第2話ヒトリガタリ

終わりがあれば始まりがあるなんて、そんなものは妄想でしかない。けれど、終わりがあれば、そこに明確な終わりは見える。始まる前から終わっていたなら――そもそも、始まりが終わりになる。

終わらせても終わらせても始まらない、その夢に。

あの悪夢にも等しい惨劇の中で。


彼は1人、立っていた。彼女と相対して、対峙して。


「てめぇは、俺が殺す。そう決めた」彼が睨み付けた先にいたのは――。


血塗れの夫人エリザベート・バートリ


背後にいるのは、恋人。


「妾に勝てると思っているのか―人間」


「勝てるさ。――コイツの魔法で。なぁ―後後路。魔法、借りるぞ」


彼―大憑 蓮々。その魔法は―――。



「レン!!ニュースだよ!ニュース!」レンの教室の扉を勢い良く開けて入って来るのは、後後路。大憑 蓮々の許嫁。


「ニュース?何だ?」気だるげに聞き返すレン。彼とは対照的なまでに明るい後後路。彼女を後ろから抱き上げるのは、生徒会副会長―御園織 御伽。

「後後路ちん。そんなに暴れんでも、レンは逃げへんよ?レンは後後路ちんの事、大好きやから」


「要らねぇ事を言うな。で、後後路。ニュースって?」


「うん。私立七箸ななはし学園から、練習試合の申し込みが来たの。お姉ちゃんが言ってた」御伽に抱かれた彼女は、椅子に座ったレンよりも頭が高い位置にある。レンを見下ろす形で、を告げた。

「練習試合?あの七箸が?入学条件に姿がある、あの――プライドの高い学園が、ウチと?」レンは、素直に疑問を口にする。というよりも―疑問を抱かない方がおかしい。


どこを見ても美男美女ばかりのあの学園。そもそも、今まで魔法の使用はと言って禁止していた。それどころか大会にも参加しなかった。魔法学園なのに、魔法の授業を行わない異色の学園が、何故。

(大会に出るのか?いや、だとしたら授業に実技を入れるはずだ。今年のカリキュラムには一切なかったぞ。――いや、魔法基礎っていう座学があったな。それなのか?)


「ちゃうと思うで?やって、あそこは使言うとるんよ?レン―学園の外は、自由なんよ」


つまり。


「つまりやな。あの学園は、表裏があるんやって。それに―あの学園に入学できる時点で、相当な実力者やんか」


「そうだな。わかったよ。その練習試合―受けよう。取り敢えず――一姫と正義は出て貰うとして。後後路、御伽。1年生から二人くらい選んでくれ」


「「わかった」」2人が答えるのと同時―始業のチャイムが鳴った。


1限目は魔導解析。具体的な内容としては、魔法の1つ前の技術―魔導に関する座学だ。魔法は、が、基本的には必要ない。魔法陣も必要ない。だが、魔導は違う。魔法陣が必要なのだ。つまり―この魔導解析という授業は、魔法陣からを読み解く。それがメインだ。


「――先生」レンが手を上げる。

「ん?」返事をした先生は、目の下にできた大きな隈が特徴的。頭髪はとうに衰退している。白衣を来た彼は、大憑家の執事も務めている。魔導解析の専門家である。


「急用ができたので、失礼します。後後路、一緒に行くぞ」

立ち上がり、制服―ブレザーを手に取り教室を出て行く。出ていく間際、指を鳴らす。その意味を理解できたのは御伽だけ。彼女は、ほんの少し笑う。


(来たんか―レン。ウチも行けたらええねんけど、無理やな。アイツに勝てるんはレンだけや)

御伽は、2人に、ほんの少しだけ。ほんの少しだけ―嫉妬していた。



2人は、校門で彼と対峙していた。


彼は―反逆者リベリオンの構成員。

名前はサウザンドソード・ヴァルキュリア。魔法は、〈破滅の魔剣〉


「お迎えに上がりました―ミス・エリザベート」


エリザベート・バートリ。後後路に憑依した実体を持たない大罪人。美を追求し続け、数百人を殺し、その血を浴びた―血塗れの伯爵夫人。自分を殺した人間に憑依していく、終わらない吸血鬼化の連鎖。その連鎖の終着点――それが。簪刺 後後路である。


「私は、エリザベート・バートリじゃない」後後路は、レンの後ろで反論する。


「ならば、夫人。その口から覗く鋭い奥歯は―いったい?」


「――サウザンドソード。お前、ウチの学園に来るの何回目?」後後路に答えさせる暇を与えず、唐突に切り出したレン。その質問をスルーしようとしたが、できない。できるような空気ではなかった。犯罪組織の構成員は、ビビったのだ。目の前にいる18歳に。彼の全身から発する何かが。


「4回目」素直に答える。答えざるをえない。目の前にいる―の威圧感に押されて、答えてしまう。


「そうか。―じゃあ、殺す。俺は一応の基準を設けていてな。その基準を超えた奴は殺す。因みにその基準ってのは、3回だ。4回目は、容赦しない」手に握ったのは、彼の武器。

銘を、〈覇刀・逆鱗逆撫〉という。刀鍛冶であるレンの祖父が最期に打った至高の1振り。無論―魔剣である。持ち主から魔力を吸収して強くなる。更に、持ち主の感情が昂れば昂る程に威力を増していく。加えてその魔剣には、〈風〉の属性付き。属性魔法を持たないレンの為に造られた刀。見た目は、タダの日本刀。だが、それを使いこなせるのはレンだけだ。


「来いよ、サウザンドソード」

「そちらがやる気なら、受けるまで」


レンが刀を抜き、構える。対するサウザンドソードは、魔法を使う。指を鳴らしただけで――彼の周りには、千本を超える剣が現れる。その切っ先はレンを向いている。そんな状況でも、笑顔を浮かべるレン。


「お前の最大の敗因は―俺を相手にしたことだ。――御伽!!」校門から、御伽に命令を出す。教室にいる彼女に聞こえるはずもない。だが―確かに張られた結界。御伽には聞こえていた。その声が。


「お前の魔法は、広い場所で、しかも対多数戦闘向きの魔法。そこに浮かんでいる大量の剣は魔剣じゃない。ただの剣だ。刃を見る限り―刃こぼれしても、ろくに手入れもしてねぇな。そして―この結界は、の魔法にも耐える。お前ごときの、ただの剣で破れると思うなよ」


御園織 御伽――学園2位の魔法士。使う魔法は、結界魔術。と、もう2つ。


(―ごめんな、後後路ちん)肘をついて授業を受ける御伽。見えない場所で、後後路の為に戦うレンをサポートする。それしかできない。戦闘向きの能力者じゃない自分には―それが限界。だが、確かに学園2位にくい込んだ。毎年、新しく作られる序列の最初の1ページの5人。生徒会5人に。それもこれも―レンと一緒にいる、の傍に居たかったから。


(悔しいなぁ。ウチも戦えたら、後後路ちんの傍に居られたんかなぁ?なぁ―レン。ウチの何が、アンタと違うんやろ?)


御園織 御伽。自称――である。



結界の中にいる、3人。その中で、縦横無尽に暴れ回る千本の剣。それを、たった一本でいなすレン。縦、横、高さ3メートルの立方体の中で、千と一本の刃が交じりあう。飛び散る火花。金属のぶつかり合う音。後後路は結界の隅で伏せていた。


「―サウザンドソード。どうした?あんなにあった剣が10本まで減ってるぞ」ふたりの足元に落ちているのは、破壊された剣。それだけのダメージを与えたレンの刀は傷1つ付いていない。

「何故―そんなに強いのに、魔法を使って一撃で仕留めない?」剣は破壊されているが、サウザンドソードには傷が付いていない。

「何故って?それはな――後後路に、人を殺すとこを見せたくないからだ。後後路―」レンの問いかけに、後後路は返事をしない。結界の隅で、無防備にも、寝息をたてていた。


「寝てるな。んじゃ、本気で行こうか。御伽―結界を解いてくれ」結界の中に、後後路にだけ効く催眠ガスが充満していた。その結界を解く事で、暫くすれば起きるようになる。レンの計算では、後後路が起きるまで五分。


「終わらせようか」レンは、静かに武器を構える。大憑流剣術、一の構え―〈一心〉


全ての基本となるこの構え。右足を前に、半歩後ろに左足。踵を浮かせ、自身の鼻先の延長に切っ先が来るように構える。


「―っ!?」サウザンドソードが、反応した時には遅かった。(動いた)―そう認識した時にはもう、残る10本の剣を破壊した後。ギリギリで致命傷を避けたが、剣が残っていない。


「くっ――仕方ない。コチラも武器を使おう」そう言って取り出したのは、1本の剣。


「銘はない。使い捨てる武器に付けていては、キリがない」構えたサウザンドソード。その姿勢は、とても低い。頭が、レンの膝の高さになるまで――極限まで腰を落とした彼。手に持つ剣は、錆びつき、刃こぼれし、とてもじゃないが―斬れそうにない。


「これは、斬らない。刺さない。挽くんだよ」サウザンドソードの構えた剣。


「なるほど――だが、勝つのは俺だ。あと4分06秒で終わらせる」レンの構えた日本刀。


その切っ先が、延長線上で交差する。

刹那―先に仕掛けたのはサウザンドソード。無骨な剣を、荒々しくも正確に振り下ろす。それを刀で受け止めるレン。刀身を通して腕に伝わる衝撃。だが、それを気にせず、押し返す。距離を取ったレンは、今度は自分から攻めていく。横に薙いだ一閃。その一撃は、どういう仕組みなのか―肉を斬らずに骨が断たれていた。血がいっさい出ていない。その隙にレンは縦に刀を振り下ろす。痛みに耐えながらもサウザンドソードは横に飛ぶ。着地の衝撃は、骨を刺激し、その痛みは神経が律儀に脳へと伝える。その痛みに苦しんでいようと、レンは構わず斬り掛かる。それを刀身で受け止めたサウザンドソード。立ち上がり、ふたりは拮抗する。その状況で、レンは刀を手放す。その場に落ちる刀。それを拾い上げるサウザンドソード。二刀流の彼を前に、レンは。距離を取り――

「大憑流剣術―くちなわ!」距離を一気に詰める。その手には、何も握っていない。だが―確かに〈剣術〉と言った。その意味が分からないまま、サウザンドソードは二刀を振り下ろす。だが―確かにそこにいたレンに、掠りもしない。気付けば背後にいた彼。振り返るサウザンドソードの首に、手刀を叩き込む。

「ガァッッッッ!!!!」

その手刀は、彼の喉を貫通した。そのまま倒れたサウザンドソード。彼が持っていた逆鱗逆撫。自分の刀で、レンは――心臓を貫いた。


「残り、1分27秒―授業終了まで8分05秒」


覇刀・逆鱗逆撫をしまったレン。腕時計を確認し、後後路を起こす。

「後後路―悪かったな。毎回―をさせて」

そう。後後路は眠ってなどいなかった。後後路にだけ効く催眠ガス―そんなものは存在しない。後後路は、レンの戦闘中、ずっと寝たふりをしていた。何故か―その答えは単純。


「私の魔法でレンをサポート出来るなら、これくらい平気だよ」


簪刺 後後路―その魔法は。



「という事がありました。死体の処理は浮世絵先生にお願いしました」理事長室。理事長―狂咲 鎖去。旧姓 簪刺。後後路の実の姉。彼女は残る人生の全てをレンを殺す事に費やすと決めた。理事長は、レンとサウザンドソードの戦闘を、レンにフリントロック猟銃を向けながら聞いていた。

「浮世絵先生か。彼なら安心だ。彼は死体解剖と、魔力回路の専門。全く、ウチで生物の先生をしているのはもったいない」


――浮世絵 夏叢うきよえ かむら。生物の授業を担当する先生だ。趣味は人体の解剖。学園内の死体は、彼が回収する事になっている。そして、その後は魔導解析の先生が魔法を解析し、レンに伝える流れとなっている。


「わかった。報告ありがとう。ついでに死んでくれる?」


「お断りします」

会話を終えて、レンは理事長室を出ていく。教室に戻るまでの間、何も考えなかった。






何も考えたくなかった。


夢の中では全てが思い通り―なんて保証はない。しかし、人は夢を見る。その夢は、将来への憧れではなく、寝て見る夢だ。

その世界では、海を自由に泳げる。空を―まるで鳥のように翔ける事ができる。

しかし、注目すべきはそこではない。真に見るべきは―目覚めた後の現実だ。そこにあったモノが消え、残るのは虚無感と絶望。そこにあったモノはかたちを失い、影すら残らない。そして人は言う。

「なんだ、夢か」と。

そう―それは所詮、夢。空想、想像、妄想、

に過ぎない。

そのくせに、人は。

「夢なら良かった」とも口にする。それ程までに悪い現実なのか。そうだろう。こんな世界に住むくらいなら――こんな世界で暮らすくらいなら。



馬鹿らしい―馬鹿馬鹿しい―阿呆らしい。


結構。好きなだけそう言ってくれ。但し、それは―現実に満足している者しか口にしてはいけない言葉だ。何故なら、それは。


人を見下すのは、夢を見るよりも気持ちいいからだ。











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