には大賢者と同じ三匹の精霊が付いています。今は力の大半を失っているようですが間違いようもございません」
ムラオサに対して少し引きつった顔でメロディが答える。反応からわかるがメロディもこの男を嫌っているらしい。
「異世界人というのも信じがたいなあ?それにこんな犬どもが精霊?笑わせるな」
ぐふふふとムラオサが下品に笑う。それに合わせて衛兵たちも笑ってみせた。
一人だけ「Just Do It!!」と言っているが。
ムラオサの気色の悪い笑いにアキラもげんなりしていた所だったが、ムラオサたちに対して一番に反応したのはアキラの隣にいた犬?の精霊だった。
ぞわぞわと風を纏った毛を逆立て、小さかった体は成犬よりも大きくなっていく。
『言わせておけば汚いだのなんだのと、あまり調子に乗るなよニンゲン』
い、犬が喋ったぁ!?などとは前例の鳥がいるので驚かないが。
大きくなっていく様を見てアキラは、犬の精霊ではなく狼の精霊であると気付いた。
『仮契約であるとは言え、我が主であることは間違いない。それを侮辱しようものなら大精霊・古き狼のククルルが娘、風のココルルが貴様を許さんぞ』
ぞわぞわと巨大化を続ける体躯は牢を破らんばかりで、その大きさたるや熊はおろか象をも凌ぐ勢いである。
それに恐れをなしたムラオサは腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「わ、わかった!!先程の発言は撤回する!!命だけは助けてくれぇ!!」
『わかればよい、さあ主とわしらをここから出せ』
精霊・風のココルルはギラリと牙を見せつつ『さもなくば喰らう』と付け加える。
ムラオサが腰を抜かしたまま衛兵に牢を開けるように指示を出した。
衛兵の一人が「Just Do It……」と小さく呟きながら牢の鍵を開ける。
お前が言ってたんかい…。
その間にココルルが口でアキラの腕の拘束を外して、やっと牢から出ることができた。
「ではムラオサ、私も失礼しますよ」
『ふんっ、痴れ者が』
腰を抜かしたままのムラオサにメロディとココルルと名乗る精霊が言葉を放つ。
ムラオサはムラオサで「は、はひ…」と情けない返事を返していた。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
地下牢から出た二人と二匹は一時人通りのない路地裏の広場で落ち着くことにした。
「ありがとうメロディ、助かったよ」
「元々あたしのせいなんだから、当たり前でしょ」
この度メロディが来てくれなければまあ牢から普通に出ることはできなかっただろう。それに、
「ありがとう、ココルル…さん?」
『ココルルで良いよ。それか適当に呼んでくれて構わないし』
ココルルがそう言って鋭い牙をギラリと見せて笑ってみせるので、「う、うん、わかったよ」と少し引いた返事をしてしまった。
先程の威厳たっぷりの喋り方はいずこへ。フランクにタメ口になってしまっている。
「そういえば、仮契約とかなんちゃらとかあったけど、あれって一体?」
するとココルルは狼の顔のまま器用に困った顔をしてみせる。
『アキラ、精霊契約も知らないの?』
「知らんなあ」
『ぐぬぬ、シーヤめぇ…』
「ん?今なんて?」
『なんでもない、とりあえず!!』
ココルルが大きな顔をずずいと近づける。そしてアキラの額と自分の額を合わせる。
お互いの触れ合っている部分が仄かに光を生じたのを確認してココルルは顔を離した。
『これが精霊契約。ルフりんもシンシンも、ボケっとしてないでちゃっちゃとやって!』
それに反応してアキラの頭の上に乗っかっているだけだった小さなドラゴンが器用に頭を伸ばしてアキラの額へ合わせる。さっきと同じように光が生じたので契約が交わされたのだろう。
ルフりんと呼ばれたドラゴンが頭を元の位置に戻すと、アキラの体の表面に不思議な感覚が泳いだ。言葉の通り、体の中を泳がれている。自由自在に泳いで顔の前まで到達したそれは、小さな水色の人魚のような精霊であった。
「な、なんだこのかわいい生き物は」
その言葉に対して嬉しそうに笑みを浮かべて顔に手を付けて額と額を合わせる。例にも漏れず、光を生じて精霊契約が交わされた。
「なんなんだこれは?」
『精霊は人を選び、精霊を守る者は精霊にも守られる。それが精霊使いだよ』
ココルルの説明は抽象的で何もわからないが、つまりはそういうことなのだろう。
「精霊使いは、もう300年以上現れていない。30年前のルフニエル王国の英雄・大賢者シーヤを除いては」
メロディが精霊使いについての補足を加えた。
「えっ、精霊使いって結構特殊なやつなの?」
『当たり前だよ!精霊をなんだと思ってんの?普通の人間が扱えるシロモノじゃないのよ、すごいのよ、気高いのよ、きゃわいいのよ!』
「きゃわいいっておいおい…」
ココルルが息を巻いてそう言う。精霊はきっとこの世界ではかなり高位の存在なのだろう。
続けてココルルが自分たちの紹介を始めた。
『では自己紹介と致しましょう。私は大精霊・風のココルル。ここより遥か南東のイルシオン大森林に元々住んでいたそれはそれは気高き精霊よ!!』
「どっかで聞いたセリフだなあ」
そんなアキラの突っ込みをよそに、次の紹介へと移る。
『そしてそのアキラの頭の上にいるちっこい竜が神竜ルフニール。今はやる気ないみたいだけど、300年前にはルフニエル王国の建国の為に各地でブイブイ言わせてたらしいし?本当はもっとずっと私より大きくて強い竜!!』
今はアキラの頭の上でだらんとしてたれどらごんと化しているが本来はすごい精霊らしい。
『そして最後に、アキラの肩にいるその子、その子が!!』
その言葉に反応してアキラの右肩で水がぴちょんと跳ねる。
『シレーヌ海域の美しき歌姫、人を惑わし災害をも操るすんごい人魚、シンシン!!!』
ココルルの饒舌な紹介に気を良くしたのか肩から顔だけ出してニコニコとしている。
恥ずかしがり屋なのだろう、あまり出て来ることはないみたいだ。
『さて、とりあえずはなんとか上手い生き方を考えないといけないね』
「そうなるね」
その通りだ、元の世界に戻る手段がわからない以上はしばらくこの世界にお世話になるしかない。
『まあでも、とりあえず悩んでも仕方ないし、私は疲れたのでしばらく眠るのよ』
大きな口を開けてあくびをするココルルはそのまま体が透けていってすぅーっと消えていく。
「ちょっと待って、まだ聞きたいことが」
『あとはその女の子に聞いたらいいよ。協力してくれるみたいだし?』
ココルルがあごでしゃくった方にはメロディがいた。
当のメロディは目が合うととたんに罰が悪そうな顔になるものだから困った。
『じゃあねーん。続きはまた明日ってことでー』
そうしてココルル、ルフニール、シンシンの三匹の精霊達は消えていった。
休眠中は魔力の一部になって宿主であるアキラの体の中にいるらしい。
精霊や魔力の仕組みに神秘を感じつつ、メロディを正面に向き直る。
「と、とりあえず、飯でも行かない?」
苦し紛れに出た言葉はそんなマヌケな一言だった。
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