第5話練習試合(3)

赤くなった視界。レッドアウトした世界。その先にいるのは、大好きな妹が大好きな男。憎い。なんで―こんな男に。

彼の詠唱が頭に残る。響く。鼓膜に焼き付いたその声が。ずっと。消えない。

だから。

だけど。

私は。

この男を殺したい。

いつからか、そう思うようになった。なのに。何故――この男は。



元々、外野からは見えない速度で戦っていた2人。だが―今は、その比ではない。物理限界と視認不可の2人。


突き立てた爪を消し去る生徒会長―レン。そのまま、理事長―鎖去を消そうとするも、光の速さで距離を取られる。


「なぁ、レン。お前はアイツのどこを目指してんだ?」ふと止まって、尋ねる理事長。だが―その質問には答えない。

「なぁ、レン。お前はアイツのどこを尊敬してんだ?」見えない彼に、理事長は問いかける。2度目の質問に、彼は答える。

――だ」レンは答える。あの背中を目指していた。今はいない―彼の背中を。自らの手で葬ったその男の全てを。


「ンな事はどうでも良い。決着を付けよう」

1歩、踏み込む。

「大憑流対人剣術――蜂鳥!!」見えない彼が、刀を構えて。繰り出す128連撃。その速さは、蜂鳥の羽撃きのように速く。

だがそれは――〈残虐人形オートマター〉の前には無意味。伸びた爪が、その尽くを防ぎきった。今度はこちらの番だと言わんばかりに、理事長は加速する。限界速度―光速に達した彼女は、背後を取り、爪を突き立てる。それは―レンの背中から、心臓を貫いて――。


「ガハァッッッ!!」

レンは、その場に倒れた。


「お前が。まぁ、強くなったな」


残虐人形オートマター〉を解いた理事長。


刹那、倒れたレンは消え、地中から伸びた腕に足を掴まれる。動けない。次々と現れるゾンビ達が、理事長を掴んで離さない。何とか抜け出そうと黒蝶を振るが、斬れない。仕方なしに〈魔砲エンドロール〉を撃とうとした瞬間。


光速で飛んできた、覇刀・逆鱗逆撫が、ゾンビ諸共、理事長を貫いた。その勢いは止まらず、競技場の壁に刺さって止まる。


「なぁ?〈彷徨う狂影ジョニー・ウォーカー〉を相手にしてるって、忘れた訳じゃねぇよなぁ?」


彼の魔法は、6ある。そのウチの2つしか使ってはいけない―そんなルールはない。彼の魔法のウチの1つ―〈死霊の饗宴パーティー・ナイト〉は、その名の通りの魔法である。要は、ゾンビを大量に召喚する、数の暴力。現在―レンの召喚可能な数は最大で、100万。そのうちの10体程が逆鱗逆撫に貫かれたが、所詮はゾンビ。そもそも、死んでいるのだから――全く関係ない。構わない。痛覚も無ければ感情もない人形。

彼らは、レンに何をされようとも気にしない。だから貫いた。


「強くなった?笑わせるな。俺は―弱いままだ。童話さんに比べればな」ふらつく足元。レンは、酸欠だった。

「まさかお前、ずっと息を止めて―?残虐人形の性質を理解して――?でも、それじゃあ心音は?」遠のく意識の中、理事長はレンに問いかける。

そう。レンは、姿を消してからずっと息を止めていた。残虐人形―その能力は、五感の強化。身体能力は物理限界まで届く。ならば、その聴覚を誤魔化せば位置はバレない。それだけだ。などと、口で言うのは簡単。しかし―それを実際にやっていたレンには、理事長も素直に驚いた。


「んなの、体内で魔力を酸素に変換させた。それなら全身に酸素が回るだろ。だが―あまりやり過ぎるとバレると思って、酸素は必要最低限しか作ってない」解説をしながら、おぼつかない足で覇刀・逆鱗逆撫を取り、構える。


「まだやるか―義姉さん」


「いや、もう良い。私は疲れた」


そして。レンと理事長は。


「「楽しかったな」」


笑った。



あの後。怪我を治療したレンは、後後路と共に、敷地内のショッピングモールに来ていた。

「レン!このサングラス、似合いそう」そう言いながら、後後路はレンにサングラスを渡す。ツルはシルバー。レンズは薄い灰色。スポーツ用のサングラスだった。


「あぁ、後後路が似合うって言うなら本当だろうな」それを受け取り、試しに掛けてみる。色が付いた視界。その中で、見慣れない制服を見かける。咄嗟に目を逸らすレン。

「後後路、面倒くさい奴がいる。気をつけろ」レンは、後後路にそう言ったが、少し遅かった。

「むむ?誰かと思えば―蓮々殿!!蓮々殿ではないか!!」無駄に大きな声が、モールに響く。


高い位置で結ばれたポニーテールは、腰まで伸びている。真っ黒な髪に、赤いエクステを付けている。真っ白なブレザータイプの制服。ブレザーを腰に巻いたは、ワイシャツの胸元を開けていた。その下にはさらしが巻かれている。左手の指と、右手首に包帯。スカートから除く右足と、左足の太股にも包帯が巻かれている。左頬にガーゼ。全身を包帯で覆った彼女は。


「うるせぇよ――理純りずみ」レンが珍しく毒を吐くその相手は。


私立七箸学園の生徒。

名前を。〈理純・F・ノット〉という。自分もどこの国とのハーフか分からないそうだ。


「心外だぞ、蓮々殿!!前回の日本大会では、初戦で戦ったではないか!!さぁ、私と結婚――ぐはぁっ!!」結婚してくれとお願いしながら、熱い抱擁を求める彼女。そのみぞおちに、拳を放つレン。


何故か分からないが理純はレンと結婚したがる。その理由を聞いても答えてはくれない。理純と会う度に行う、恒例行事の様なものだ。


「で――お前がいるって事は、アイツもいるのか?」

羽純はずみという、理純と血の繋がりのない姉がいる。彼女は、レンに対してここまでガンガン攻めるタイプではないが、彼女も彼女なりに、レンに結婚を申し込んでくるのだ。


「いないぞ?今日は私だけだ。姉さんは反逆者の討伐を国から仰せつかってな!!」


「バッ!!お前―ここで〈反逆者リベリオン〉の名前を出すな」必死に彼女の口を

抑えるレン。それに対抗すべく、暴れる彼女。

。理純ちゃん」あまりにも暴れる理純を制止する後後路。その口調に変化は感じられないが、誰も抗えない強制力があった。


「私も。私も――こんなことはしたくないの。でもね、理純ちゃんがあまりにも暴れるなら、?」ニコリと笑ったその笑顔の裏の、確かな殺意を感じ取れないほどに、理純は鈍くはない。だが―それを感じとっても。

「―すまなかった!」そのスタンスは崩さない。

「まぁいいや。理純――この学園で、後後路だけは怒らせるなよ」そっと理純に耳打ちする。したうえで、「この学園にいる間は、常に気を付けろよ。お前は他校の生徒だからな」と、忠告する。


私立七箸学園。入学条件に姿が求められる、特殊な学園。実技どころか、座学ですら魔法を扱わない―異色の魔法学園。目の前の包帯少女は、傷だらけだが―スタイルも顔も良い。性格は残念だが―それを補ってなお、余りある見た目。確かに彼女に求婚されれば、殆どの男は靡く。しかし―レンには意味を成さない。


「で、練習試合は明日だが?お前は何をしに来た?」


「ん?私も〈反逆者リベリオン〉の討伐に来た。このモールを爆発するっていう、爆破予告が届いてな!明日は練習試合だし、丁度いいと思ったのだ!」


「は?そんなん、ウチは聞いてへんよ?レンも後後路ちんも―そうやろ?」突然現れた御伽。彼女は後後路を抱き上げてそう言った。

「あぁ、俺も聞いてないぞ」レンも同意して、御伽を見る。

「ふむ?理事長殿には伝えたぞ」


「あ―そうか、それでさっき、競技場に来たんちゃう?で、伝えようと思ったら、思いの外、バトルが白熱してしまった―みたいな?ウチの理事長なら有り得るやろ」


「それだ。全く義姉さんは――ハァ」レンは1つため息をつき、覇刀・逆鱗逆撫を抜く。たまたま通りかかった大憑学園の生徒達は、通路の端に寄る。その刀は、私立大憑学園の生徒会長たる証。彼がそれを抜くという事の意味は、皆――理解できる。


「御伽。生徒会役員に連絡。後後路、お前の魔法で爆弾を探してくれ。俺と理純は、生徒以外の客の誘導」


そして――声を張り上げて。


「その他、一般生徒は、普段通りに買い物をしろ!」その命令は、響き渡る。理純は勿論、御伽や後後路ですら驚く程に。

それに対して他の生徒は。


「「ハイ」」声を揃えて、答えた。


ふと、後後路はレンの手を握った。その行動に、意味はないと知っていたが、レンは。

「どうした?」と尋ねる。首を横に振った後後路。御伽は彼女を下ろして、爆弾探しをお願いする。


御伽も初めて、後後路の詠唱を。レンは隣に立って。


手を握っていた。



「我は鬼。我は物の怪。我は妖。妖魔を統べる魔界の姫なり。人外の尽くを統べる冥府の姫なり。悪夢を従え幻惑を連れ回す者。積み重なる骸の上に立ち笑う者。命を刈り取る鎌を持ち、死を告げる者。首無き騎士を射殺す者。血を浴び、血に飢え、血を求め、徘徊する者。嘆く声に耳を傾けるな。救いを求める少女の叫びを掻き消せ。首を刎ねる女王。死を下す女王。魂を求める幽鬼が如く、命を吸い取る怪異が如く。己が欲に塗れた伯爵夫人。汝の名は――〈血塗れの伯爵夫人エリザベート・バートリ〉」



「能力―〈憑依と吸血ドレイン・ドレイン〉!!」自分に憑依した〈反逆者リベリオン〉の幹部。後後路は一時的に、その体を彼女に渡す。


エリザベート・バートリ。その能力は、憑依と吸血。


「妾を解放する意味を分かってるのか―人間」隠す意図を全く感じない、殺意。そんな生易しいモノではない。少しでも気を抜けば、直ぐに首が飛びそうな――。殺意を超えた恐怖が支配する。周りの生徒も、思わず立ち止まる。そこにいたの変容に。


「エリザベート。お前の力を借りたい」


怯むこと無く、レンは彼女にお願いをする。エリザベートは、少しレンの顔を伺って。


「断る」


ハッキリと断った。

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