第一幕 王都ルフニエル
第一話 『少女との邂逅』
アキラの体は遥か上空より速度を上げながら落ちていっていく。
こういう時は何故かどうでもいいような考えが巡るもので、以前橋から川に落ちたときも同じような感覚を味わったことがある。
あのアニメまだ観終わってないのになあとか、○×軒のチャーシュー麺食べておけばよかったなあとか、あの娘に……、
幼き日に出会った女の子を思い出す。
好きだと伝えておけばよかったなと…。
走馬灯のような追憶を一瞬のうちに脳内処理する。
何はともあれ今はこの状況をどうにかしないとただでは済まない。
だが今この場において一般的普通男子であるアキラは為す術もなくただ落ちていくだけだった。
全てを諦めかけたその時だった、
「おやァ?異世界人とはめんずらしいったらねェな!!」
そんな声がしてアキラの体が重力に逆らって浮き上がった。
その声はカラスより少し大きいくらいの鳥のもので、さらにその鳥がアキラの両の肩を軽々とつかみ、飛んでいるのである。
「えっ鳥が喋って…ってか、異世界人!?」
「おうそうだ!召喚でこっちに来たんだろ?召喚の魔力の流れを感じてェ、オレっちが飛んできたわけよ!!」
困惑するアキラに鳥は淡々と説明する。
「この世界はお前がいた世界と全く違う。もちろん鳥も喋るぜッ!!ん?お前さん精霊使いか?いや、気のせいか!まあ気にすんなよ!ガッハッハ!!!」
そう言いつつも鳥はゆっくりと降下していき、高めの建物の屋上へアキラをおろした。
「じゃ、あとの詳しいことは町の人間に聞きな!異世界人なら悪いようにはされねェと思うし、うまくやれよ!困った時は呼びな!」
「わ、わかった。ありが…とう」
困惑の表情を隠せないままでも素直な感謝を述べるアキラを見て、鳥は満足そうに一鳴きして身を翻して飛んでいった。
「うまくやれよって言われてもなあ」
とりあえず状況確認が必要だ。
先程空にいきなり投げ出されたのも、鳥が喋ったのもおそらく現実だ。受けた風や声の振動、肩を掴まれた感覚など、とても夢とは思えない。俗に言う異世界転移とやらみたいだが、展開が早すぎる。
無理矢理にそんなもんだと頭を納得させ、ため息を吐きながら町を見下ろす。
アキラが今立っている場所は、この町一番の高さの建物であるようで見たところ聖堂や教会の類らしい。外から中から忙しなく人が出入りしている。
そして屋上の床部分、建物から言うと屋根部分にあたるのだが、円形に装飾の施された大きなステンドグラスが張ってありこの建物が如何に立派であるかを表している。
ステンドグラスに手をかけて下を見ると何かしらの催し物でも行っているのだろうか、大勢の人が礼拝堂のような広い一室に集っていた。
そんなことよりここからどう降りればいいのだろうか。
そんな事を思い始めたアキラだったがその心配は無用になった。
ステンドグラスがパリパリとヒビを生み始めたのだ。
「あー、わかる、わかるぞ。これ王道の展開だ」
見る見る間にガラスはヒビを伸ばしていき、そして、
「やばいヤツだわこれ、うん」
直後ガラスの割れる大きな音とともにアキラは教会の中へと落ちていったのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
落ちた先は実に窮屈で堅苦しい行事の真っ最中だった。何が行われているのかわからないがこの町にとって大切な催しであることは察しの悪いことに定評のあるアキラでも感じ取ることができた。
落ちながらもなんとか機能した視界の中で一際目立ったのはとんがり帽子をかぶった桃色の髪の少女だった。
少女はアキラが教会床まで落ちる直前に懐から杖を取り出し詠唱をする。彼女の体は周囲の魔力を吸収し、紡いだ言葉は魔力を形とする。そして杖より風の渦が放たれる。
これはきっと風の魔術だ。これによってアキラの体は渦巻く風を下から受けて重力に逆らいながらゆっくりと降りていった。
両足で地についたアキラは少女に向き合った。
「助かった、ありが…」
「この無礼者がぁぁああああ!!!引っ捕らえい!!!」
感謝を言葉にする前にその場で一番豪華な服や装飾を身に着けた恰幅のいい男が叫ぶ。
それに応じて「御意」「ハッ!」「御意」「御意」「Just Do It!!」と衛兵か私兵かわからないが体格のいい男たちがアキラを取り囲み、拘束した。
待て、一人変な返事したやついただろ!
「待って、待ってくれ。俺にも何が何だか」
「ええい、問答無用ォ!!この者を牢へ連れて行けェ!!」
またしても衛兵達が「御意」「ハッ!」「御意」「御意」「Just Do It!!」と返事をしてアキラを引きずって連れていく。やっぱり変な返事のやついるなオイ!!
「ちょっ、待っ、いやぁぁあああああ!!」
アキラの叫びは誰の心にも届かず教会に響くだけであった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
地下にある牢はじめじめとして至極不快な場所だった。常に誠実という言葉をを心に生きてきたアキラにとっては牢に入れられるなどもちろん初めての経験であり、非常に心折られるシチュエーションでもあった。
(うう、なんでこんなことに……)
後ろ手に縄で縛られ丁寧に口にも拘束具を付けられたアキラは項垂れる。あの鳥の話では異世界人は悪い扱いは受けないはずだったのだが、あれから十分も経たないうちにこの有様である。これほど自分の不幸を呪ったことはなかっただろう。
どうにかこうにかならないものかと思っていると人の気配がした。
「!!?」
「そんなに驚かないで。何も痛いことしたりしないから」
そこにいたのは先程アキラを助けた少女、その子だった。
桃色の髪に緑の双眸。茶色を基調とした衣装はローブのようにも外套のようにも見える。一番特徴的なのはとんがり帽子。
「ふももっふめっも!!」
「何言ってるかはわからないけど、なんとかしてあげるからもう少し辛抱してね」
彼女の言葉の真偽はわからない。だが、ここは任せるのも一つの手だろう。
「そのままじゃ話せないね。口の拘束具を取るよ」
目にわかるほどの魔力が彼女の右手に集まる。
目にするのは二度目となる、この世界にある魔術だ。
「風よ集いて刃と成せ、シア・ヴィント」
紡がれた言葉に反応して風の魔法が発動する。
アキラの口に付けられた布製の拘束具が鋭い風の刃で切り取られた。
「あなた精霊使い?その子達、さっきは見なかったけど」
「精霊使い?何言って…」
長らく地面に突っ伏す格好だったアキラは気付いていなかったが、アキラの側には子犬のような可愛らしい生き物がちょこんと行儀よくおすわりをしている。そして頭を上げた今になってわかったことだが、アキラの頭上には小さなドラゴンのような翼を持つ生き物が乗っていた。
「この謎可愛い生き物たちも精霊使いとかもよくわからないけど、俺は異世界人らしいんだ」
「異世界人」
言葉を反芻するように何か考え込む少女。
「なるほど異世界人ね、この世界にはどうやって?」
「えっと、気付いたら円形の魔法陣みたいなものが足元にあって、光りに包まれたと思ったらこの世界に」
ここまで説明したところで、彼女の顔がどんどん青くなっていった。
「ずびません、それ、たぶんあたしのせいです……」
「え、それってどういう……」
「大規模な召喚術を使ったんだけど不発になって……どうやらあなたを召喚してしまったみたい…?」
なんということだ、この超絶魔法少女の召喚術で世界を跨いで召喚されてしまったというのか。
「もちろん帰れますよね?」
「ごめんなさい」
「―――――」
つまりはそういうことらしい。隣のわんこと頭に乗っているドラゴンが小さな手で頭をぽんぽんと叩いてきた。慰められているのだろうか。
「とりあえずムラオサに話をしてくる、誤解はきっと解けると思う」
やはりこの少女に一任するしかないみたいだ。とりあえずどうにか良くなりそうな先行きに安堵した所で肝心な事を聞いていなかった事に気付く。
身を翻して地下牢から去ろうとした少女に声をかけた。
「君!俺はアキラという名前だ、君の名前を聞きたい」
アキラに呼び止められて少女が振り返る。
緑の双眸がゆらりと煌めいて、その問いかけに答えようとアキラを見据えた。
「メロディ・リンデット。気軽にメロディちゃんと呼ぶがいいぞい」
「遠慮しとくわあ…」
アキラはそう言ってから、謎キャラを発動したメロディと名乗る少女へ「頼んだぞ」と一言だけ添えたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます