魔法学園の生徒会長
利沢 唐松
第1話 生徒会役員
「出直してこい!!」道場の真ん中。木刀を持って立っている男がいた。道着に身を包み、凛とした佇まいに―他の者は何も言えない。天然の茶髪を金に染め、両耳には3連ピアス。その見た目とは裏腹に、その実力は確か。身長188センチから繰り出された一撃が、目の前の男の心を折った。
「ひぃっ!!」情けない声を出す―その男。彼は、無謀にも生徒会長にケンカを売った男だった。木刀がへし折られ、道着もボロボロになっている。所々から滲む血が、もはや拭くことすら忘れられた涙が一層のミジメさを引き立てていた。
「まだやるか?」切っ先を鼻先に当てて、静かに、そう問いかける。
「ウワァァァァ!!」その恐怖に耐えきれずに、男は逃げ出した。その姿を見送ることなく、生徒会長は道着を脱ぐ。脱ぎ捨てられた道着を回収するのは、彼の家に仕える使用人達。使用人達が洗濯に向かったのを確認して、一息つく。そして制服に着替えて学園に向かう。その傍らには、生徒会役員――
生徒会長――
副会長―
同―
書記・会計―
同―
そして――生徒会長、レンの許嫁。
生徒会長を筆頭に、学園序列の上から5人が生徒会役員。そして―学園序列、最下位の許嫁。
「後後路。すまないな―せっかくの昼休みに、こんな事に付き合わせて」少し前を歩く彼女。天真爛漫な、純新無垢な彼女。身長149センチ。小柄な彼女は―これでも18歳。
「ん―別に。私はレンの隣に居れるだけで十分なの」振り返り、そう言ったその笑顔は、確かに本物だろう。その言葉にも嘘はないはずだ。けれど、違う。違うんだ――。後後路の今は、俺のせいなんだ。
「ほら、そうやって私の事で責任を感じてる。良いって良いって。私がこうなったのは――誰のせいでもないんだよ」
そう言って笑った彼女。口元から覗く歯が―鋭く、尖っていた。
(吸血鬼――。一昨年、俺が後後路と共に倒した、
誰のせいでもない。確かにそうなのだろう。確かに、そうだろう――と、何度も何度も自分に言い聞かせてきた。それでも。
「それより!」手をパンッと1回、叩く後後路。
「さっきの彼は、何でレンとやりあってたの?私、特に何も知らなかったんだけど」
「ん?あぁ―」少し渋って、戸惑って、蓮は答えようとする。しかし、その一瞬の戸惑いの間に――。
御伽が答える。
「後後路ちんを巡っての勝負だったんよ〜」小柄な後後路を、後ろから抱き上げる御伽。自称〈百合〉の彼女は、何故か後後路が大好きなのだ。長い黒髪。スラリと伸びた身体。赤いアンダーリムのメガネ。常にニコニコとした優しい笑顔の彼女は――。そのイメージとは裏腹に、百合である。
「まぁ、そうだな。アイツが俺に勝ったら後後路をくれ、とか言うから。まぁ―負けてたとしても、絶対に渡さない。と言うか、負けない」御伽に抱えられた後後路を見て、優しく笑う。その頭を撫でる仕草は、さっきの、殺意と敵意を剥き出した、生徒会長ではなかった。
「レンは、滅多に私の事を〈好き〉って言わないからさ。ホントに私の事―好きなの?」
御伽の腕に抱き抱えられたまま、ニヤニヤと笑う。足が完全に地面から離れ、バタバタと暴れている。
「――あぁ。勿論」レンは、そう言って、御伽から後後路を受け取る。同じく、後ろから抱き抱えるようなかたちで、学園に戻っていく。その後ろに控える役員達の、忠誠を背に受けて。
*
昼休みが終わるのと同時に、彼らは学園に戻ってきた。というか、そもそも学園の敷地内に、彼の家がある。より正確な表現をするならば。
大憑家の広大な敷地の中に学園がある。
陸上競技場2つ。野球グラウンド2つ。サッカーコート2つ。テニスコート16面。屋内、屋外合わせて、プール4つ。魔法の実技のための競技場6つ。その他、ショッピングモールや、映画館やテーマパークなどの娯楽施設。24時間対応の病院なども備えられたこの、大憑家の敷地。その全てに出入り自由、尚且つ、学生証の提示だけで、ありとあらゆる事が―物が―タダになる。
しかし。大憑家の家と道場だけは。生徒会役員、簪刺 後後路、そして大憑 蓮々と蓮々の許可した者しか出入りできない。
「会長。剣道部から部費の申請が来ていますが。どうしましょう」申請書類をレンに渡すのは、書記・会計―扇状 一姫。学園指定の制服ではなく、赤を基調とした着物を着ている。そして、目を黒い布で覆っている。前髪だけが白に染められた彼女。学園序列5位である。
無論、蓮々は1位であり、次いで御伽、準、正義、一姫。
「分かった。後で俺が理事長に直接渡そう」その書類を受け取るレン。理事長室は、生徒会室の正面なので、行くこと自体は面倒ではない。ただ。性格がかなり面倒なのだ。
「他に書類は?」一応の確認をしたが、特に無いようなのでそのまま生徒会室を出て行く。出てすぐ正面の扉を開ける。そこが理事長室。ノックはしない。したところで――。
「危ないですよ、理事長」ドアを開け1歩入った、ちょうどそこの鼻先に当たる切っ先。ノックしてもしなくても、結局こうなる。どうせ彼女はレンを殺そうとするのだから。今までもそうだった。開けた瞬間に銃を乱射された事もあった。魔法―いや、彼女の魔法の威力を考えるなら、むしろ魔砲―とでも形容べきそれを撃ち込まれた事もあった。
漆黒とも形容すべき、男物のスーツを着ている。ネクタイはせずに、胸元を大きく開けている。身長170センチ。短く切りそろえられた髪をヘアピンで留めている。ローレックスの腕時計を右手に。タグホイヤーの腕時計を左手に付けている。一見、男性と見間違えそうになるが、開いた胸元から主張される大きなそれが、彼女が女性である事を証明している。
彼女は。〈終末の魔女〉〈終わりの始まり〉〈黄昏の災厄〉〈ネバーエンド・エンドロール〉―等等、様々な物騒極まりない二つ名が付けられた彼女は。大憑 蓮々を殺す事のみを目的に余生を送る事になった。彼女は、レンの許可した範囲の中でしか生活できないという縛りがある。具体的には、大憑家の家と道場を除く敷地内のみ。その範囲外に1歩でも足を踏み出した瞬間に――レンが殺す。そういう約束で国連と交渉して、そう落ち着いた。その結果に落ち着くまでに――多少の犠牲者は出たが、気にしない。それも全ては、彼女の為。
理事長――
簪刺 後後路の、姉だから。
旧姓、簪刺 鎖去。後後路の実の姉。元々、魔法士としても優秀であり、頭もキレるかなりの天才。元々この学園の理事長だった彼女。何があったかは分からないが、彼女は人を殺した。非魔法士を。魔法で殺した。その罪を問われた彼女はレンの働きで、学園から出られなくなった代わりに理事長を続けている。
「殺し損ねた。次は絶対に殺る」
そもそも、自分を助けたレンをなぜ殺そうとしているのかというと。ただ、妹に付いた悪い虫を追い払おうとしているだけだ。
「後後路は渡さないからね」頬を膨らませながら、武器をしまう。彼女の武器である、日本刀―銘を〈黒蝶〉という、その名の通りの刀。刀身1・6メートルもある長い刀。刀身は全て黒く、長さに対して重さがない。軽すぎるのだ。女性―鎖去ですら片手で振れる程に。その理由は、刀が薄いから。黒い色が付けられたガラスのように、向こうが透けて見える程。完璧な斬撃で無ければ、その負荷に耐えられずに、ただ振っただけで壊れるその刀。黒く。そして蝶の羽のように薄いことから付けられた銘が、黒蝶。但し――その刀は魔装と呼ばれる。魔力を与えればいくらでも再生する。その特性故に彼女はいくらでも無駄な振り方をする。その振り方さえも予測して、レンは。今――1歩踏み入れたその場所で止まったのだ。
「理事長。剣道部から遠征費の申請が来ています。書類を確認してください」事務的に、淡々と――あくまでも淡々と手渡す。
「ハイハイ。確認してハンコ押せばいいんだね?」大憑家の学園の、理事長を務める簪刺家の人間。長年の信頼関係の上に成り立つ経営方法である。
「それと、義姉さん。そろそろ後後路を俺に任せてくれないか?」押して貰ったハンコを確認して、姉に問いかける。毎回、会う度に殺されかけては命がいくつあっても足りない。
「それはできないなぁ。だって私は。後後路が大好きなんだから」そう言って、彼女は笑う。その笑顔は、妹を想う姉というよりも。
(恋愛的な意味での好きだな、これ)誰がどう見ても、そうとしか思えない。
「―分かりました」そう答えて、レンは理事長室を後にした。後ろ手で扉を閉める。ため息を吐いて生徒会室に入る。皆の視線が集まる。彼は、一姫に書類を渡して自分の席に座り、会議を始める。議題は――。
「今年のU20日本大会の、本校の出場者選抜戦についてだ」日本大会を勝ち抜いた学校が、世界大会に行ける。二年に1度開催される世界大会。つまり、三年生はこの選抜戦に出たところで――学園代表として日本大会に行ったところで。世界大会は来年。つまり、参加できない。ということは。生徒会から出るのは。
必然―2年、水瓶 正義。1年、扇状 一姫となる。
「やってやりますよ!先生!!」水瓶 正義。坊主頭のちんちくりん――と侮ることなかれ。1度でも彼と試合をすれば、彼の恐ろしさが分かる。学園指定の制服ではなく学ラン。日焼けをした彼は。
水属性と火属性魔法という、相反する二つの属性魔法を使う。
そんな彼は、レンを先生と呼び、師匠だと思っている。レン自体はそれを何とも思っていない。
「ならば、我々3年は何をする?」定位置はレンの背後。会議中も彼の後ろに立つ男。
串切 準。レンと同じく188センチの大男。加えて彼は、制服の上からも分かる程の筋肉。屈曲なその体は、堅牢な岩にも匹敵する程の硬さだ。完璧な軌道を描いて放った理事長の黒蝶が割れる程。完璧な斬撃であれば、無敗を誇っていたアレを割った。理事長の魔砲に何もせずに耐えた唯一の人間だ。レンでも魔法を使って防いだあの一撃に。生身で耐えた。
そんな、防御力に関してはレンを追い抜く彼が何故―学園3位なのかは、また別の話。
「あ?俺らは、正義と一姫のサポーターだ。試合前のトレーニングとか、組手とか、アドバイスとか。とにかくコイツらの為に動く」
「後後路ちんも協力してな?」いつの間にか御伽の膝の上に座って抱かれていた後後路。眠いのか、彼女は「ん」とだけ答えた。
「気づかへんよ?抱いとるんがウチって事」何故か嬉しそうに、御伽はレンに言う。それに対して特に返答をせずに、会議を続けた。
こうして世界をかけた戦いが始まる。
レン―大憑 蓮々。彼もまた――誰にも言えない秘密を抱えて。
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