第4話練習試合(2)
レンが走り抜ける。右手に握った刀。後後路がフィールドの隅でそれを見ている。
そして―その試合は。
瞬き1つの間に終わった。
レンの刀が、正義と一姫を刺したのだった。
「強い―」意識を取り戻した遊霧と大夏は、その一瞬の出来事を理解できていなかった。だが生徒会長が勝ったという事実は認識できたようだ。
「あの2人が、学園1位と学園最下位。確かにレンは強い。後後路ちんも、決して弱いわけではない。その上―2人は許嫁。普段からの相性も抜群。まぁ、この学園、いや、この国に――あの2人に勝てる魔法士はおらんよ」御伽の言ったその言葉に、ずっと黙っていた理事長が反応する。
「レン。私と手合わせしてくれないか?」レンの答えも聞かずに理事長―鎖去は。自らの武器である刀―〈黒蝶〉を抜く。フィールドに降り立った彼女は、構えて――。
刹那、フィールドに激震が走る。割れる床。切断される柱。
たった1振りで、建物を1つ倒壊させる程の刀。それが黒蝶である。とても薄い刀身は、向こうが透けて見える程に。ただし、その刀は薄黒く色付けされている。あまりの薄さ故に、斬撃は完璧な軌道を描かないと、刀身がすぐに割れる。完璧な軌道を描ければ――その刀は。魔法にも耐える建物を壊せるのだ。
「わかりました」
ブレザーを脱ぎ捨て、ワイシャツの袖を捲る。刀はしまった。レンは、笑って。
「学園代表で相手しますよ―義姉さん」
――
大憑 蓮々
私立大憑学園・学園内序列〈1位〉
生徒会長
二つ名〈
魔法
〈
〈
〈
〈
〈
〈
武器
大憑 蓮々専用日本刀型魔剣
〈覇刀・逆鱗逆撫〉
流派
大憑流
――
六つの魔法を操る魔法士は、歴史上で3人だけ。現在の国連事務総長。初代〈
そして――御伽の兄。御園尾 童話。
これは公式な記録である為、国連非公認の魔法士も含めれば、恐らく倍の人数はいるだろう。
逆に言えば、非公認を含めても6人程しかいないのだ。
その6人のウチの1人がこの男―大憑 蓮々である。
「ウチの生徒会長って、そんなに凄いんだ」思わず、こぼしたその言葉。大夏が吐いたその言葉に、レンは反応する。
(別に凄かねぇよ。ホントに凄い人ってのは――童話さんだ)
正義がレンを師として尊敬するように。レンもまた、師と仰ぐ男がいた。それが御伽の兄だった。
御園尾 童話。先代の生徒会長。 その人に憧れて、彼は――。彼のおかげで今がある。
「どうした?レン。怖気付いたか?」理事長のその言葉に。
「いや、別に。さぁ―始めよう、義姉さん」笑顔で答えた。
*
理事長は、黒蝶を振り下ろす。それをバックで回避するレン。だが、更に1歩踏み込み、返す刀で切り上げる。それを、横から手刀を放ち、刀身を破壊する。破壊されたソレが治るよりも早く、一気に彼女の胸元まで潜り込み、胸ぐらを掴み――。
「大憑流対人術――〈車輪〉!」見た目はただの背負い投げ。だが、この技は違う。背負い投げを2回連続でやるのだ。1度目が終わるとそのまま180度振り返り、倒れた相手を再び投げる。1度目の背負い投げであれば、誰だって受け身くらい取れる。しかし、受け身から体勢を立て直そうとするその隙を狙った2度目は―そう簡単に反応出来ない。
理事長でなければ――の話しだが。
「これは計算違いだ――」理事長は甘んじてそれを受け、背中が床に付くと同時にその衝撃で舌を噛む。
そして。
ニヤリと笑った彼女は、魔法を発動する。
「〈
魔法――否、その威力は魔砲。彼女が右手を振り下ろすと、彼女を中心とした一定の範囲は跡形もなく消える。灰燼と化した焦土に変わる。眩い閃光と、鼓膜が破れる程の爆音。それに耐えるため、御伽は咄嗟に結界を発動して、観客席にいるメンバーを守ったが、レンは守らない。守る必要がない。
「俺を殺す為の必殺の1手。必ず殺せる―だから必殺。でも。最初から死んでたら効かないだろ?義姉さん」自分の存在を極限まで希釈し、存在を希薄に―どこまでも、限りなく無に近づける。それはまるで、幽霊のように。それが、〈
「ちっ!!」舌打ちをした理事長。再び黒蝶を構えて、距離を詰める。横から薙いだ一閃を、冷静に、淡々と―その刀身を破壊して対処する。いつの間にか左手に握っていた覇刀・逆鱗逆撫を、レンは突き立てる。だが、それは叶わない。理事長は、自らの右腕をその刀に刺して止める。すぐさまレンは刀を手放し、その右腕を折る。刀を抜いて下から切り上げる。対する理事長は、足を振り下ろして刀身を折る。割れた刀が2本。レンは魔力を注ぎ、刀を再生させる。今度は斬るのではなく、喉を狙って、ただその1点を突く。だが、それを左手の人差し指の爪先で止める理事長。レンはすかさず手首を返して、刃を上に向けて切り上げる。返す刀を振り下ろして、右腕を切り落とす。理事長は冷静に周りを見て、破壊された黒蝶再生させる。それを再び横から薙ぐ。覇刀・逆鱗逆撫を盾のようにして止めるその斬撃。割れる刀身。だが、割れた刀はその勢いを殺さずに、レンの腹部に刺さる。理事長の手元に残った方は、そのまま振り切りったところで再生させて、反対側から一閃。その斬撃を、左手首にはめた腕時計で止める。
割れたガラス面。だが、気にせずに理事長の水下に膝を入れる。鈍い音が響く。その痛みに耐えかねて、理事長は1歩―下がる。だが、レンの攻撃は止まらない。覇刀・逆鱗逆撫に付与された風属性の魔法。それで風を起こし、足元に突風を発生させる。それにより加速した彼は、力強く踏み込み。
「ッッッ!!」胴に、確かな斬撃を与えた。
ここまで僅か3秒。もはや観客席の御伽達には、見えてすらいない。
「強くなったなぁ。童話が生徒会長をやっていた頃は、こんなに一撃が重くなかった」理事長は、黒蝶を下ろして、レンに言った。
「昔の俺と比べるなよ。だけど。今の俺でも、到底―あの人には届かない」壊れた腕時計を見る。その時計のベルトに刻まれているのは、〈D.R〉のイニシャル。御園尾 童話が、レンにプレゼントした物。レンと唯一、正面から向き合ってくれた人。童話とレンのイニシャル入りの腕時計。それは、童話も同じモノを持っている。現在それは、童話と共に、墓の下に埋まっている。
「ハハハッ!そうかそうか。お前はアイツを目指してるのか。随分と低いところを目指してんだな」笑った理事長。それに対して、睨みつけるレン。
「いや、悪い悪い。お前レベルの人間なら、とっくにアイツを超えてるよ」
「見せてくれ―お前が〈
――
狂咲 鎖去
私立大憑学園・理事長
〈旧姓―簪刺〉
二つ名〈黄昏の災厄〉他
魔法
〈
〈
〈
〈
〈
武器
狂咲 鎖去専用長刀型魔剣
〈黒蝶〉
――
レンには及ばないが、それでも。使える魔法は5つ。
その全てが、対人用の、超強力な魔法。
「さて――そろそろ決着を付けようじゃないか。――自由には束縛を。解放には封印を。創生には崩壊を。構築には融解を。発展には退廃を。栄華には衰退を。享楽には辛苦を。快楽には苦痛を。神には悪魔を。弱者には強者を。希望には絶望を。白には黒を。光には闇を。純白には漆黒を。有には無を。罪には罰を。歓楽には狂気を。全てを塗り替えろ。全てを埋め尽くせ。行進せよ、常世の果まで。撃滅せよ、理の外まで。追撃せよ、神域まで。破壊せよ、輪廻の終わりを。全てを消し去る者よ、汝の1歩に大地は震え、海は荒れる。泣き叫ぶ王よ、勝鬨を上げる奴隷よ。貴様の信じる神は死んだ。新たな神となる者、その名を叫べ――〈
切断されていた腕が再生する。そして。透き通る様な肌に、血が滲む。その血は、肌を裂いて溢れ出る。顔から首へ。そして腕や足へ、流れ出る赤色。伸びる爪。鋭くなる歯。
「ハァ―ハァ―」
そこにいたのは、もはや人ではない。人の形をした悪魔だった。
〈
「義姉さん。お前の最大の敗因は―俺を相手にしたことだ」そう言いながら、左手の親指を噛み、血を出す。それを舐めて―詠唱を開始する。
「笑う独裁者よ、民の暴動に狂え、踊れ、回れ、笑え、嘆け、怒れ、泣け。汝の敷いた体制に意義を唱えるもの、その数や計り知れぬ。さぁ―狂え狂え狂え。逆巻く蜷局に刃を立てよ。踊れ踊れ踊れ。時の奔流を逆走せよ。回れ回れ回れ。我は大海を叩いて渡る者。笑え笑え笑え。汝、独裁者ならば玉座に座して酒を煽れ。嘆け嘆け嘆け。罪の意識から逃避せよ。怒れ怒れ怒れ。不当な審判を否定せよ。泣け泣け泣け。我は三途の川に泥舟を浮かべる者なり。勇気ある民よ。愚なる王よ。その脳漿を巻き散らせ。我が名の元に、反乱せよ―〈
この世の全ては、無から生まれる。ならば、有もまた無へと還る。この魔法は、概念も魔法も物質も。その全てを消し去る魔法。この魔法と組み合わせて使うのが。
〈
姿の見えないレンに、気がつけば消し去られている。消された側は、自身が消されたことなど知らないままに。
これこそが、〈
物理限界と、視認不可の。
遊び半分の試合が始まった。
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